5 三歳児の婚約者
呆然としている聡にふぃりうしゅ、もといフィリウスは「おどろかせてしゅまない」と笑って部屋の移動を勧めてきた。ここでは落ち着いて話が出来ないので、コンコルディア家が与えられている王城内の応接室に移る事が決まった。
促されるまま聡は質素な部屋を出た。どうやら神官達は付いてこないらしく、部屋の外でおそらく聡を見張っていたのだろう騎士達も残された。それでも聡とフィリウスとガスパルを含めて十人以上の大移動だ。
ちなみにフィリウスは副宰相のガスパルに抱っこをされて移動している。
「かっこうはちゅかないが、こうちないとじかんばかりがかかりゅのだ」と苦笑いをする幼児はとても可愛らしいのだが、聡の頭の中は緊張して強張っている表情とは裏腹にものすごく混乱していた。
大体二歳後半から三歳くらいではないかという子供が一国の宰相というのはどう考えてもおかしい。どういう意図があるのか分からないけれど、自分は騙されているのではないか。
本当に宰相だというのなら、この国は子供に宰相を任せている事になる。どれだけ人材不足なんだ! という話だ。それとも宰相というのはもしかして名誉職のようなものなのだろうか。
けれど国王も文武両道の強者と言い、副宰相のガスパルも聡を守るのに相応しい人間だと言った。一体何が本当の事なのか、何を信じれば良いのだろう。
悶々と考えながらしばらく歩いていくと廊下自体が明らかに高級感のある雰囲気になり、さらに歩き続けると先程よりもワンランク上というような廊下となって、やがて重厚な扉の前に辿り着いた。
「このへやら。とおくてもうちわけなかった」
フィリウスの言葉と一緒に扉が開かれて、聡の目の前にこれぞ貴族というような美しい装飾が施された室内が広がった。
高い天井から下がるシャンデリア。アイボリーを基調とした部屋の中には淡いパールミントグリーンのゆったりとしたソファとローテーブルのセットが配置されている。
そして大きめの窓にはすっきりとしたブルーのドレープカーテンが差し色となり、同色の上部のバランスカーテンと呼ばれる飾りも優雅で、対比するような真っ白なレースのカーテンからは柔らかな陽の光が差し込んでいた。
聡の世界は夜だったが、こちらの世界はまだ明るい時間だったらしい。
室内に入ったのはフィリウスと聡とガスパルそしてもう一人、フィリウス専属の護衛だという男性の四人だけで、一緒に移動してきた他の男達は一礼をして扉を閉めた。
「さぁ、しゅわってくれ。ちゅかれただろう」
ニコニコと笑いながら席を勧める幼児に聡は戸惑いながらもソファに腰を下ろした。
そうしている間に先程とは違う扉からギャルソンのような恰好をした者達が現れて、テーブルの上に紅茶と何かのジュースのようなもの、そしてサンドイッチと手拭きを並べて戻っていく。目まぐるしい。
「のみものはあたたかいものと、ちゅめたいものをよういした。ちゅまめるようならこちらもくちにいれてほちい」
「は、はい。ありがとうございます」
答えた聡にフィリウスは小さく笑うと「ではわたしもちゅまもう」とサンドイッチを手に取る。すかさずガスパルがナフキンをフィリウスの首にかけた。
それを見て聡もおずおずと冷たい飲み物に手を伸ばした。
「しゃんどいっちもおいちいよ、じゅいぶんまえのだいせいじょさまがちゅたえられたものだときいた」
「……そうでしたか。ではいただきます」
その言葉を聞いてフィリウスは再びクスリと笑った。
「ああ、しょうだ。しょのことばだ。『いたらきます』、それもだいせいじょさまのことばだ。ではたべながらきいてほちい。がしゅぱる」
「は、コンコルディア公爵様に代わり、ガスパルがその言葉をお伝えいたします」
するとフィリウスはコクリと頷き、どこからか現れたペンで、同じく突然現れた紙にすらすらと文字を書き始めた。というかペンが勝手に動いて文字を書いている。誰も持っていないのに文字が綴られていくのだ。
「え、あ、え……ええ⁉」
