28 聖女の旅立ち
婚約式の後は長くて一年、早くてひと月ほどで結婚式を行うという。
もっともコンコルディア家はマグナシルヴァ王国の中で王族に次ぐ高位の爵位を持つ家だ。それなりの準備も必要になるらしい。それでも簡素にはすると言われた。だが、婚約式も簡素と言われてあれだったのだ。リュカは「そうですね」とだけ答えた。
召喚の儀があってから一カ月以上が過ぎていた。本来であればこの大陸の中央にあるルーチェアット神聖国に出発をしていなければならないのだが、次代の大聖女となる彩夏の教育が遅れていたので先延ばしにしていたのである。
けれどルーチェアットからも再三状況を説明するようにという連絡が届き、なんとか魔法も発動し、一応聖女の歴史も詰め込み、どうにか形になったとして十日後の出発が決まったらしい。
十日後というのはなんとも慌ただしいけれど、元々は一カ月後に出発すると決まっていたのだ。それなりに準備も進めていたに違いない。
それでも話を聞いてから少しずつフィリウスの帰りが遅くなっていった。彼女は神殿での預かりになっているけれど、やはり聖女をきちんと送り出す事は召喚国としての務めなんだろう。
本当は彼女が婚約式に来てくれたように、自分も旅立つ彼女に一目会えたらいいなと思った。
あの日、気持ち的にいっぱいいっぱいになっていた彼女は、彼女なりに色々と折り合いをつけたのだろう。彼女の教育係も変わり、例の大神官が直接彼女に接する事もなくなったという。
聖女の魔法がどういうものかは分からないけれど、少なくとも自分よりは色々な事が想像出来るのではないか。そしてそんな彼女にささやかではあるけれど、リュカなりにエールを贈れたらいいなと思ったのだ。
けれどそれはやはり叶わなかった。だからせめてと手紙を届けてもらったのだ。フィリウスに確認をして青い薔薇も添えた。花言葉は『夢が叶う』。あの日の涙が、笑顔に変わりそれが続きますように。
神殿から旅立つ彼女を見送る事は多分出来ないけれど、それでもそう願わずにはいられなかった。
-◇-◇-◇-
「ぶじにしゅっぱつちたと、ほうこくがきた」
「それなら良かった。フィルもお疲れさまでした」
「うむ」
王城から帰ると、フィリウスはそのままリュカの部屋にやってきた。この一週間は一緒に食事をする事が出来なかった。以前のように無理をしているのではないかと心配をしていたのだ。
大聖女となる彼女を送り出した後も色々と忙しかったのだろう。それでも気になっているだろうリュカの事を考えてこうして知らせに来てくれた事が嬉しい。
「ありがとうございます。フィル、食事をしてください」
「うむ。あちらでちごとをしながりゃつまんだ」
「駄目ですよ。ちゃんと食べないといけません」
「……しょうか……」
なんだかシュンとしてしまった顔が可愛らしくて、リュカはクスリと笑いながら口を開いた。
「実は彼女の事が気になって今日はあんまり食べられなかったから、良かったらフィルと一緒に少し食べたいな」
「しょうか。ではしょうちよう。いしょいできがえてくりゅ」
「はい。ダイニングでお待ちしていますね」
「うむ」
どこか嬉しそうに頷いて部屋を出ていくフィリウスにリュカはもう一度笑ってしまった。
本当に彼がいてくれて良かった。フィリウスが婚約者で良かった。
ふと、あの日の彼女の言葉が頭の中に甦った。
『おにーさんも元気で。お互いに幸せになろうね。あ、あの、公爵様。おにーさんを幸せにしてくださいね』
幸せがどういうものなのかは分からないけれど、それでも今こうしていられるのは幸せだとリュカは思った。
「ほんとうにしょれだけでたりりゅのか?」
「はい。先程食べていますので、これで十分です。でもフィルはちゃんと食べてくださいね」
「…………わかった」
リュカの前に置かれた小さなパンケーキにフィリウスは眉根を寄せたけれど、そのまま食事を続けた。それを見ながらリュカはそっと口を開く。
「あの、彼女が向かうルーチェアットというのはどのような国なのでしょうか」
この大陸の話をされた時に大国の一つであり、大聖女が住む事になる国だとは聞かされたけれど、具体的にはどういう国なのかは分かっていなかった。もちろんリュカがその国に行く事はないだろうが、それでも今日旅立った彼女がどういう国に行くのかは気になった。
「うむ。わたちもじっさいにいったことはないが、とてもおおきくて、うちゅくちいくにだときいたことがありゅ」
フィリウスの話ではルーチェアットはこの大陸で唯一の神聖国、神を崇める聖なる国で、国王はいるけれど宗教というか、神様が一番なので、国王よりも神殿の力が大きい国らしい。ただし神殿にいる神官などの神職達は神に仕える者なので、神事に関しては神官達が、それ以外は国王がまとめているとか。なかなか難しいけれど、それで成り立っている国なのだそうだ。
この大陸の神は同一神なので、ルーチェアットが総本山のようになっているのかもしれないとリュカは思った。彼女はその国の神殿に入り、そこから王家に嫁ぐ事になる。
召喚の儀を行うという事は今代の大聖女の力が弱くなってきた事を意味する。そのために新しい大聖女がやってきて、今代と交代をして、国王に嫁ぐ。
「…………ということは、その、ルーチェアットの国王陛下はとてもお歳を召した方なんでしょうか」
「え…………ああ、しょうではない。だいせいじょさまがこうたいしゃれるのといっしょに、こくおうへーかもじょういしゃれる。じだいのだいせいじょは、じだいのこくおうへーかにとちゅぐのら」
「ああ、そうなのですね」
どうやら彼女が心配をしていたような『ひひじじい』に嫁ぐような事にならないようだ。
「るーちぇあっとにちゅくまで、はんちゅきほどかかりゅだろう」
「半月。結構かかりますね」
「しょれでも、とちゅうでてんいもんをちゅかうので、はやいほうら」
「転移門……」
「いっきにるーちぇあっとにてんいはできん。しょのようなてんいは、どのくにもみとめらりぇておらん」
「そうなのですね」
色々と決まりごとがあるのだなとリュカ思った。
それでもやっぱり幸せになってほしいなと思った。




