40 満月の晩
新大聖女アヤカのお披露目式も、その半月後に挙げられた結婚式も無事に終わった。
思ってもいないハプニングもあったけれど、それでも彼女は無事に大聖女となり、その後何度か送られてきた魔法書簡によると、お相手となったルーチェアットの次期国王とも仲良くやっているらしい。
リュカもフィリウスも特別に行われた願いの場以降ルーチェアットに行っていない。リュカが使徒である事は秘密だったし、フィリウスもまたお披露目式の前に解呪をしていただいた事でマグナシルヴァだけが二つの願いを叶えてもらったなどというつまらない噂が立たないようにお披露目式の出席を辞退した。元より結婚式はルーチェアットの者のみで行われる。
「リュカ、どうした?」
いつものように一緒に夕食をとりながらフィリウスが尋ねてきた。
姿は違ってもフィリウスはフィリウスのままだ。だけど解呪された後、新月の夜に会った目の前の彼に「リュカ」と名前を呼ばれて思わず後ずさったのはリュカにとっては黒歴史のようなものだった。
あの後しばらく気を遣わせてしまった事を思い出してリュカは胸の中で苦い笑いを零しながら、先程の問いに答えるべく口を開いた。
「ごめん。今日彩夏ちゃんから魔法書簡が届いたから色々思い出してぼんやりしちゃった」
「ああ、そうか。元気らしいな。先代様も無事に後継が出来て心労がなくなったためかご体調がいいと伝わってきている」
「それなら良かった」
だがホッとはしていられない。なぜなら次はいよいよリュカ達の結婚式だからだ。
随分前から色々と決めていたけれど、それでも近くなってくればあれこれとせわしなくなってくる。しかもフィリウスが元の姿に戻った事もあり、式の規模が大きくなったのだ。
お披露目は屋敷内の一番大きなホールで行われる事になり、結婚式も神殿内で行われる筈だったのにその隣にある大聖堂が使われる事になった。元の世界では神殿に大聖堂が併設されているというのは違和感があるけれど、ここでは信仰は神であり、信者たちが神に祈りを捧げるのは聖堂となる。
王都にあるのは国の中の一番大きな神殿で、そこにあるのは大聖堂。王族達の婚姻にも使われると聞いた途端リュカは眩暈がした。
そんなリュカにフィリウスはクスクスと笑いながら、彩夏と比べればまだまだ小さいものだよと言う。そう言われれば確かにそうなのだが、大聖女と比べられても困るのだ。
もっとも、式の規模は大きくても婚約式と違い結婚式はリュカ達が招待客に個別に話をするような場はなく、お披露目も人数が多いので最初に「お祝いにいらしてくださってありがとうございます」というような事をフィリウスが全体に言うだけとなっており、リュカは隣で頭を下げるだけでいいと言われて今度はホッと息を吐いたのだった。
「大丈夫だよ、リュカ」
「うん」
どうやらフィリウスはリュカがぼんやりとしているのではなく、緊張をしているのだと分かっているようだった。さすがはフィリウスだ。
「準備も皆とても細かくしてくれたし、婚約式の時みたいに個別の挨拶みたいなものはほとんどないし、大丈夫って思うんだけどやっぱりドキドキしちゃうんだ」
「個別に挨拶を受けていたら挨拶だけで終わってしまうからね。明日は神殿で最後の確認だ。城には行かないのでお互いに少しゆっくりして明後日に備えよう」
「はい」
そうなのだ。結婚式は明後日なのだ。
フィリウスは緊張を解くように「戻ってきたらガゼボでお茶でも飲もうか」と微笑んでいる。
異世界に来て、呪いを受けた3歳児のフィリウスと婚姻を結ぶと言われて、婚約式で彼の元婚約者に襲われて、結婚式の準備をしているさなかに彩夏が失踪して再召喚が行われるなら殺されてしまうかもしれないと言われて、ルーチェアットにまで行って彼女をみつけて…………
本当に色々な事があったなと思う。
それでも――――――……
『たたせたままでしゅまない。わたしはまぐなしるばおーこくのさいしょうであり、あなたのおっととなる、ふぃりうしゅ・えばん・こんこりゅでぃあだ』
傍にいてくれたのがフィリウスだったから。
「りゅか・わしゅとぅーる。よいなだ。あなたにとてもにあっていりゅとおもう。これからよろしくりゅか。わたしのことはふぃるとよんでほちい」
思いがけず新しい名前がつけられて、元の世界で『聡美』に囚われていた流川聡はどこにもいない。
『わたちは、りゅかをころさせはちない』
『さいしょうはやめられりゅ。だが、りゅかとのこんやくしゃをやめるきはない』
あの時、その言葉を聞いて本当に嬉しかったのだ。だからこそ自分も死にたくないと、足掻いてみようと思った。
