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悪堕ち聖女、魔王の愛に満たされて 〜王国の聖女だった私は、新聖女の嫉妬で悪堕ち追放されました。でも、魔王様に「ようやく見つけた、我が花嫁」と溺愛されて……今さら王国が泣きついても、もう遅いです〜

作者: AKINA

「聖女」として全てを捧げた私を待っていたのは、新聖女の策略による『悪魔憑き』の汚名と、王国からの追放だった。絶望の淵で倒れた私を拾い上げたのは、恐るべき魔王様。彼は告げた。「ようやく見つけた、我が花嫁」と。

1.偽りの断罪


 私の名はアーリア。森の奥深くで生まれたエルフの聖女です。


 生まれつき他の誰よりも白い肌、陽光を紡いだような金色の髪。そして、神聖な魔力を宿す存在として、私は人間の王国に招聘されました。


 聖女として、私は身を粉にして王国に尽くしました。三年続いた大干ばつを終わらせ、不治の病に苦しんでいた王妃様を快復させたのも、私の力によるものです。


 人々は私を崇め、称賛の言葉を惜しみなく注ぎました。ですが、その実態は『箱庭の飾り物』。私の強大すぎる力――枯れた大地を一瞬で緑に変え、病を根源から癒す力は、王国の貴族たちにとって理解を超えた脅威でもあったのです。


 私の日々は常に監視下に置かれ、息が詰まりそうでした。それでも、私の力で人々が笑顔になるのを見るたび、胸の奥に温かい光が灯るのを感じました。この力は、私だけの物ではない。この国の、困っている人々のためにこそあるのだと、私は自分に言い聞かせ、聖女としての務めを全うしようと努めました。どんなに監視され、自由に動けなくても、私にしかできないことがある。その使命感が、私の心を支えていたのです。


 そんなある日、王国に激震が走ります。


「本日より、王国に新たなる聖女、ロゼリア様をお迎えする!」


 国王が高らかに宣言したのは、宰相ガルディウス伯爵が推薦したという、人間の聖女ロゼリアの登場でした。豪奢なドレスに身を包んだ彼女は、華やかで社交的。貴族たちはこぞって彼女に取り入り、私を煙たがっていたガルディウス伯爵は、勝ち誇ったような笑みを浮かべていました。私は、これで私の負担も、少しは軽くなるだろうか、と純粋に思いました。何より、聖女の力が二人になれば、もっと多くの人々を救えるはずだと、彼女の登場を心から歓迎したのです。


 ロゼリアの聖女としての力は、私に遠く及びません。泉の水を少し清める程度の力しか持たない彼女が、なぜ……。


 その答えは、すぐに分かりました。彼らの目的は、私を陥れることだったのです。


「アーリア様の奇跡は、実は危険な力の暴走だったらしい」

「王妃様を癒したのも、禁術を使った反動で、他の者に呪いがいくとか……」


 私の功績は次々とねじ曲げられ、ロゼリアの手柄にすり替えられていきました。最初は信じられませんでした。なぜ、私が救ったはずの人々が、私を疑う言葉を囁くのか。私はただ、純粋に彼らを救いたかっただけなのに。そして、運命の夜が訪れます。


「アーリア様、今宵は祈りの儀式がございます。こちらの祭壇へ」


 ロゼリアに促されるまま向かった先で、私を待っていたのは卑劣な罠でした。足元に描かれた禍々しい魔法陣が突如として輝き、私の魔力を強制的に吸い上げていきます。全身の力が抜け、聖なる力が無理やり引き裂かれるような激痛が走りました。


「きゃああああっ!」


 制御を失った聖なる力が、禁忌の儀式の触媒とされました。闇が渦を巻き、私の体に流れ込んでくる。意識が遠のく中、悪魔との契約が強制的に結ばれていくのを、肌が粟立つような恐怖と共に感じました。


「ぐっ……あ……ぁ……」


 苦しみが過ぎ去った後、水面に映った自分の姿に、私は絶句しました。


 雪のように白かった肌は、艶やかで健康的な褐色に。陽光のようだった金髪は、月光を吸い込んだかのような神秘的な銀色へと変貌していました。髪から零れ落ちる銀色の光が、私の頬を伝う涙を鈍く照らします。信じられない、と何度心で繰り返しても、現実は目の前に突きつけられました。


