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7 コンコルディア家へ

 部屋を移して話をしている間にフィリウスは迎えの馬車を手配していた。

 フィリウス自身が登城する時には頑丈で無骨なものにしているため、コンコルディア家の紋は入っているものの、乗り心地としてはあまり良くない。しかも狭い。

 しかしまだ仮ではあるが婚約者を屋敷に連れて帰るにはそれなりの演出や対面を気にしたものが必要だった。

 突然決まったとはいえ、彼は国王からの声がかりでフィリウスと婚姻を結ぶ事になる。そしてそれをきちんとフィリウスが認めたという証が必要になるのだ。

 全く面倒くさい事だとフィリウスは思っていた。

 正直に言えば断ってしまう事も考えた。だが、過去の例を特別に知らされて、いつまでもうるさい話も遠ざけられるだろうと言われれば確かにそうかもしれないと思ったのも事実だ。

 しかも王家と神殿に多少なりとも貸しが出来る。もちろんそんなものがなくとも困る事はないのだが、どのみちこの身体だ。貸しは作っておくに限る。フィリウスはその話を受け入れて聡を迎えにいった。


 初めて会った異世界人であるリュカという青年は不思議な雰囲気を持っていた。

 黒目、黒髪、華奢な身体。

 名前の後に年齢を尋ね、二十二歳だと聞いてフィリウスだけでなくガスパルも驚いた。十代だと思っていたのだ。

 そう言うと彼は照れたように自分の国では年相応だと言った。もっともニホンジンというのは他の国に比べて若く見られる事が多いのだと付け加えた。

 この国は背が高く割合しっかりとした体つきの人間が多いが、細くて可愛らしいと言われる人間もいる。けれどリュカのような人間は初めてだった。

 幼いわけではなく成人としての印象があるけれど線は細い。だが弱々しい感じではなく芯の強さのようなものを感じ、それと同時にアンバランスな不安定さも感じさせる。

 なんとなくおびえている猫のようだとフィリウスは思っていた。

 静かに話を聞きながらも、毛を逆立てて必死に自分を守っている。そんな風に見えたのだ。

 だから彼がフィリウスの話を聞いて、少しだけホッとしたように見えたのが嬉しかった。

 名前を聞いてもうまく言えないフィリウスに、もう一度その名を口にしてくれたのも嬉しかった。

 召喚に巻き込まれたのは彼にとっては不幸な出来事だったのかもしれないが、それでもフィリウスは彼がこの世界に来て、自分と婚姻を結ぶ事を嫌だと言わなかったのも嬉しいと思えた。

 おびえていた猫がそろりと近づいてきて、出された手を警戒しながらも受け入れて撫でさせた。そんなところだろうか。だが、嫌な気はしない。むしろ後ろ盾も何もない、知らない世界に放り込まれてしまった彼を守り、彼がやりたい事を叶えてやりたい。

 初対面の人間にそんな事を考えた自分が少し信じられないようにも思ったけれど、勿論フィリウスがそれをリュカに感じさせる事はなかった。


 -◇-◇-◇-


「むかえのばしゃがきたようだ。いっしょにいこう、りゅか」

 そう言われて聡、もとい、リュカはコクリと頷いた。ここに来た時と同じようにフィリウスはガスパルに抱っこされてその隣にリュカ、そして周りを護衛と思われる騎士達が囲み、十人以上で移動する。この城の中を移動するだけでも結構な運動量になりそうだ。そんな事を考えているうちに馬車回しと呼ばれる場所に到着した。 


「わぁぁ……すごい……」


 無意識に漏れ落ちたのだろう言葉にフィリウスが楽しそうに笑った。


「きにいってもらえたようでうれしい。さぁ、いこう」


 そこには白と青を基調にした信じられないくらい美しい馬車が待っていた。リュカは知らないが銀色の浮き彫りでコンコルディア家の紋がしっかりとつけられている。

 フィリウス達が近づくとタキシード姿の初老の男性が頭を下げた。


「フィリウス様、使徒様、お迎えにまいりました」

「うむ。まりぬしゅ、かれがいせかいよりやってきたしとさま、りゅか・わしゅとぅーるだ」

「コンコルディア家の家令マリヌスです。リュカ様、どうぞよろしくお願いいたします。ではこちらにどうぞ」

「……ありがとうございます。お世話になります」


 馬車に乗るのは初めてだったけれど、御者が用意をしてくれた台のお陰でうまく乗る事が出来た。

 外見よりも多少狭くはなるものの、それでも大人四人がゆったりと座る事が出来る広さだ。もちろん内装も豪華で、座席もしっかりとクッションが効いている。

 よくライトノベルで見たようなお尻が痛いという事もなさそうだ。もしかしたら過去の大聖女達が色々な技術を伝えているのかもしれない。

 ゆっくりと走り出した馬車。

 ガスパル達とはここでお別れだ。深く頭を下げて見送ってくれる彼らにリュカは馬車の中からそっと頭を下げた。


(お城に近い所だからこの辺りは立派な屋敷が多いんだな……中世ヨーロッパよりもう少し華やかな感じかなぁ。街並みも綺麗に整備されているし)  


 馬車の両面にはそれほど大きくはないがよく磨かれている窓があった。そこから見える景色をリュカが珍しそうに眺めているとフィリウスが話し出す。


「あにゃたのいたしぇかいとは、じゅいぶんちがいましゅか?」


 彼はあの部屋のソファに座っていた時のように沢山のクッションに囲まれながら、マリヌスの隣に座っている。本来であれば使用人と同乗する事はないのだが、フィリウス一人ではとても乗せられないので「申し訳ございませんが」と謝罪と説明を受けた。さすがに抱っこではない。


「……そうですね。俺のいた国では馬車で移動する事はほとんどないです。でもこちらの街並みはとても美しいですね。山や森も見える」

「やまやもりもないのでしゅか?」

「ああ、いえ。ありますが、都会……ええっと人が沢山住むような大きな街ではあまり見られないかもしれません。もっともあまり外を散策するような趣味がなかったので分からないだけかもしれない」

「しょうか。ではしゅこしおちちゅいたら、どこかにでかけてみりゅのもいいかもちれない。もちろんわたちといっしょにね」

 ふんわりと笑うフィリウスにリュカは小さく笑って「はい」と返事をした。

 馬車はほどなくコンコルディア家に到着をした。

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