23 三日経っていました
リュカの意識が戻ったのはそれから三日後の事だった。
もっともリュカ本人にとっては三日経っているなんて分からない。ぼんやりと目を開けると見慣れた自分の部屋で、最初に思ったのは…………
(……朝……だ……)
である。
遮光性ではないこの国のカーテンは、朝になると部屋の中が明るくなる。最初のうちは慣れなかった事の一つだ。
ベッドにいるという事は寝ていた筈なのに、なんだか頭がはっきりしない。しかもこれほど部屋が明るくなっているのに誰もいない。
大抵リュカが起きるような時間に合わせてサーヴァントの誰かが控えているのだが、今日は姿が見えない。もしかしてものすごく早い時間なのだろうか。それともものすごく寝坊をして、そのままにしておいてあげましょうと思われているのだろうか?
そんな事を思いながら身体を動かそうとして、自分の身体がうまく動けない事に気づいた。
「…………ぇ……」
出てきた声も小さく、しかも掠れている。
どうしてなのかと思った途端、部屋の中で何かがパチンと弾けたような気がして、それに驚いてかたまっていると徐々に記憶が甦ってきた。
(そうだ……婚約式……)
思い出したのは婚約式でフィリウスと婚約書に署名した事。そして招待客への挨拶もすませて、聖女と会って……それからあの綺麗で恐ろしい青年に婚約を破棄しろと言われて首を…………
「……おれ……いきて……る……」
言葉にするとあの時の恐ろしさが甦ってくるような気がして、リュカはうまく動かない手で自分の首に触れた。
「……ぃたく……ない……」
相変わらず声は出づらいけれど、痛みはない。
どういう事なのか。あれはなんだったのだろう。そう思った途端ノックもなしに扉が開いた。
「りゅか!」
「——————!」
飛び込んできたのはフィリウスだった。しかも何だかものすごく疲れているように見える。
「……ふぃ」
「しょのままでいい。きゅうにうごいてはなりゃん!」
「…………っ……」
綺麗な藍色の瞳の下は黒っぽい隈が出来ていた。何がどうなっているのか。けれど相変わらず声は出づらい上、何をどう尋ねていいのかもよく分からない。
そんなリュカにフィリウスはベッドの脇にやってきてクシャリと顔を歪めた。
「…………いたむとこりょは、ないか」
「…………はぃ……ちょっと、こえ……が」
「ちゆしになんどもたちかめしゃせた。もんだいはない。じきにちゃんと、はにゃせるだりょう」
「…………ちゆし…………」
それはなんだろうか?
「すまにゃかった……」
「ふぃ……る?」
「もっとちゅういしゅるべきだった」
そう言ってうなだれてしまったフィリウスにリュカは身体を起こそうとして、諦めた。どうにも身体に力が入らないのだ。だけど問題はないと言っていたので、声と同じくそのうち元に戻るのだろう。
「あの…………」
「なんら?」
「おれ……どうなった……んで、しょう……か……」
「……おぼえてにゃいのか?」
問いかけに問い返されて、リュカはゆっくりと思い出してきた事を口にした。
うずくまっている人に声をかけたら、護衛達がいきなり倒れた事。
美しい青年に近くの部屋に連れて行かれた事。
会った事もないのに彼がリュカをひどく恨んでいるように感じた事。
婚約を破棄しろと言われた事や、手を触れていないのに首を絞められたように感じた事も伝えた。
「……まほうでそういったこともできりゅ。くりゅちかっただりょう」
「…………まほう……」
そういえば最初に壁を傷つけた時、ウィンドカッターと言っていたような気がするとリュカはぼんやりと思った。
「あのひとは……どうしておれを……」
そう言うとフィリウスの顔が再び歪んだ。そんな顔をさせたくないのにと思うけれど、理由がまったく分からないのも困るなぁと思っていると、いつの間にか部屋の端に控えていた家令のマリヌスがベッドの脇までやってきた。
「詳しい事はもう少し経ってからきちんとお話いたします。あれから三日経っております。リュカ様はずっと眠られておりました。傷は治癒士が、ああ、魔法を使って怪我などを治療する者です。その者がきちんと治したのでご安心ください。身体が動きづらいのは恐らくは寝たきりだったからでしょう。何か消化の良いものを召し上がってお休みください。起きたばかりで長い話はお身体に障ります。フィリウス様も少しお休みください」
まさか三日も眠っていたとは思ってもいなかったリュカは、ようやくフィリウスの目の下の隈の原因が分かって慌ててしまった。
「や、やすんで、くださぃ、フィル」
「…………だいじょうぶら。ねてはいた。まりぬしゅのいうとおり、なにかくちにちて、やしゅめ。はなちはあとら」
「はい。でも、フィルも、やすんでください。目の下が、まっくろです……」
「……しょうか、しょうらな。ちんぱいをかけてしゅまなかった。でも、めがしゃめてよかった」
「ありがとう、ございます」
こうして詳しい話はお預けのまま、リュカはベッドの上で半身を起こされた状態のままスープのようなものを口にして、言われたとおりに再び横になった。
フィリウスは少し迷いながらも「もうしゅこしいてもいいか?」と彼らしくない口調でそう言って、リュカが再び横になるまでそばにいた。
「フィル」
「なんら」
「たすけてくれて、ありがとう」
そうだ。まずはこの言葉だった。朦朧とする意識の中で自分は確かにフィリウスの「だいじょうぶら」という声を聞いた。何度も名前を呼ぶ声も聞こえてきた。
「……まにあって、よかった」
「はい」
コクリと頷いて、リュカはそっと瞳を閉じた。
静かに、扉が閉まった音がした。
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