 混乱する私の前に、ロゼリアとガルディウス伯爵が姿を現します。


「見なさい、皆の者! アーリアは自らの力を過信し、悪魔と契約したのです!」


 ロゼリアが高らかに叫びます。その声は、私の耳には嘲笑にしか聞こえませんでした。


「魔族と通じた裏切り者め! もはや聖女ではない! 国から追放せよ!」


 ガルディウス伯爵が、憎悪に満ちた声で私を糾弾しました。私の純粋な善意を、彼らはこうも容易く踏みにじるのか。心が張り裂けそうでした。


 翌日には、私の『悪堕ち』が王国中に広まっていました。


「悪魔め!」

「裏切り者!」


 かつて私に慈愛の眼差しを向けていたはずの民衆が、手のひらを返して石を投げつけてきます。硬い石が身体に当たるたび、物理的な痛みよりも、彼らの憎悪の眼差しが私の心を深く抉りました。私が癒したはずの病人や、私が潤した土地で暮らしていた農民までもが、憎しみの形相で私を罵りました。彼らの苦しみを少しでも和らげたいと願った私の想いは、すべて無駄だったのか。


 玉座に座る国王は、ただ世論に流されるまま、冷たく言い放ちます。


「魔族堕ちした聖女、アーリア! 貴様を王国から永久追放とする!」


 失意と絶望の中、私はたった一人、魔物の跋扈する辺境へと追いやられました。降りしきる雨が、頬を伝う涙を隠してくれているようでした。身体中が鉛のように重く、心は氷のように冷え切っていました。


 聖女としての力は失われ、代わりによく分からない闇の力が渦巻いている。飢えと疲労で意識が朦朧とし、ついに私は森の中で倒れ込みました。


 ……もう、終わりなのね。


 冷たい地面に頬をつけ、目を閉じようとした、その時。


『――ようやく見つけた』


 頭上に、低く、それでいてどこか優しい声が響きました。見上げると、そこには漆黒の闇よりも深く、それでいて吸い込まれそうなほど美しい瞳を持つ一人の男性が、私を見下ろしていたのです。彼の存在は、絶望の淵にいた私にとって、唯一の光のように感じられました。


2.魔王様の慧眼


 気が付くと、私は天蓋付きの豪奢なベッドの上にいました。ほのかに香る夜来香の甘い芳香と、かすかに金属の冷たさを帯びた空気、星明かりを閉じ込めたような鉱石でできた壁、幾何学模様が刻まれた黒曜石の床――そこは明らかに人間の世界ではありません。


「目が覚めたか」


 声のした方へ顔を向けると、そこにいたのは森で私を見下ろしていた男性でした。漆黒の髪と瞳、整いすぎた顔立ちは、まるで神が作り出した彫刻のよう。彼が纏う圧倒的な威圧感と、しかしどこか落ち着いた魔力は、彼がただ者ではないことを示していました。


「あなたは……?」


「我が名はゼノス。この魔界を統べる者、魔王だ」


 魔王……! 人間たちが最も恐れる存在。私は反射的に身構えましたが、ゼノスと名乗った魔王は、氷のように冷たい美貌に、わずかな憂いを浮かべて私を見つめていました。その視線には、敵意も軽蔑もなく、ただ深く優しい光が宿っているように感じられました。


「酷い仕打ちを受けたものだ。よくぞここまで、その魂の輝きを失わずに耐えたな、我が聖女よ」


「……え?」


 尋問されると思っていたのに、かけられたのは労いの言葉でした。しかも、彼は全てを知っているような口ぶりです。私の心が、凍り付いていた胸の奥で、わずかに震えるのを感じました。


「なぜ、それを……」


「お前が人間界にいた頃から、ずっと見ていた。お前の稀有な力と、誰にも理解されない孤独をな」


 ゼノスは淡々と告げます。その瞳には、憐れみではなく、純粋な賞賛の色が浮かんでいました。まるで、私の全てを見透かし、それを受け入れているかのように。


「お前の真の力は、光ではなく、闇と共鳴してこそ輝く。あの狭い人間どもの世界では、到底扱いきれるものではなかっただけだ」


 彼はそう言って、そっと私の手に触れました。彼の指先から伝わる温かさと、強大な魔力に、私の体内で渦巻いていた闇の力が呼応するように、奔流となって溢れ出したのです。それは苦しいものではなく、むしろ、ずっと閉ざされていた本当の自分が解放されるような、魂が喜びに震える心地よい感覚でした。身体の奥底から、力が満ちてくるのを感じます。


「これが……お前の本当の姿だ」


 ゼノスが優しい声で囁きます。彼の手が離れた後、私は自分の手を見下ろしました。褐色に染まった肌が、内側から淡い光を放っているように見えます。銀色の髪も、まるで月光を宿しているかのようでした。


