3 要らない者
通された部屋はとても簡素な部屋だった。
あるのは木製のベッドと、同じく木製のアンティークな机と椅子。
使用人の部屋と言われれば「そうか」と思えるような小さな部屋だ。
まだ呆然としている聡を部屋に入れると、騎士達は何も言わずに部屋から出て行った。
先程の国王の話ではよく分からなかったけれど、どうやら聖女召喚は一定の期間で行われているようで、この世界にとって重要なものらしい。
「新しい大聖女となるって言っていたもんな……」
とすると今代の大聖女も召喚された人なんだろう。どうして聖女を召喚するのかは分からない。だけど過去にも自分と同じように巻き込まれて召喚された者がいて、多分婚姻という形で自国に縛り付けたんだろうなと思った。
「…………殺されなかっただけマシなんだろうけど」
そう。あのニコラウスという神官も、おそらくはこの召喚を行ったのだろう魔法使いのような恰好をした者達も、そしてあの部屋を守っていた騎士達も、聡の存在を知った時には信じられないという表情を浮かべ、その後には憎しみのような感情をぶつけてきた。
聖女の召喚は国の威信をかけて行われるもので、一点の曇りもあってはならないんだろう。
そう考えて、自分が『曇り』なのかと聡は苦い笑いを零した。
曇り、あってはならないもの、要らない者、望まなかった者……
「どこに行ってもそんなもんなんだな……」
古い猫足の椅子に座るのがなんとなく躊躇われて、聡はベッドに腰かけた。その途端どっと疲れが出てくるのが分かる。
これからどうなるんだろう。
宰相っていうのはこの国ではどういう立場なんだろう。
婚姻っていうのはようするに体のいい幽閉みたいなものなんだろうか。
「…………本当に俺って……」
漏れ落ちた声と一緒にジワリと涙が出た。不安なだけではない。異世界に来てまでもこんな立ち位置なのかと嫌気がさしたのだ。
聡は自己肯定感が低い。いわゆる『拗らせ体質』だ。そうなった一因は名前だ。
聡は『流川聡』という名前が嫌いだった。勿論最初から嫌いだったわけではない。
きっかけは妹が出来た時だ。もっともその時にはまだ妹だと分からなかったけれど、両親は生まれてくる赤ん坊の為に色々な名前を考えていた。
そうしてその時に言ったのだ。
「聡は女の子だって言われていたから女の子の名前しか考えていなかったんだよね。で出てきたら女の子にないものがあってさ、もうパパもママもびっくりしてさ~」
「そうそう。画数とか何の字を使うかとか本当に色々考えていたんだけどまさかの男の子で、これから二週間以内にまたあれをやるのかって思ったら呆然としたよね」
小学校一年生だった聡は面白おかしく話す両親達を信じられないような気持ちで見ていた。
両親は女の子が欲しかったのだ。というか事前に女の子だと言われていたからそう思って色々用意をしていたのに男の子である聡が生まれてきた。
聡にとってはそれだけでもショックだったのに、完全なトラウマとなったのはつけられた名前だ。
「『聡美』ってつけようと思っていたんだけど、男の子だから一生懸命考えた『聡』の字を使う事にしたんだ。これは占いでも良い漢字だって言われたからね。でも女の子用に取っておいても良かったかなぁ」
「もう! パパったら!」
そう。聡は用意されていた女の子の名前から一字を当てられただけだった。
しかもそれすら取って置いたら良かったなんて思われた。だったら自分の名前はなんでも良かったんだろうか。
生まれてきて失望された。名前も聡の為に考えてはもらえなかった。両親が欲しかったのは女の子で聡は二人の期待を最初から裏切った。
女の子だと楽しみにされていた『聡美』。
そして今度生まれてくる子供はちゃんと二つの名前が用意されている。男の子なら『幸大』女の子なら『まひろ』だ。
半年後に生まれてきたのは妹で、聡は七つ年下の妹が自分の劣等感の象徴のように思うようになった。
自分でも拗らせている自覚はあったけれど、知ってしまった事は忘れられない。
両親の愛情がないわけではないけれど、それでも自分の後ろに『聡美』がいるかもしれないと思うとたまらない気持ちになった。
聡は手がかからないお兄ちゃんになった。そうして地元から離れた大学に受かるとさっさと家を出た。就職先もサクサク見つけ、大型連休にも実家に戻る事はなかった。
「だいたい「るかわさとる」なんて適当すぎるだろ。「る」で始まって「る」で終わるなんて本当にサイテー……」
うんざりしたようにそう言って聡はそのままベッドに転がった。その途端コンコンコンとノックの音がする。この世界もノックをするんだなと思いながら聡は身体を起こしながら「はい」と返事をした。
もう少し。もうすこしですよ~!
評価・応援などしていただけると嬉しいです♪