23話 受付嬢として斯くあるべきは
リオとアイリスに今回の件の報酬金を、協力者のアンドリューにはお礼として金銭を渡し終えたところで、リーゼはエトナをギルドの事務所に連れていく。
ダメにされてしまった制服から着替えさせるのも理由のひとつだが、今回の一件から今後エトナをどうするかを決めるためでもある。
「お待たせしました、ギルドマスター」
事務所に保管していた予備の制服に着替えたエトナは、デスクに座るリーゼの前に立つ。
「エトナちゃん、制服の着心地は大丈夫?」
「問題ありません」
「そう?ならいいんだけど」
溜め息をついてから、リーゼはエトナに向き直る。
「今回の件は参ったね、まさかエトナちゃんが拉致されるなんて思わなかった」
「……はい」
「もう、せっかく昨日の卵の密猟を穏便に済ませてあげたのに、あの三人と来たら……」
「わたしが、何か間違っていたのでしょうか……?」
俯きがちに目を伏せて、エトナはそう呟いた。
「例え冒険者に疎まれようとも、受付嬢として斯くあるべきとしていたつもりでしたが……」
俯くエトナに、リーゼは席を立ち、彼女の頭をそっと撫でる。
「うぅん、エトナちゃんは何も悪くない。エトナちゃんが頑張ってくれるおかげで、私達はとても助かってるよ」
「それでしたら、いいのですけど……」
しかしエトナの表情はどこか不満げだ。
それを見たリーゼは、考えるように目を閉じて。
「冒険者に対する規則と法は、あくまでも規則と法でしかないから、言葉と文字だけでは彼らを完全に縛り付けることは出来ない。事実、過去にもギルド関係者に不満を抱き、暴行に及んだ冒険者もいると言えばいる」
特にエトナちゃんのようにかわいらしい女の子なら尚更ね、と苦笑するリーゼ。
尤も、そのような蛮行を働いた冒険者は、一生を棒に振るような重い刑が課されるか、極刑かのどちらかだが。
「でもだからと言って、暴力が罷り通ると「分かってしまう」ような体制は敷いてはならないの。そうなってしまったら、規則も法も意味が無くなるから。だから、規則を守らない者に対する罰は必要なの」
「……ですが、ギルドマスターは昨日、あの三人の卵の密猟に対して妥協したような対応をしていました。わたしも、あんな風になればいいのでしょうか?」
ニコニコ笑って、本来なら払わなくていいはずの報酬金を払い、しかも軽い処分で済ませていた。
規則を基にするのであれば、随分と甘い致し方だろう。
「うーん……難しいね。私はその辺のアウトラインと言うか、規則の範疇に対して甘くなりがちだから、何とも言えないんだけど。「大きな問題にならないのなら、少しは"お目こぼし“をしてもいいんじゃない?」って言うのが、私の意見だね」
「でも……そう言う"お目こぼし“を一度許してしまったら、「どこまでがダメなのか」を確かめようとする人も出てきます」
「そこなんだよねぇ」
問題にならなければ多少は見逃してやるべきと言うリーゼと、ルールはルールとして厳守厳罰させなければと言うエトナ。
冒険者側の心情に寄り添えているのがリーゼだが、それを重きに考えると、どうしてもその善し悪しの判断が甘くなってしまう。
あくまでも定められた規則と法を厳守し、それに背く者には厳正かつ厳罰を処すと言うエトナの意見は、冒険者側の不満を募らせやすいが、第三者視点から見れば至極正しい。
ギルドあってこその冒険者ではあるが、市民あってこその冒険者でもある。
この場合、冒険者と言うのは法を突き付けられた時、どちらの立場にあっても弱いものだ。
けれど、いくら法で裁くことが出来ると言っても、その前にエトナのように理不尽な暴力に曝されてしまう者がいること、それ自体が問題なのだ。
――例えば、エトナがそんじょそこらの冒険者など簡単にねじ伏せられるほどの強者であれば、話は別だったかもしれないが、実情はそうではない。
「……エトナちゃん。これから私が言うことを真に受けないで、落ち着いて聞いてね?」
「はい?」
一体何を言うのかと、エトナは耳を傾ける。
「今のエトナちゃんが、ウチのギルドで働き続けるとしたら、今回のような事件が再発しないとも限らないし、再発したらしたで、すぐに助けに向かえるかも分からないの。もちろん、対策はするけども」
「それは、……その」
もし、リオが駆け付けるのがもう少し遅かったら……と思うと、エトナは言い知れない悪寒を覚える。
「そこでエトナちゃん。今のギルドで働くのが怖いなら、"クビ“ね♪」
「…………えっ?」
リーゼにいきなり解雇通告を言い渡されて、目を丸くするエトナだが、先程のリーゼの「真に受けないで、落ち着いて聞いてね?」と言う言葉を思い出し、まずは最後まで話を聞く姿勢を取る。
「もちろん、クビにするからと言ってもいきなり放り出したりしないよ。既に決まっているシフトには入ってもらうし、解雇後の就職先だって宛がわなくちゃね」
そこで、と付け足すリーゼは。
「今なら鑑定士は大歓迎、厚待遇を約束してくれるって言う商隊がいるの!しかも商隊長は強くて優しいイケオジ!」
「は、はぁ……それなら、まぁ……承知しました」
ギルドマスターがやけに強く推しているので、決して悪い話ではないだろう、とエトナは"辞表“を書く方向で頷く。
「うんうん。そう言うと思って、新しい就職先の面接の準備は既に出来てるから、頑張ってね」
「め、面接?今からですか?」
それは聞いてません、と慌てるエトナを無視して。
どうぞお入りください、とリーゼはドアに向けて声をかける。
ノックと共に、事務所に入ってきたのは――