「私のこの力は……一体……」


「それは『魔界の聖女』の力。魔族の魂を根源から揺さぶり、その能力を飛躍的に進化させる、祝福の力だ。我が魔王軍、いや、この魔界全ての悲願そのものだよ」


 ゼノスは続けます。


「お前は悪魔に堕ちたのではない。本来あるべき、最も美しい姿になっただけだ。お前のその褐色の肌も、月光の髪も、全てがお前が本物の聖女である証だ」


 ずっと呪いだと思っていたこの姿を、彼は祝福だと言ってくれました。人間界で疎まれ、恐れられた私の本当の力が、この魔界では『悲願』なのだと。彼の言葉一つ一つが、私の凍えた心を解かしていくようでした。


 胸の奥から、温かいものが込み上げてきます。追放されてから、初めて流す嬉し涙でした。その涙は、苦しみや悲しみではなく、深く優しい喜びに満ちていました。


「さあ、もう休め。ここがお前の新しい居場所だ。誰にもお前を傷つけさせはしない」


 ゼノスはそう言うと、私の目元を優しく指で拭いました。その不器用な手つきに、私はどうしようもなく心を惹かれてしまったのです。この人だけは、私を本当に理解し、守ってくれる。そう確信しました。


3.魔界の慈愛の聖女様


 魔王城での新しい生活が始まりました。最初は私を遠巻きに見ていた魔族たちも、すぐに私を特別な存在として受け入れてくれました。彼らの瞳には、警戒ではなく、純粋な興味と期待が宿っていました。


 なぜなら、私の『魔界の聖女』としての力は、ゼノスが言った通り、絶大な効果を発揮したからです。


「おお……! 聖女様の祝福を受けたら、古傷が癒えただけでなく、若い頃より力がみなぎってくる!」


 歴戦の魔族の将軍は、驚愕の声を上げて自分の腕を見つめています。長年癒えなかった傷が、私の魔力に触れた途端、まるで時間を巻き戻すかのように消え去っていくのです。その光景は、彼らにとってまさに奇跡でした。


「見てください、アーリア様! 魔界では伝説でしか語られていなかった『命の果実』がなりました!」


 私が魔力を注いだ魔王城の庭園では、荒れ地だった場所から色とりどりの植物が芽吹き、生命力に満ちた輝きを放ち始めました。そして、その中には魔族全体の寿命と魔力を底上げする奇跡の果実まで実りました。それは、かつて人間界で枯れた大地を緑に変えた力と、何ら変わりない。けれど、ここではそれが「脅威」ではなく「祝福」として受け入れられる。その事実に、私は深い安堵を感じました。


 特に私は、魔族の子供たちと過ごす時間を大切にしました。彼らの純粋な瞳は、人間界の民衆が私に向けた憎悪とは全く異なる、無垢な輝きを宿していました。生まれつき魔力が弱く、いじめられていた小さな子供に祝福を与えると、その子の内に眠っていた才能が花開き、やがては魔王軍の幹部候補とまで呼ばれるようになったのです。子供たちの満面の笑顔に触れるたび、人間社会で凍り付いていた私の心が、少しずつ溶けていくのを感じました。彼らが私を恐れない。ただ、私を慕い、私に感謝してくれる。そのことが、何よりも私の心を癒しました。


 いつしか私は、魔族たちからこう呼ばれるようになっていました。


「慈愛の聖女様」


 そして、私をこの場所に導いてくれた魔王ゼノス様は……。


「アーリア、少し見ない間に、また美しくなったな」


 彼は他の魔族には決して見せない、穏やかで甘い表情を私にだけ向けてくれます。普段はクールで頭脳派な魔王様ですが、どうやら恋愛はとても奥手なようでした。


 他の男性魔族が私に親しげに話しかけていると、露骨に不機嫌なオーラを放ち、その場の空気を凍らせます。私が「どうかしましたか?」と尋ねると、「……いや。魔力バランスの確認だ」などと、ぶっきらぼうに答えますが、その耳が僅かに赤くなっているのを私は知っていました。


 私が作った(というより、私の魔力で育った)果物を使ったタルトを差し出すと、普段は必ず側近に毒見をさせる彼が、「お前のものに毒などあろうはずがない」と真っ先に口にして、周りの魔族たちを驚愕させました。その真っ直ぐな信頼に、私の胸は温かさで満たされます。


