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6 新しい名前

 驚くような事を次々に告げられて、聡は冷たいジュースを口にして息をついた。

 その横で自動書記の紙を手にしたままガスパルが悔しそうに顔を歪めるのが見えた。


「閣下は呪いを防ごうとされましたが完全には防ぎきれず、このようなお姿になられました。ですが、それ以外は何も変わらないのです。色々と物申す者もおりましたが、国王陛下もお認めになられ、宰相の職もそのままとなりました、当然です。元々の呪いは」

「がしゅぱる」

「…………申し訳ございません」


 フィリウスが見た目に反して冷たい声を出すと、ガスパルは即座に頭を下げた。

 何かわけがあるのだが、それは言えない事なんだなと思った聡の前で、フィリウスは子供らしからぬやれやれというような溜息をついて「さいしょうしょくなど、とかれてもよかったんだが」と口にした。多分それが彼の本音なのだろう。


「なりません! 閣下でなければなりません!」


 どうやらガスパルという人はフィリウスに心酔しているらしい。もっともそれだけフィリウスが素晴らしい人なのだろう。

 それにしてもかけられた呪いというのがどういうものなのかは分からないけれど、三十二歳だった人間を三歳にしてしまうというのは恐ろしい。しかも防いでもなお残った呪いがそうしたのだ。まともに呪いがかかったらおそらくフィリウスはここにはいなかったに違いない。そう思えた。

 けれどそんな事はおくびにも出さず、フィリウスは「がしゅぱるでもだいじょうぶらったのに」などと言いながら聡に向き直った。


「というわけで、わたしはただのしゃんしゃいじではない。あんしんちてほちい」

「分かりました」


 返事をすると「うむ」と嬉しそうな顔をするのはどう見ても三歳児なのだが、中身は三十二歳の有能な宰相閣下だ。ここまでの事を頭の中で整理しながら、聡はやはり王城にいるよりも自分にも利はあるという彼の家、コンコルディア公爵家を頼るしかないだろうと改めて思った。

 どう考えてもあの白髭神官ニコラウスも不満を残していそうだし、案内された部屋もフィリウスやガスパルが驚くような所だった。国王が決して手を出すなと言ってもその言葉通りになるとは限らない。

 なんだか色々な事がいっぺんに起こっていて頭がうまくついてこないなと思いつつ聡はふぅと息をついた。するとそれを見抜いたようにフィリウスがそっと口を開く。


「ちゅかれているな。すまないがもう少しだ。がしゅぱる、つづきを」

「は。では『呪いなどについてはまた改めて話をする事になるだろう。またこの世界や我が国についても貴方が知りたいと思う事はきちんと伝えよう。不安は残ると思うが、少しずつでいいので受け入れていってほしい。私も出来るだけ貴方の話を聞き、何か願いがあれば叶えるよう努力をしよう』」

「ありがとうございます」


 十分だと思った。これだけきちんと話をしてくれたのならば、今は何も望む事はない。後は聡自身が自分の中で折り合いをつけていくしかないのだ。


「ああ、しょういえばかんじんなことをききわしゅれていた」

「肝心な事?」


 不思議そうに問い返すとフィリウスはにっこりと笑った。


「しょう。あなたのなまえだ」

「あ……」

「あなたのなまえをおしえていただけましゅか?」


 そう言ってフィリウスはクッションだらけのソファから下りて聡の前に立ち、プクプクとした小さな手で聡の手を取った。


「…………流川聡です」


 思わず小さくなってしまった声にフィリウスは少しだけ不思議そうな顔をしたけれど、彼はそのままゆっくりと口を開いた。


「りゅ……」


 最初から違う。単純に『る』が言いづらいのだろう。だがもちろんそんな事は言えない。

 三歳の宰相閣下は少しだけ顔を赤くさせながら口をモゴモゴと動かして聡の名前を呼ぼうとしていた。


「りゅ、りゅか、わし……ゃ……しゅ……と……しちゅれい」


 それが可愛らしくて、嬉しくて、なぜか泣きたくなるような気持ちになりながら、聡はもう一度自分の名前を繰り返した。


「るかわさとる」


 この名前をこんな気持ちで口にしたのは初めてだった。そしてその名が呼ばれるのをドキドキしながら待つのも初めての事だ。

 一度コホンと咳ばらいをして、小さなフィリウスはもう一度口を開いた。


「りゅか……りゅか・わしゅとぅーる!」

「!!」


 待て待て待て、どうしてそこで区切った? と聡は思わず声を失った。

 というか、どうして最初は「りゅ」になったのに最後の「る」はきちんと言えるんだ? しかも「さ」が「しゃ」でなく「しゅ」になったのはなぜなんだ?

 もう一度名前を言うために口を開きかけた途端、目の前の三歳児は素晴らしく嬉しそうな顔をして笑った。


「りゅか・わしゅとぅーる。よいなだ。あなたにとてもにあっていりゅとおもう。これからよろしくりゅか。わたしのことはふぃるとよんでほちい」


 こうして流川聡は異世界のマグナシルヴァ王国で『リュカ・ワシュトゥール』となった。



こちらが最初に浮かんだセリフです♪

書きたい台詞で話を組み立てていく事が多いのです。


閣下の自己紹介も書きたい台詞の一つでした。

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