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前日譚

この怪奇談はフィクションであり、実在の人物や団体などとは関係がない。

これから騙るのは、そんな話。

聞くに堪えない呪いの話、語るに落ちる偶像の話、解けて消え行く思い出話。

決して快いものでなく、されど黙するには惜しい話。

……まぁ、要は聞いてほしいのだ。この鎹 透(かすがい とおる)の身の上話を。


学び舎、その中でも専門性に特化した学徒が集うこの建造物を世間は大学と呼ぶらしい。隔たれた門の空白をなぞってアスファルトを踏みしめるたびに、こう考えられずにはいられない。何故彼女はここに拠を構えたのか、と。


「すみません、阿鼻(あび)に用事があって参りました。鎹です。」


肩掛けのハンドバックから取り出した身分証を受付に見せれば人当たりの良い、わけではないがつつがなく許可証を渡される。


「どうも。」


そう、呟きを残して許可証を首にぶら下げてから足を進める。13時にも差し掛かろうというこの時間に、幾人かの暇そうな人々を流し見ながら、エスカレーターのボタンを押す。電子音がポーンと鳴った後に、鉄扉が対に引かれてその空間があらわになる。6と掘られたボタンを押せば、鉄扉は閉じて心地よくはない圧迫感に襲われる。それがより一層強く内臓を押し下げたのち、もう一度鉄扉が開かれる。


「……。」


味気のない人工的な空間。灰色の地面に白の光が反射して、回廊を照らし影を落とす。エスカレーターを出て右。突き当りを右に曲がって、通り越すこと4つの扉。すなわち、この施設で最も高く最も孤立したこの扉の向こうが阿鼻 京火(あび きょうか)の部屋になる。


「あけるぞ、京火。」


こぶしで扉をはじきながら、ノブを捻って押し開ける。途端に溢れ出す古書の匂いと彼女特有の甘い臭いが混ざり合った空気。


「ん、丁度1時30分。相変わらず真面目で結構、こんにちは、透。」


壁一面を埋め立てるのは本棚と廃れたファイル群。積み上げられた資料や半開きのノートパソコンがデスク一つを埋め尽くす一方で、ソファーで足を投げ出す、長身の女性。床に散らばったほこりと何枚かの紙きれ、加えて空のペットボトル。荒れた室内を気にも留めない様子で、それは満足げに腰を折った。


「あいあい、こんにちは。それと真面目不真面目は関係ないだろ。何時に来いって言われて承諾したら、その時間に行くんだよ。普通。」


()()()真面目なのだよ、透は。ありていな言葉だがね、普通を維持し続けるっていうのは難しいものだ。加えて真面目は褒め言葉として受け取って欲しいものだね。是非ともインターネットの肥大化した愚語に耳を傾けないで欲しいものだね。」


ぐっと起き上がった京火はにやけた顔でマグカップに緑茶を注ぎ、空いたソファーをバシバシと二度叩く。


「それに比べて不真面目とは……まったく、彼らは何を考えているのだろうね。5回以上の欠席に、文字数不足のレポート。挙句許しを請うメールに聞いてもいない自分語り……。真面目にやっている他の子供たちに恥ずかしくないのかね?透もそうおもうだろう?」


腰を据えれば、よれたシャツから伸びた腕が首を通って、肩にまわされる。使い古したマグカップを強引に押し付けられ辟易といった様子を纏う。


「知らねぇよ、大学はおろか高校も行ってないんだぞ。教授様の苦労なんて想像も付かないぜ。ま、()()()()()()()が損をするのは頂けないとはおもうけどな。」


あっはっはと愉快気に大口を開ける京火はだらりとソファーから腰をあげて、長い脚をふんだんに使いながら京火は半開きのノートパソコンを机上に押し付ける。


「んだよ、これ?」


「本題、もとい聞いてもいない身の上話なのだよ。」


眠気眼をこすり上げた電子版が映し出すのは上から下までびっしり埋まったメールボックス。しかし、宛名は名前や組織名ではなく、殆どが数字とアルファベットの羅列。一見混雑した文字列にも見えるがよくよく見れば規則性がありなにも適当というわけではないようだ。最も、適当でもあるのだろうが。


「学生には学籍番号というものが割り振られてる。とどのつまり、この羅列一つに付き一人なのだよ。」


「えぇ、ってことは何?2、4、6(にぃ しぃ ろぉ)……ははっ、ご苦労だな。」


目が滑ってしまうような膨大な量のメール束。人差し指と中指で画面を横断したところで薄黒い棒はまだまだ進化を残していそうだった。


「まったく、言葉の通りなのだよ。最大限労ってほしいものだね、透。」


「労ったろ、さっき。んで本題って?まさか全部の返信を考えろとかじゃないよな?」


血の気がひいていくのを感じるのは、エアコンが効きすぎているからなのか。


「流石に外部の人間にみせられたものじゃないんでね。最も魅力的な考えなのは確かだ。どうだろうね?本題が終わったら是非とも内密に手伝ってほしいのだ。」


「金でんならやるぜ。一通につき、ま百円とか?」


冗談めかして口を開けばその藍色の瞳は一切おどけを含まず静かに口を開いた。


「三百と昼、晩飯を出そう。それと、愚痴は幾らでも聞くのだよ。」


「じゃあもうこっちが本題じゃねぇか……」


そんな掛け合いが続けられていく最中で、静かに一通のメールが開かれた。


「ま、おふざけはここまでにして、これを見てくれないかね。」


差出人は変わらず数字。届いた時間もさして遅い時間でもない。名乗りと前口上、一般的な教養に沿って綴られた礼儀正しい文章。だからこそこの一文が目を引く。


『信じていただけないと思いますが、呪いの手紙のよって体調を崩してしまいました。』


万人に与えられた無機質で普遍的な電子文字の羅列。定められた自体に付き従ってフォーマットに沈み込む筈のその無機質がまるで知らないもののように姿を変える。そこに生じた不可解は心に根を張り、やがて不理解として芽吹く。正気を栄養にソレは順当に茎を伸ばし、葉をまといそして、恐怖を彩った花を咲かせる


「呪い……まぁそんな案件だと思ったわ。」


訳では無い。


「この子には別途連絡を送っている。明日の昼前には此処に来る予定だから、透は話を聞いて件の解決をして欲しいのだよ。」


人間として必要な感情が欠落している訳では無い。暗闇は怖いし、死んだ動物をみれば心が痛む。だが、逐一膝をついて祈るわけではない。感銘を受けた映画の二度目は想定内の期待で収まるように、子供のころに金魚を土に埋めるように、慣れていく。


「明日?じゃあ今日は?」


「天丼店のクーポン貰ったから一緒に行こうと思って。」


人は慣れていく。異質に異様に異変に異常に。だからこそ招かれる結末はいつだってくだらないものになる。語り半分で申し訳ないが、後にこの案件は大きな禍根を残すことになる。『旧怪異(きゅうかいい)撲滅委員会(ぼくめついいんかい) 対怪異専門(たいかいいせんもん)戦闘指揮官(せんとうしきかん) 阿鼻京火』・『旧怪異撲滅委員会 人間代打兵器(にんげんだいだへいき) 鎹透』。二名の五年に渡る十二件無敗実績に墨を垂らしたこの事件は後に『ユウキ・キタムラ事件』として語られる。新進気鋭の天才二名が死人を始めて出した事件になる。













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