20話 旧居住区
アンドリューさんを連れて、酒場の前――定刻の合流予定地点に来ると、既にリーゼマスターが待ってくれていた。
「リオくん、アイリスさん、エトナちゃんは見つかった?」
「まだですけど、情報ならあります」
一歩引いて、アンドリューさんに水を向けさせる。
「そちらの方は?」
リーゼマスターが目を合わせるのを確認して、アンドリューさんは頷いた。
「オレはアンドリュー、この二人の個人的な契約主で、しがない商人だ」
「冒険者ギルド・カイツール支部ギルドマスターの、リーゼと申します。それで、情報と言うのは?」
お互いの自己紹介を終えてから本題へ。
「うむ、ピンク色の髪の女の子を見てないかと言う話だな」
アンドリューさんは、怪しい連中が大きな包みをどこかへ運んでいくのを見た、と証言し、もしかするとエトナはそいつらに拉致されたのではないか、と俺が補足する。
「その人達はどの方向に?」
「途中で曲がったりしなければ、北の方だ」
リーゼマスターの質問に、アンドリューさんは北方向へ目を向けながら答える。
「北……あの辺りは、発展が遅れている旧居住区ね」
発展が遅れている旧居住区……他の区画と比べても寂れていると言うことか。
なるほど、人気が少ないと言う点なら拉致する先としてもちょうどいいわけか。
「ありがとうございます。では二人とも急ぎましょう」
「「はい!」」
「オレも行くぞ。女の子が拐われたと聞いて、黙ってはおれん」
アンドリューさんも来てくれるらしい。あんた優しい人だな。
俺、アイリス、リーゼマスター、アンドリューさんの四人で北の旧居住区へ向かい、周辺住民に「大きな包みを運んでいる者達を見ていないか」と訊ねると、すぐに場所を特定出来た。
「ここだな」
見た感じ飲食店か宿屋のようだが、看板は無く、外壁も長いこと補修されていないのが見て分かる。空き家なのだろう。
俺とアンドリューさんが前に立ち、その一歩後ろにアイリスとリーゼマスターが続く形で、ドアを押し開ける。
中には、昨日の三人組の内の二人が寛いでいたが、俺達四人が押し入ってきたことに驚いている。
「あ、あんたは昨日の……それに、ギルドマスターも……?」
「受付嬢のエトナはどこだ」
世間話に興味はない、用件だけを簡潔に訊く。
続いてリーゼマスターも。
「ウチの受付嬢のエトナちゃん、ここにいるんだよね?」
ずかずかと近付こうとすると、二人は「し、知らねぇよ」と目を逸らしながらシラを切る。
嘘ついてるの丸分かりじゃねぇか。
「そうか、なら勝手に捜すから邪魔するぞ」
そう言って二階へ続く階段に足を向けようとすると、
「わ……悪く思うなよっ」
二人とも剣や弓矢を手にして、俺に襲い掛かろうとするが、
「はい、待ちなさい」
リーゼマスターの落ち着いた声が届くと同時に、二人の剣と弓矢が凍り付いた。
「ひぃっ!?」
「な、なんだ!?」
突然凍り付いたのを見て、慌てて武器を捨てる。
見れば、リーゼマスターの右手に氷属性の魔力が纏われており、魔法によって凍らせたようだ。
「リーゼマスター、ここは任せます」
「はーい、お願いね」
この場は三人に任せて、俺は二階へ駆け上がる。
リオが先に二階へ駆け上がっていくのを尻目に、武器を失った冒険者二人はリーゼを睨み付ける。
が、
「そんなに怖い顔をしないの。あなた達がどうしてエトナちゃんを拐ったのかは、何となく想像がつくけど、冒険者によるギルド職員への暴行は重罪。昨日の件も含め、情状酌量の余地は無いと思いなさい」
氷のように冷たい目と声で、リーゼは宣告する。
ギルドマスターに知られてしまった以上、ここにいる三人は逮捕、冒険者の資格剥奪は確定だ。
「う……うるせぇ!ここであんたを始末すりゃいいだけだ!」
そう言って二人ともリーゼに襲い掛かろうとするが、その前にアンドリューが割り込むと、
「フンッ」
目にも止まらぬボディブローが腹部に炸裂、声も上げられずに気絶させる。
「こ、このっ」
もう一人が苦し紛れにアンドリューに殴りかかるが、アンドリューは飛んできた拳を往なすと同時に鋭い回し蹴りを放ち、冒険者のこめかみ辺りを強かに打ち据え、気絶させた。
「しょ、商隊長さんって、お強いですね?」
出る幕も無かったアイリスは、やけに戦い慣れしているアンドリューの身のこなしに唖然とする。
「職業柄、魔物や破落戸とやり合うことも少なくないんだ、これくらいはな」
オレもまだまだ捨てたもんじゃないな、とアンドリューは苦笑する。
「リーゼさん、こいつらは踏ん縛ってしまっても構わんかね?」
「えぇ、何か縛るものを探しましょう」
気絶させた二人が逃げられないようにアンドリューが見張り、リーゼとアイリスが部屋から紐か縄を探す。
すると、
「ん?」
アイリスは、テーブルの上に一枚の紙が酒瓶の下に置かれているのを見つける。
冒険者ギルドで取り扱っている依頼状のそれらしい書類のようだが、
「っ、これって……!」
「アイリスさん?」
そこにリーゼが寄ってきた。
「ギルドマスターさん、これを」
アイリスはその依頼状をリーゼに見せる。
内容を目に通すと、
「……うん、ありがとうアイリスさん。よく見つけてくれたね」
これは私が預かるね、とリーゼはアイリスからその依頼状を受け取った。
それに書かれていたのは、『飛竜の卵の納品』の依頼であり――ギルドが認可していない非合法な内容であった。