「じどうしょきのまほうら。このことばではちゅたわりにくいこともありゅので、わたちがかいたもにょをがしゅぱるがよむ。しゅまないが、そうさせてほちい」
「わ、わかりました」
「たべながりゃきいてほちい」
「はい」
勝手に動くペンによってものすごい速さで文字が綴られる紙がガスパルの前に積み上げられていくのを聡はサンドイッチを手にしたまま呆然と見つめていた。
魔法、そうか、魔法か。召喚されたけれど実際に魔法を見るのは初めてだ。そんな聡にガスパルは一度礼をしてフィリウスが書いた紙を手にした。
「では、失礼いたします。どうぞお食事をされながらお聞きください。『改めてご挨拶させていただきます。私はこの国で宰相をしているフィリウス・エヴァン・コンコルディア。コンコルディア公爵家の当主です。この国はマグナシルヴァ王国。国王陛下も仰っていたようですが、この世界にある国々をまとめている大国が十一あり、そのうちの十国が輪番で聖女召喚の儀を行い次代の大聖女様を召喚します。今回の召喚は我が国にとっては約五百年ぶりの召喚です』」
「五百年…………」
「はい。十国で順繰りに行っておりますので、大体それくらいの間があきます。では続けます。『その召喚の儀で、貴方が聖女様と一緒に遣わされました。過去にもそのような事があったと召喚国の王族のみに伝わっている文献により、今回のような形となりました。貴方様にとっては本当に申し訳ないのですが、戻りの術は伝わっておらず、今後はコンコルディア公爵家でお過ごしいただく事になりました』」
「公爵様……」
「おやからうけついだだけのものでしゅよ。がしゅぱる、しゃきを」
「はい。『コンコルディア家は古くからマグナシルヴァ王国にある家です。簡単に手出しが出来ない家でもあります。私は今、宰相という役職にあるため王都に住んでいますが、領地は他にあり、そこに先代の当主とその妻、つまり私の両親が暮らしております。陛下から説明された事は本来王族のみが知らされる事なのでここで話す事は出来ませんが、私は必ず貴方を守ると約束いたします。婚姻を結べばそれはもっと安心出来るものになるでしょう。まずは婚約という形で王国内に正式に発表しようと思っています』」
そこまで聞いて聡はなんだか申し訳ないような気持ちになってしまった。
公爵家といえば多分王族の次に偉い家柄だろう。その当主であるフィリウスに異世界からきたおまけのような自分が嫁ぐというのはどうなのか。これではフィリウスばかりが損をするというか、面倒ごとを押し付けられたとしか思えない。
ぼそぼそとそう口にするとフィリウスは少しだけ驚いた顔をして、次に困ったような笑いを浮かべた。
「あなたのほうこしょ、いきなりしりゃないせかいにつれてこりゃれて、このようなこどもとこんいんをむすべなどといわりぇ、りふじんだとおもうだりょう。それはほんとうにもうちわけない。だが、あなたとこんいんをむすぶことに、わたちにりがないわけではないのでしゅ」
「閣下」
「よい。ちゅまとなるべきしとに、きちんとちたはなしをしにゃければならない。それがれいぎだ」
「…………はい」
そう言われてガスパルは悔しそうに顔を歪めた。
「あの、利がないわけではないとは……」
「ことばのとおりだ。わたしはのろわれているのだ。こんいんをむすぶものなどいない」
「え⁉」
「ああ、だいじょうぶ。のろいはわたしにかけられていて、ほかのものにがいをなしゅわけではないとわかっている。けれどそうはいってもこのかりゃだではね。あなたはわたしがいくちゅにみえますか?」
そう尋ねられて聡は思わず口ごもってしまった。
「みたままでいい。だれもおこりゃない」
言いながらフィリウスは自分用に出された小さめのコップを手にして一口口にした。それを見つめながら聡は小さく声を出した。
「…………三歳くらいかなぁと」
「あたりだ。わたしのこんやくしゃどのはなかなかしゅるどい。だが、わたしはほんらいさんじゅうにさいだ」
「三……三十二⁉ あ、すみません」
慌てた聡にフィリウスは楽しそうに笑った。




