27話 これからの決断
アンドリューさんと別れた後、昼食を挟みつつ先程の『アンドリューさんの商隊の専属冒険者になるかどうか』の話になる。
「リオさんは、どうするのですか?」
参考までに訊きたいのだろう、アイリスは俺に意見を求めてきた。
とは言え俺の中では既に気持ちが固まっているから、今の自分が何を考えているかをそのまま話す。
「結論から言えば、俺はこの話を受けようと思う。商隊の専属冒険者になると言っても、当然メリットとデメリットはある」
「デメリット、ですか?」
「そうだ。まずデメリットの話からすると、商隊のように大きな団体の専属冒険者になると、身の自由が利きにくくなる。これまで俺達は、自分のペースで受ける依頼を選ぶことが出来たが、商隊と行動を共にする関係から、その辺りが足枷になる」
何をするにしても、商隊――この場合は、アンドリューさんの都合に合わせなければならないからだ。
故に、何日も商隊と離れるような大きな依頼を受けにくく、冒険者として名を上げたい者としては不都合な側面があるし、もし冒険者が何か問題を起こした場合は商隊の責任にもなってしまう。
"商隊の一員“になるのだから、身の振る舞いには気を付けろと言うわけだ。
「一方のメリットは、商隊は人と物の出入りが激しい職だから、必然的に情報や、入り用の物が手に入りやすかったり、アンドリューさんの言葉を借りるなら、"人材“もそのひとつだ」
身の自由が利きにくくなる代わりに、そうでないものがたくさん入ってくるのが、商隊専属のメリットであり、人によって差異はあるが、冒険者個人が持つ伝手よりも幅広い人脈を活用してくれるのだ。
こう言う言い方はなんだが、「アレが欲しいから取り寄せてくれないか?」と相談出来るのも利点のひとつだ。
「そうだな……アイリスにとっては、アンドリューさんとあちこちを旅して回ることで、『人伝に自分の名前がご家族の元に届くかもしれない』な?」
「あっ、なるほど」
俺の言いたいことを理解したらしく、アイリスは小さく手を叩いた。
「手紙が検閲で弾かれてしまっても、人の声と耳までは弾くことは出来ない……私の名前が確実に王都にまで届くとは思えませんが、それでもこの都市に残るよりはいいかもしれませんね」
かもしれない、と言うだけだ。
そこで俺は敢えて厳しい言い方をしなければならない。
「だが、遠くなれば遠くなるほどそれも薄弱化する。かもしれない、なんて言葉を使ったが、実際はほとんど"賭け“だ。『死んだと思われたまま二度と会えなくなる』可能性だってあるぞ?」
エイルブルー公爵家のご息女が、どこぞの商隊の専属冒険者になっている……なんて情報は、普通の商人からすれば、飯の種にもならない単なる世間話のひとつでしかないだろう。時が経てばすぐに忘れてしまう程度の。
「それでも、ほんの僅かでもその可能性があるなら、私はそれに賭けたい。もしかしたら状況が変わって、存外あっさり王都に帰れるようになるかもしれませんけど……」
砂漠の中に埋もれたガラス片を見つけるような、文字通り砂粒みたいな確率だ。
尤も、カイツールに深く根を張り続けても同じことが言えるだろうが。
「まぁ、何にしたって今この場で決めなきゃならないことでもない。今日一晩じっくり考えて、結論を出すのは明日でも遅くないさ」
しかし、王都か。
ルイン、スコット、ヒルダは元気にやってるだろうか。
いや、俺が気にしても仕方ないのは分かってるし、自分を追い出した奴らのことなんかどうでもいいだろうって頭ではそう言ってるんだが……
「リオさん?どうされましたか、そんな難しい顔をして」
「……ん?あぁ、何でもない」
――それでも昔からの情を捨てきれない辺り、俺も甘い人間だよなぁ。
あいつらはそんなものとっくの昔に捨てていて、それに対して何とも思っていなかったって言うのに。
その後はいつも通り、先に今日の宿を取ってから買い物して過ごし、夕方になったら宿に戻り、入浴と夕食を済ませて、床についた。
その翌朝。
「決めました」
朝一番、朝食の席でアイリスはそう俺に切り出した。
「私も、商隊の専属冒険者になります」
やはり、そうなるよな。
「……本当にいいんだな?」
「はい、迷いはありません」
しっかりした返事だ。
今後一生、ご両親に死んだと思われたまま生きることになるかもしれないのに。
だがそれが彼女の意志決定だ、それならそれを尊重すべき。
「そうか。なら、この後はアンドリューさんと会いに行って、その旨を伝えるとするか」
「リオさんも、専属冒険者になるのですよね?」
「あぁ、そうだが」
「昨日は訊きそびれたのですけど、リオさんが専属冒険者になる理由って、何ですか?」
そう言えばアイリスにはその辺を話してなかったな。
「俺は元々、フリーランスの冒険者になって、あちこち旅して回りながら、王都から離れた場所で永住地を探しているんだ」
「永住地、ですか?」
「そうだ。名を上げたいとか、金持ちになりたいなんて、そんなことは考えてない。どこかで腰を落ち着けて、静かに暮らしたいんだ。今は、その永住地探しと、そこで暮らすための金稼ぎだな」
夢がないなんて思うか?
でも世の中、それすらもままならない人間だって大勢いるんだ。俺も、そうなったかもしれない人間の一人だったからな。
けれどアイリスはそんな俺を軽蔑するでもなく、
「その永住地探し、私にもお手伝いさせてください」
真っ直ぐそう伝えてきた。
「お、おぉ、ありがとうな」
柄にもなく、ちょっと照れてしまった。




