24話 肉食竜の討伐
――カイツール入りして、五日が経った。
アンドリューさんと交わした『アイリスをいっぱしの冒険者として仕立て上げる』と言う期日まであと二日だが、慌てることもない。
宿屋で寝泊まりし、朝早くから酒場で依頼を受けてすぐに出立、完遂・帰還した後は酒場で昼食を取り、午後は商業区で買い物、夕方以降は宿屋で部屋を借りてゆっくり休む……のがここ数日続いたルーチンだ。
今日もアイリスと共に依頼を受けて、俺は何かあった時の補助として徹し、基本はアイリス一人にやらせている。
今回受けた依頼は、カイツール近くの森林地帯ではなく、少し足を伸ばして、王都クロスキングス近辺の北東部の平原。
俺がルイン達と一緒に冒険者になりたての頃から世話になってきた狩り場だ。ここに来るのも久しぶりな感じがする。
依頼内容は『グアロン十頭の討伐』
"グアロン“とは、草色の体表に赤い鶏冠が特徴の小型肉食竜の魔物であり、自分よりも小さい魔物や小動物――当然、人間も含まれる――を主食としているが、群れをなすことで中型の草食竜も標的としている。
どうやら、この平原で大型の魔物であるサイクロプスが暴れていた関係から生態系に乱れが生じ、グアロンが人里近くにも現れるようになったことから、最近新しく依頼が発注されたようだ。
とは言っても、小型の魔物の中ではゴブリンと同格の弱い部類に当たり、群れに囲まれさえしなければ、新人冒険者でも容易に御せる相手。弱点はトサカだ。
現に、
「――ふっ!」
踏み込みと共に放たれるアイリスのレイピアの鋭い一閃が、グアロンの特徴的なトサカを斬り裂き、それが致命傷となってグアロンは断末魔と共に横たわる。
残るもう二頭のグアロンはアイリスに牙を剥きながらも警戒し、ジリジリと後退る。
アイリスはレイピアを構え直しつつグアロン二頭の様子を見て――彼女から見て遠い方のグアロンに狙いを付けて走る。
すると、もう一頭の方――アイリスに狙われていない方のグアロンは、彼女の背後に回り込む。
一頭がアイリスの相手をしている隙に、もう一頭がその背後を突くつもりなのだろう。
が、アイリスは狙いを定めた方のグアロンに一撃を与えることなく、咬み付こうとするグアロンの牙を躱し、そのまま背後まで走り抜けてから、
「はっ!」
振り向き様にレイピアを横薙ぎに振るい、同じく振り向こうとしてきたグアロンの顔面を斬り裂く。
アイリスの背後に回り込もうとしていた方のグアロンは、彼女が足を止めずに走り抜けてしまったせいで背後を突けず、忌々しそうに唸る。
アイリスは立て続けに、顔面を斬り裂かれてもがき苦しむグアロンの首筋に素早くレイピアを突き立てて、息の根を止める。
もはや形振り構わずか、最後のグアロンは甲高い鳴き声を上げて、牙と舌から唾液を滴らせながらアイリスに襲い掛かる。
彼女もすぐに応戦しようと、仕留めたグアロンの首筋に突き立てたレイピアを引き抜く。
頭から齧り付こうと飛び掛かってくるグアロン。
それに対し、アイリスは慌てずに飛び下がって距離を取り、グアロンの牙を躱してからすぐにまた踏み込み、トサカごと頭部を一閃、二閃と斬り裂き、撃破する。
「ふぅ」
レイピアに付着した血を振り払って鞘に納めてから、倒したグアロンの死骸から魔石や爪、牙などを剥ぎ取っていく。
「リオさん。グアロン十頭の討伐、これで完了しました」
剥ぎ取りを終えたアイリスは、律儀に俺に報告してきた。
「よし。戦闘も剥ぎ取りもだいぶ慣れてきたな、よくやった」
「はい、これもリオさんのご指導のおかげです」
「いいや、俺の教えた内容は大したことじゃないさ。ちゃんとそれを実行出来たのは、アイリス自身の努力の賜物だ」
「いいえ、リオさんの教え無しでは、こう上手くは行きませんでしたから」
爽やかな笑顔でそう言ってくれるのは嬉しいんだが……
「……ちょっと、返り血がひどいな」
「え?あ、あぁ……そうです、ね……」
俺に言われて初めて気付いたのか、アイリスをキャンバスにしたグアロンの返り血で壊滅的な前衛芸術を描いてしまっている。肌も髪も服も明白色だからなおさらだ。
このままカイツールに帰還しようとしたら、門番の方々に何事かと思われてしまうだろうし、いくら血腥さ上等の冒険者と言えど、女の子としてもこれは良くない。
「帰る前に、拠点で血を落としといた方がいいな」
「シミになるのも嫌ですし……そうさせていただきますね」
その前に、とアイリスは何か物言いたげに俺の方を向く。どうしたんだ。
「リオさん、拠点に着いたら、ジャケットを貸してください」
「ジャケット?構わないが、何でだ?」
サイズが合わないから、着てもブカブカだと思うが。
すると、アイリスの目付きが物凄く細まった目になる。
「…………察してください。それが無理なら黙って貸してください」
「察してくださいって、……あ、すまん。そうだな」
アイリスが何を言いたくてそんなじとぉぉぉぉぉっとした目をしていたのか、気付くのが遅かった。
服の血を落とす=服を脱ぐってことだ。
自分一人だけなら下着姿のままでも良かったかもしれないが、男がいたら絶対嫌だろう。
そう言えば、ヒルダは同じスラムの仲間だったからあまり意識したことがなかったが……まずい、なんか緊張してきた。
「リオさん?まさかとは思いますが……覗 か な い で く だ さ い ね ?」
俺の緊張を察したのか、笑顔で圧をかけてくるアイリス。鋭いなぁ……
「分かった分かった、覗かないから、早く拠点に戻るぞ」
意識も緊張もするが、理性が生きているなら問題ないだろう。