そうして彼は元の姿を取り戻した。
-◇-◇-◇-
夕食をとってからリュカは自室に、フィリウスはもう少し確認があるからと執務室に移動する。
「おやすみ、リュカ」
「おやすみなさい、フィル。あまり無理をしないでくださいね」
「ありがとう」
目の前の姿にも、低い声にも慣れた。新月の夜に一度顔を合わせてはいるものの、やはりそれまでが三歳児だっただけにそのギャップが大きかったのだ。ちゃんと分かっている。どちらもフィリウスだ。
優しい声と眼差しに少しだけ顔が熱くなるのを隠すように部屋に入って一つ深呼吸をしてから、リュカはサーヴァント達の手伝いを断って一人で風呂に入り、だいぶうまくなってきた魔法で髪を乾かした。
そして日課になっている魔力の器を大きくするための練習と運動不足にならないための簡単なストレッチをしてからベッドに入ろうとして、何かに呼ばれたような気がしてそっとバルコニーに続く窓に近づいてそっとカーテンを開ける。
「わぁ、今日は満月かな。大きくて綺麗」
思わず窓を開けてリュカはバルコニーに出ていた。夜空を眺めるという事はあまり多くはなかった。バルコニーに近づく事がトラウマになっていた時期もあった。
「こうしてみるとやっぱり月って明るいんだな」
月明かりに照らされた庭をリュカはぼんやりと見つめた。実は一つだけフィリウスに秘密にしている事がある。
解呪の後の新月の夜、リュカはこの窓を開けて暗い庭を見たのだ。勿論そこには誰もいなかった。
けれどもしかしたらと思ったのだ。もしかしたらあの日のように星の明かりと庭に灯る小さな明かりの中にフィリウスがいるかもしれない。そしてその姿はあの日とは異なり、彩夏の調べが作った光の中に消えた幼いフィリウスかもしれないと。
だけど解呪は成功していて、フィリウスは元の姿に戻ったのだ。
だからそれでいい。それが正しい事なのだ。
「…………嫌だなこれがマリッジブルーってやつかな。早く寝よう」
明日はフィリウスと一緒に神殿での最終確認をして、その翌日は朝早くから身体を磨くのだとサーヴァント達が息巻いていた。お手柔らかにとしか言いようがない。そう思いつつ部屋の中に戻ろうとした時だった。
「りゅか」
感傷的になって聞こえた幻聴かと思った。
「すがたがみえたので……」
「フィル……?」
「すまにゃい、りゅか。どうやらこんどはまんげちゅのばんに、しゅがたがかわりゅらちい」
ふわりと風の魔法をまとわせてリュカの目の前に浮いてきたのは、あの三歳児のフィリウスだった。
「たぶんあけがたにはもとにもどりゅとおもうが、しゅこしふあんになってかおをみたくなったんら」
「…………そうですか。でも訪ねてきてくださって嬉しいです」
言葉と同時にリュカはフィリウスを抱き締めていた。
「りゅか⁉」
「…………俺の、せいかもしれない」
「なにが?」
「俺が小さなフィルがいなくなって淋しいなって思ったから呪いが残っちゃったのかもしれない。ごめんね、フィル。ごめんなさい」
「……りゅかはこのしゅがたのわたちがいいのか?」
その問いにリュカはブンブンと首を横った。
「どんな姿でもフィルはフィルだよ。俺は、フィルがいてくれたからこの世界で生きようと思った。自分の事も好きになれた。フィルのお陰だよ。俺は、フィルが、フィリウス・エヴァン・コンコルディアが好きだよ」
「しょうか」
「うん」
「しょれならなんのもんだいもないな。これはのろいではない。のろいはきえた。だからりゅかがきにしゅることはなにもない」
「フィル?」
「あしゅがしきでなくてよかった。まんがいちもどりぇなかったらおおさわぎら。だけどりゅかはどちらのわたしでもすきになってくりぇるのだろう?」
不思議に、幼いフィリウスの姿にお大人のフィリウスの姿が重なった。もう大丈夫。なぜかそう思った。
明後日、自分はリュカ・ワシュトゥールからリュカ・ワシュトゥール・コンコルディアになる。それが嬉しいと思えた。その途端、なぜか涙が零れたリュカの瞳にそっと小さな唇が触れた。
「!」
「りゅか」
「はい!」
「これはふたりだけのひみちゅにしよう」
「うん。フィル」
「しょれにしてもまんげちゅがあさってでなくてよかった」
そう言って笑ったフィリウスに、少しだけ時間を置いてからリュカの顔が赤く染まった。
フィリウスはしばらくしてから転移で自室に戻った。
そして翌朝、元通りに戻っていたとフィリウスからの魔法書簡が届いた。
一気にと思ったのですが、詰め込み過ぎたので分けました。
次回で終わりの筈です(笑)




