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9 リュカとして生きていく

 公爵家と聞いていたから大きな屋敷だろうとは思っていた。

 けれど領地は他にあって王城で仕事をするために王都に住んでいると言っていたので、いわゆるタウンハウス的な感じだと思っていたのだ。それでもきっと馬車の中から見た屋敷よりも立派なものに違いない。そう思いつつ、「到着いたしました」と声をかけられたと同時にものすごく大きくて豪奢な門が開かれて、馬車は当たり前のようにそこに入っていった。

 さぁ、いよいよだ。少し姿勢を正したリュカは、けれど一向に止まる気配のない馬車に困惑したような表情を浮かべた。


「……あ、あの、着いたんですよね?」


 おずおずと尋ねるとマリヌスは「はい、敷地内に入っております」と穏やかな笑みを受かベて答えてくれる。


「敷地内……」


 だが馬車道の脇に綺麗に植えられている木々や花々は見えても肝心の屋敷は見えない。その間にも馬車は走り続けている。

 もしかしてこの世界にもドッキリなんてものがあるんだろうか。あの召喚から今までの状況は全てドッキリで、すっかり信じてしまった自分はものすごく笑いものになるのではないか。


(い、いや、さすがに素人に対してのドッキリとしては大がかり過ぎるだろう……)


 リュカがそんな事を考えていると、ようやく馬車の走る速度が落ちて、ゆっくりと止まった。


「お疲れ様でございました。台座などをご用意いたしますので少々お待ちください」


 そう言うとマリヌスはサッと扉を開けて馬車を下り、すぐさま扉が閉じられた。中にはリュカとフィリウスの二人だけになった。


「しょんなにきんちょうしなくてもだいじょうぶら。りゅかのことはしゅでにやしきにちゅたわっている。みにゃとうちゃくをこころまちにしていたはじゅだ」

「は、はい。そうですか」

「しゅくなくともしろのようなたいどをとるものはいない。それはあんしんちてほちい」

「ありがとうございます」


 そんなやりとりとしているとノックの音がして再び扉が開かれた。


「お待たせいたしました。まずはフィリウス様こちらへ」

「うむ」


 短く答えて、フィリウスはマリヌスに抱きかかえられるようにして馬車を降りた。


「リュカ様、どうぞお手を」

「ありがとうございます」


 さっと出された手を取って、とにかく転げ落ちないようにそれだけを考えながら馬車を下りたリュカは地に足を付けた途端思わず固まった。

 そこに見えたのはズラリと並んだ使用人達だった。さらにその後ろには自分の常識を遥かに超えるような屋敷があった。


(これ、すでにお城だよね……)


「しらちぇがあったとおり、きょうからしとしゃまをおむかえしゅることとなった。りゅか・わしゅとぅーる。わたしのちゅまとなるものだ。みなもそのつもりでよろちくたのむ」


 フィリウスの言葉に使用人達が深く礼をする。それがなんとも居心地が悪いと言うか、分不相応な場所にいるような気がしてどうしていいのか分からない気持ちになったリュカに、フィリウスは隣に並んで手を差し出した。


「さぁ、りゅか。ちゅかれただろう。なかにはいろう」


 ニコニコと笑う幼い顔。三歳児のフィリウス。けれど本当は頼りになる三十二歳の公爵様でこの国の宰相閣下だ。差し出されていた小さな手をそっと握って「はい」と返事をすると、柔らかくて温かいその手が励ますようギュッとリュカの手を握り返してきた。

 なるほど、確かにこれはガスパルが心酔する筈だと少しだけ可笑しくなって、ふわりと緊張がとけた。


「皆さん、よろしくお願いいたします」


 そう言った自分の声は少しだけ震えてしまったけれど、手を繋ぐフィリウスが「うむ」と嬉しそうに頷いたので、リュカは嬉しい気持ちのままフィリウスと一緒に、領地よりは狭いというお城のような屋敷の中に入った。


 -◇-◇-◇-


 屋敷に入ってすぐのホールには外にいた使用人達よりもさらに多くの人達がいた。

 繋いだままの手を思わずギュッと握ってしまったリュカに、フィリウスはもう一度その手を握り返してくれた。それでもリュカの心臓はドクンドクンと早くなって飛び出してきてしまいそうな気さえする。

 そんなリュカにフィリウスは小さな声で「だいじょうぶ」と言ってゆっくりと口を開いた。


「きょうからここでくらちゅことになるりゅか・わしゅとぅーるだ。いちぇかいからのしとしゃまだが、それはおおやけにはならない。くわしくはまりうしゅからかいらんがありゅ。わたちのちゅまとなるものら。みなでちゃちゃえてやってくりぇ」

 

 そう言うとフィリウスはリュカに向けてコクリと頷いた。


「…………リュ…………リュカ・ワシュトゥールです。よろしくお願いします」


 リュカが頭を下げると使用人達が一斉に頭を下げた。

 ああ、これで本当にもう後には引けなくなった。なんと言ってもリュカは自分で『リュカ・ワシュトゥール』と名乗ったのだ。もう『流川聡』はこの世界にも、元の世界にもいない。

 ここからはフィリウスが名付けてくれた、『リュカ・ワシュトゥール』として生きていくのだ。

 だけどそれでいい。そんな気がした。


「へやのよういは?」

「すでに整っております」

「ではあんにゃいときがえを。ああ、ちゅかれているはずなのでちゅこちゆっくりさせてやってほちい」

「畏まりました」

「しぇんぞくのじゅうしゃやごえいは?」

「選んでおりますので後ほどご確認を」

「わかった。ではりゅか、あとでむかえにいく。いっちょにゆうしょくをたべよう」 

「はい」


 離れた手が少しだけ淋しいと思いつつ、リュカはこの屋敷の執事だと言う男と数人の従者達と共に落ち着いたブルー系の絨毯が敷かれている階段を上がった。


ジェントルな三歳児…………


そんなフィリウス様に応援よろしくお願いします♪

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