 ある日には、巨大な衣装部屋に案内されました。そこには、私の褐色の肌と銀色の髪に似合うようにと、彼が世界中から集めさせたという美しいドレスが、所狭しと並べられていたのです。一つ一つ手に取ると、彼の私への深い愛情が伝わってきました。


「お前は、私にとって唯一無二の存在だ」


 二人きりの時、彼はそんな風に、直接的ではないけれど、その存在の重要性を示す言葉を時折漏らしてくれました。


 その不器用な優しさに触れるたび、私の胸は甘く高鳴ります。人間界では誰にも理解されなかった私が、ここではありのままに受け入れられ、世界で一番大切なものだと言ってくれる。私もまた、ゼノス様のことを心からお慕いしていました。彼への想いは、もはや深い愛へと変わっていたのです。


4.もう、遅いです


 私が魔界で幸せな日々を送っている頃、私を追放した王国は、急速に滅びの道を転がり落ちていました。


 偽りの聖女ロゼリアには、国を支える力などありません。彼女の形ばかりの「奇跡」では、蔓延する病も、凶作も、増大する魔物の被害も、止めることはできなかったのです。王国は活力を失い、かつて私の力で豊かだった土地は荒れ果て、人々は疲弊していました。


 国政は腐敗したガルディウス伯爵の私利私欲で乱れ、国民は飢えと絶望に苦しんでいました。


「聖女アーリア様がいなくなってから、ロクなことがない……」

「あの聖女様は、本当に悪魔だったのか?」


 かつて私に石を投げつけた国民たちは、今更になってそんな後悔の声を上げ始めたそうです。その声は、魔界にいても私の耳に届くほどでした。しかし、私の心には、もはや彼らへの憎しみはほとんど残っていませんでした。ただ、無力だった頃の自分を思い出し、静かに彼らの愚かさを感じていました。


 そして、好機と見たゼノス様は、ついに王国への進撃を開始しました。


「アーリア。お前が望むなら、この戦いはやめよう。だが……」


「いいえ、ゼノス様。私も戦います」


 私は彼の言葉を遮りました。瞳に宿るのは、もはやかつての傷ついた聖女の面影ではありません。その眼差しは、覚悟と決意に満ちていました。


「私を虐げた者たちへの復讐心がないと言えば嘘になります。ですがそれ以上に、私はこの魔界を……私に居場所をくれた、あなたと皆のいるこの世界を守りたいのです」


 私の決意を見たゼノス様は、愛おしそうに目を細め、私の手を強く握りしめました。その手の温かさが、私の背中を押してくれます。


 闇魔法と私の祝福で強化された魔王軍は、王国軍を圧倒します。しかし王都に迫ると、目の前に白銀の結界が立ちはだかります。それは――かつて人々の平和を心から願い、私自身が張り巡らせた聖なる結界でした。今や彼らはそれを、私を拒むための最後の砦として利用しているのです。


 その清らかな光に触れた瞬間、忘れていたはずの記憶が奔流のように蘇ります。 「聖女様、ありがとう!」と無邪気に笑う子供たち。私の力で病が癒え、涙を流して感謝する人々。この王都を、この国の人々を守りたいと、ただ純粋に祈りを捧げていた過去の自分の姿が、脳裏を駆け巡りました。


「(この光は、私の善意そのもの。これを私の手で壊すことは、あの頃の純粋だった自分自身を、この手で殺すことと同じなのでは……?)」


 一瞬、私の指先から力が抜け、心が激しく揺らぎます。それは、私の中にまだ残っていた、捨てきれない過去への未練でした。


 そんな私の葛藤を見透かしたように、隣に立つゼノス様が、私の手を強く握りしめました。


「アーリア。その清らかな祈りを利用し、お前を絶望の淵に突き落としたのは彼らだ。お前の美しい過去まで、彼らのエゴで汚させるな」


 彼の力強い声と、手のひらから伝わる温もりが、私の迷いを振り払ってくれます。そうです。この結界はもはや、人々を守る光ではありません。私から全てを奪った者たちが、自らの保身のために利用する、過去の私の亡霊に過ぎないのです。


「さようなら、無力だった私」


 私はそっと呟き、闇の力を解き放ちました。聖なる光と闇の力がぶつかり合い、一瞬、まばゆい光が辺りを包みます。それはまるで、過去の私が今の私を受け入れ、その役目を終えるかのように、静かに、そして美しく砕け散っていきました。


 光の粒子が舞う中で、私は古い自分との完全な決別を果たしたのです。


 追い詰められた王国は、最後の手段に出ました。魔王城に使者を送り、私に帰還を要請してきたのです。


 使者としてやってきたのは、あのガルディウス伯爵でした。彼は私の前にひれ伏し、涙ながらに訴えます。その顔には、かつての尊大さはなく、ただ保身に走る醜さが露わになっていました。


