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ノーマン・レター


「ノーマン・レター、だね。」


最も阿鼻京火に似ている電子音が、そう言葉を綴った。


「ノーマン?有名人か?」


最も鎹透に似ている電子音が、そう言葉を綴ったのだろう。


「あはは、違う違う。ノー、マン、レターなのだよ。ノーマン・レター(差出人のいない手紙)。」


「ノーマン・レター……なんか文法がおかしくないか?ない男、手紙って。」


ソファーに腰を据えて電子版を耳に添えていれば、一枚隔てた向こう側で愉快気に声音が一つ上がる。


「うんうん、真っ当な指摘なのだよ。それを念頭に置いて聞いて欲しいのだけれどね。時代は世界大戦の真っ只中、戦場に赴いた兵士たちは残してきた家族に手紙を送るわけなのだが……戦時下っていうのは何とも過剰なものなのだよ。どんなに気持ちを綴っても、いや存分に気持ちを綴ったからこそかな?検閲に引っかかって約7割の手紙は送られなかったらしいのだよ。」


愉快気に語る内容なのかはさておいてだが、多少のメモ書きは残しておいた方が良さそうだ。平に積まれたコピー紙を複数枚引き抜いて後一枚に掌を重ねる。


「しかしだね、そんな状況下にあっても必ず送られる手紙があったのだよ。規則も検閲も踏み倒せる条件付きの手紙、透分かるかね?」


「んえ?あー……偉いやつの手紙とかか?」


突然の問いかけに半端な解を返してしまったが、深く考えたところでいい路線をつける気もしない。しかし、いや、やはりなのかもしれないがこの稼業は相変わらず気味が悪い。


「おぉ、中々いい線をついているのだよ。正しくは、()()()()()奴の手紙なのだよ。」


「偉く、なった?」


シャープペンを握る手に力がこもる。反芻した言葉の意味を理解するよりも先に嫌な汗が頬を伝ったから。


「二階級特進を知っているかね?名誉ある戦死、或は殉職をしたものに()()与えられる褒章なのだよ。」


やはり、声音を上げて語る話題ではないようだ。


「ノーマン・レター、ない男、手紙……分かるかね?透。送る前と後でその人物を語る階級が全く変わるのだよ。死後に届けられる手紙の送り主はもういない……それ以上にそんな人物ははなっから記録には在していないのだよ。送り主が存在していないのならば、当然受取手もいない。誰にもわたらない手紙なら、どうしようが勝手というメカニズムなのだね。」


「理屈はまぁわかるぜ。でも、そんなの情で通してるだけじゃないのか?ちょっと調べりゃ生死の有無くらいわかるだろ?」


納得はいかない。徴兵された者たちの手紙を頭から排斥していながら、いざ死んだら素知らぬふりで送り届けるなんて違和感を抱かずにはいられない。国が情を抱くのかはわからないが、死んでさえしまえばという条件は、過酷な状況に置いて悪用は容易いのではないのだろうか。


「わっはっは。そう、この話は全くの出鱈目なのだよ。」


「あん?」


どうであれ、声音を上げて話すにはそれなりの理由があったようだ。


「歴史的背景を表に押し出されるとどれだけ噓くさくても一考してしまう。まったく、哀しいものだね。」


一つ、ため息をついた後に京火はまたも嬉々として語り始める。


「念頭に置いていた話題があっただろう?文脈が変という話しさ。」


「あぁ、あったな。」


一息に続けてしまえば良いものを、京火は相槌を求めるように一泊置く。これは阿鼻京火の持つ癖だった。


「そもそもだが、透はこの話をどの国の話としてとらえていたかな?」


それは、と声を形付けてからその先を容することはできなかった。


「主に二階級特進というものは日本で見られるシステムだが、ドイツなんかも検閲は厳しかった。そもそもの話タイトルはノーマン・レターで一見すれば英語。ほら、メモ書きを見直すまでもなくこの話が滅茶苦茶なのは十分に理解ができるだろう?」


「……あー、そうだな。」


促されるように見た手元のメモ書きには、弱弱しい字で『キタムラ』と『ノーマン・レター』のみしか記されていなかった。


「ま、ご察しの通りこのノーマン・レターは完全な作り話なのだよ。それも随分とおざなりな作りをしたね。」


曰く、ソレは一種の信仰だったという。


『・戦時下の日本はあまりに貧しく、生きる希望を持てるものが少なかった。

・最愛のものが亡くなったショックを受け入れられるようにと、誰か(日本人)が考案した都市伝説。実在しないことがバレないように海外の話にした諸説がある。

⇒せめて手紙が届くまでは生きていようというマインド(夜と霧を参照)』


走り書きで付け加えられた要約に目を通さず電話口に声を上げる。


「ちょっと待て、呪いの手紙とは全く別物じゃねぇか?これ。」


簡素な授業を受けていながら、常に思考は根掛かりを起こしていた。余りにも、内容と現状が違い過ぎはしないか。


「そう、悩むべくはそこなのだよ透。」


口を挟むまでもなく、京火は話を続ける。


「今回の怪異……混ざっているのだよ。」


深刻な声が鼓膜を揺らして喉元をすぎる。固唾と混ざり合って。


「呪いの手紙の説明は不要だね?立派な()()()で対応策も練られている。まぁ練られていると言ったが、要は投函をし続けるというパワープレイなのだよ。しかしこれは、必然的に送り主が存在することになるから成立する対応策なのだよ。出自が不明な手紙ならば、そこに関連する受け取り口は存在しなくなってしまう。だが、原点は不明でも、確実に前の一人は手紙をよこしたことになるのだから、今更怪異と呼べるのかも怪しいものだね。」


長ったらしい説明に嫌気が差すことはなかった。


「ノーマン・レターを怪異として成立させるのは、差出人は存在しないのに受取人がいるというズレ。対して呪いの手紙が抱えるズレは自らが差出人でありながら執筆者ではない、加えて受取人としての性質も持つ……言ってしまえばキャパオーバーから来る処理落ちのようなものなのだよ。」


聞き逃せば、或は慢心すれば容易く生涯の幕は降りる。


「どちらとも抱えるズレ……非相互性が合致していない。これは、思ったよりも厄介そうだね?透。」


そんな確信が深々と心臓を貫いたから。

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