8 国王ラディスラウスの独り言
「そうか。コンコルディア公爵は使徒を屋敷に連れ帰ったか」
「はい」
「まぁ、とりあえずはこれで大丈夫だろう。自分の懐に入れた者は大事にする奴だからな」
「……はぁ」
「それにしてもニコラウス、私のところにも抗議がきた。使徒を端部屋に入れ、そこに公爵を迎えに寄越させたらしいな」
読めない表情のままそう言われてマグナシルヴァ王国の大神官であるニコラウスは苦虫を嚙み潰したような顔をして「申し訳ございません」と頭を下げた。
公爵家からの抗議文は神殿にも、そして召喚を警護するために配置された近衛騎士団にも届けられた。
特に神殿に対しては今後の寄進についても考えたいというおまけつきだ。筆頭公爵家であるコンコルディア家を怒らせたとすれば大神官の威光に傷がつく。
「過去の事を伝えられる範囲で伝えたのだが、お前にはあまり響かなかったようだ」
「い、いえ。そのような事は。私がきちんと部屋を指定していれば良かったのです。私の手落ちでございます。コンコルディア公爵家には後ほどしっかりと謝罪を申し入れます」
「後々揉め事の種になるような事がないようにな」
「御意」
そう言って頭を下げて退出したニコラウスを見て、国王ラディスラウスは「はぁ」と溜息をついた。
とにかくこれで我が国にとって五百年ぶりの聖女召喚の儀は終わった。
失敗は許されない事なので、国をあげての一大任務だった。
マグナシルヴァ王国は西の大国と呼ばれ、聖女召喚を行う十大国の内の一つだ。
この世界には大小さまざまな国があるが、その中で大国と呼ばれているのは十一国。他の国々は独立しているものの十一国の配下にあり、中には領土を争っている国もある。
だがどれも大きな戦にはならず、大国はそれに関与をしないのが通例だ。もちろん行き過ぎているところがあれば多少釘を刺す程度でおさまる。そんなバランスが保たれているのは『聖女』という女性たちの存在が大きい。聖女達は一様に高い治癒能力と穢れを祓う浄化の力を持っているのだ。
私達が生きているこの世界は女性が極端に少ない。このため女性は『聖女』と呼ばれ神殿で管理をされ、いずれどこかの国の王家の者と縁を結ぶのである。そしてそんな聖女達の頂点に立つのが『大聖女』だ。
『大聖女』は古来より異世界から召喚する習わしとなっている。
異世界から神によって遣わされた『大聖女』がいるだけで世界が安定するのである。
細かな争いはあるが『禍』と呼ばれるような天変地異はなく、『瘴気』と呼ばれる穢れのようなものも薄くなる。聖女の力とは一線を画すものだ。
『大聖女』となる聖女は召喚国の神殿でこの世界の事を学び、その後この世界の一番の大国である神聖国ルーチェアットの神殿に移り、ルーチェアットの国王と婚姻を結ぶのが習わしとなっていた。
そして『大聖女』が高齢になってくると次代の『大聖女』となるべき聖女を異世界から召喚する。それが聖女召喚の儀だ。
召喚は神聖国ルーチェアットでは行われずに、十大国が輪番で行う事が決まっている。大体五十年から六十年ほどの周期で行われる聖女召喚の儀は十大国それぞれが国の威信をかけて執り行うのである。
「使徒か…………」
ラディスラウスはポツリと呟いた。
思い出すのは召喚の間で騎士達に囲まれながら立っていた青年だ。この国からすれば少年といってもいいような姿形だった。
彼より少し前に会った聖女アヤカも黒髪、黒目の少女だった。十七歳だと言っていた。異世界に召喚された事も聖女だという事も彼女は驚くほどあっさりと受け入れた。
そして……
『間違えて一緒に召喚されてしまった人がいるんですけど、王様、彼に酷い事はしないでくださいね。一緒に横断歩道を渡っていただけの人なんです。ちょっと疲れていたみたいだからかわいそう』
ラディスラウスは「わかった」と答えた。元より彼に手出しをするような事は出来ない。
それは召喚国である十大国の王家のみに伝えられている事だった。召喚の儀に聖女ではない者が紛れ込むなど本来であればありえない事なのだ。だからこそ王家のみに伝えられている事。
実は今回のように聖女以外の者が一緒に召喚された例は二度あった。
一度目は大切な聖女召喚の儀に『穢れが混じった』とその場で切り捨ててしまったという。だがその場で切り捨てた騎士が突然死に、その後王城内に原因不明の病が流行。国王は罹らなかったが重鎮達が幾人も命を落とした。
そして二度目は一度目に起きた禍が使徒を傷つけたものだとは分からず、同じように排除しようとして、王城内に雷が落ちたという。落ちたのは召喚の間とそこから離れている筈の王の間だ。
この事から召喚国には万が一召喚に巻き込まれた者がいた場合は、聖女と同じく神から遣わされた使徒として手厚く保護をしなければならないと語り継がれる事となった。
ちなみに二度目の若者は召喚国の宰相が後ろ盾となり、後に彼と婚姻を結んだと伝えられている。
この為、今回はくれぐれも手を出すなと伝え、すぐにコンコルディア公爵を呼び出し、過去の例に倣い使徒と婚姻を結ぶように伝えたのである。
もっともこれはかなり大きな『借り』となった。
「…………まったく、フィリウスには『借り』ばかりが増える」
脳裏に蘇ったのは今のフィリウスの姿ではなく、三十二歳の堂々とした宰相の姿だ。本当に文官かと疑うほどの偉丈夫だった。国王の右腕、または懐刀などと称させれていた。
「私はお前に頼ってばかりだな」
けれど今回の件を自分が思っている通りに成し遂げてくれるのは、やはり彼しかいないのだ。たとえ彼の見た目が三歳児であろうとも。
「いずれ借りは倍返しさせてもらおう」
フィリウスが聞いたら一拍おいて「よろしくお願いします」と笑うだろうと思いつつ、ラディスラウスは玉座から立ち上がり自室へ向かった。
王様視線でこの国の設定を挟みました。
これで背景が分かったかな。
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