「ア、アーリア様! 我々が間違っておりました! どうか、どうか王国にお戻りください! あなたさえいれば、王国は救われるのです!」


 私は、優雅に寄り添ってくれるゼノス様の腕にそっと身を寄せ、満面の笑みで答えました。


「お断りします。私の居場所は、愛するゼノス様のお隣ですわ。それに、光の聖女アーリアはもう死にました。今の私は、魔王陛下の魔界の聖女ですから」


 私の言葉に、ガルディウス伯爵は絶望の表情を浮かべます。その表情は、私には何の意味も持ちませんでした。


 王国は、抵抗する術もなく無血開城しました。かつての栄光は見る影もなく、静かに魔王軍に飲み込まれていきました。


 城内で震えていたロゼリアは、私の姿を見るなり戦慄します。その顔は恐怖に歪んでいました。


「あ、悪魔め……! 化け物!」


 醜い罵声を浴びせる彼女に、私は冷たい視線を向けました。かつての私ならば、その言葉に傷つき、悲しんだでしょう。しかし、今の私には、彼女の言葉は空虚な響きしか持ちませんでした。そして、彼女が唯一持っていた、ちっぽけな聖女の力を根源から奪い取ったのです。


「いやああああっ!」


 力を失ったロゼリアは急激にその美貌を失い、老婆のように皺だらけになってその場に崩れ落ちました。彼女の末路は、かつて彼女が私にしたように、民衆から石を投げつけられ、国から追放されるというものでした。自らが蒔いた種を、彼女自身が刈り取ったのです。


 ガルディウス伯爵は、不正の証拠を全て暴かれ、全財産を没収。そして、かつて彼が私を陥れるために作った、王城の暗い地下牢に閉じ込められました。誰からも忘れ去られ、そこで生涯を終えることになるでしょう。彼の顔から、傲慢な笑みは消え失せていました。


 権威を失った国王は、ゼノス様の統治を静かに受け入れました。彼の冷たい瞳には、もはや私を追放した時の光は宿っていません。


 圧政から解放された国民たちは、新たな支配者である魔王と、その隣で慈愛に満ちた笑みを浮かべる褐色の聖女を見て、驚きと、そして未来への期待の入り混じった眼差しを向けていました。彼らの瞳には、かつての私に向けられた憎悪ではなく、新たな希望の光が見えました。


5.永遠の誓い


 王国を完全に支配下に置いた後、ゼノス様は魔界と旧王国領の全ての民を集め、盛大な式典を執り行いました。広大な広場には、魔族と人間が肩を並べて立ち、その光景はかつての私には想像もできなかったものです。


 そこで彼は、私を真の『魔界の女王』として隣に迎え入れると宣言したのです。


「女王アーリアに、永遠の忠誠を!」


 魔族も、かつての王国の民も、皆がひざまずき、新たな女王の誕生を祝福してくれました。その声は、かつて私を糾弾した民衆の声とは比べ物にならないほど、温かく、そして力強いものでした。


 私の力によって、荒れ果てた旧王国領の土地は次々と蘇り、魔族と人間が手を取り合って暮らす、新たな世界が築かれ始めています。それは、私が聖女として願っていた、本当に平和で豊かな世界でした。


 白い聖女ではなく、褐色に輝く魔界の女王として、私は憎しみだけではない、民を導くという新たな役割を見つけました。私の心は、かつてないほど満たされていました。


 その夜、二人きりになった城のバルコニーで、ゼノス様は私を後ろから優しく抱きしめてくれました。夜空には満月が輝き、その光が私の銀色の髪を神秘的に照らします。


「お前を闇に染めたのは人間の愚かさだが、その闇ごとお前を照らすのが私の役目だ」


 耳元で囁かれる、甘く低い声。その声に、私は全身の力を預けました。


「永遠に、私の隣で輝いてくれ、アーリア」


 それは、彼が初めてくれた、素直な愛の言葉でした。彼の腕の中で、私はこの上ない幸福を感じます。


 私は静かに頷き、彼の腕の中で、幸せに目を閉じます。追放された聖女の物語は終わり、これからは、世界で一番優しい魔王様に愛される、魔界の女王としての物語が始まるのです。その瞳には、未来への確かな光が宿っていました。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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ハイファンタジー小説も連載していますので、もしご興味があれば「ギャルSEの異世界デバッグ!」もご覧ください。

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