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21 嵐のような出来事

 リュカは自分の前と横で意識を失うようにして倒れた護衛と従者を見た。そして先程まで彼がうずくまっていたところで同じく床に倒れてしまった護衛も確認する。

 何が起きたのかは分からないけれど、とりあえず、近くにいる二人は死んではいない。離れている護衛も生きている筈だと思いたい。


「何をしたのですか?」

「まずそこから聞くのか」


 ふんと鼻であしらうようにそう言って彼は「死んではいないよ」と返した。


「どうしてこんな」

「君と話をしたかったから少し眠ってもらったんだ。せっかくの時間だ、無駄にしたくない」


 そう言うと青年はいきなリュカの手を引っ張った。


「!」

「早く歩いて」

「や、やめてください」

「いう事をきかないと傷つけるよ」


 そう言うと青年は小さく何かを口にした。すると壁に一筋の傷が出来た。


「え…………」

「風の魔法だよ。ウィンドカッター。弱いものだけどその顔に傷をつけるには十分だと思わない?」

「…………」


 ニヤリと笑った顔に恐ろしさを感じてリュカは腕を引かれたまま空いていた部屋に連れ込まれ、そのまま突き飛ばされた。

転びはしなかったもののなかなかの衝撃だ。

 今日のような大きな集まりの場合、鍵がかかっていない部屋は灯りを点けておくものらしく、部屋の中が明るかったことでリュカは少しだけホッとしながら、崩れた体勢を戻して目の前に立つ彼を見た。

 明るい部屋の中で改めて見た青年はとても美しい顔立ちをしていた。よく物語でも出てくる白皙の貴公子というは彼のような顔立ちの事を言うのではないかと思った。年は多分二十代前半か、半ばくらいだろうか。

 サラサラで艶のある金色の髪は背中の中ほどまであり、それを美しい銀色の髪飾りでまとめている。着ている服も高位の貴族だと分かるもので、胸元の華やかなフリルがとても彼に似合っていた。

 どうしてこんな人にこんな風に睨まれるのだろう。自分は一体何をしてしまったのだろうか。大体この世界に来てまともに会った人など数えるほどしかいないのだ。

 勿論例の召喚の間には沢山の人がいたし、国王と一緒にやってきた騎士も沢山いた。それ以外にもコンコルディア家の部屋や馬車回しまで移動する時に同行していた護衛達やこの屋敷の使用人など顔だけは見た、もしくは向こうが顔を覚えている人はいるけれど、リュカ自身がきちんとその相手を把握しているのはこの屋敷でリュカの世話をしている者だけだ。

 しかも今日の招待客も家令のマリヌスは招待客の名簿と一緒にそれぞれの絵姿を見せてくれた。

 実際に今日挨拶を受けて、ほぼ顔と名前が一致していた。そしてその中に目の前の青年はいなかった。誰かの従者なのだろうか? けれど従者であれば主人の傍を離れる事はない。

 だとすると招待をされていない客なのだろうか。というか、そんな人間がここに来る事が可能なのだろうか。

 フィリウスは今日の警護をかなり厳しくしている筈だ。招かれた客と事前に申し出を受けた従者も人数が限られているというような事を聞いた。


「…………誰ですか?」

「やっとそれが気になったの? 使徒様というは随分と悠長な性格をされている」


 皮肉気にそう言って彼は綺麗な顔を歪めた。


「婚約を破棄しなさい」

「は……?」


 一瞬何を言われたのか分からなくて思わず間の抜けた声を出すと、彼はイライラしたような顔をしてリュカの肩を掴んだ。

 途端に酷い痛みが走る。


「い……っ!」

「ああ、反応が鈍いから痛みもあまり感じないのかと思いました」

「…………何を」

「婚約を破棄してここを出ていけ」


 いったい彼はどうしてそんな事を言うのだろう。


「わ、私に、その権限はありません。婚姻を結ぶ事は国王陛下のお声がかりです。そしてそれを受けたのはフィル……コンコルディア公爵様です」


 そう言うと青年はキリキリと柳眉を逆立てて腕の力を強める。


「偽物の分際で!」


 それはどういう意味なのか。リュカは爪を立てられた痛みに顔を顰めながら「どういう意味ですか?」と尋ねた。


「偽物は偽物だ。皆がそう言っている。聖女召喚に紛れ込んだ偽物だと。何が使徒様だ。なんの力も持たないクズの分際で、どうしてあの方の隣にいられるんだ!」

「あの方……」

「あの方をフィルなどと呼ぶな! お前が、お前さえいなければ、お前が!」


 そう言うと青年は肩を掴んでいた手を離し、バルコニーに続く掃き出し窓を開け放った。その途端、リュカの身体がものすごい勢いでそちらに押し出された。


「—————っ!」


 何が起きたのか分からなかったけれど、とても強い力だった。けれど彼はリュカの身体には触れてはいない。

 ドクンドクンと耳の奥で早鐘のような鼓動が響く。ハッハッと浅く息をついてリュカはギュッと胸の辺りを押さえた。

 もう少し、あの押し出す力が強かったら、バルコニーから落ちてしまったかもしれない。

 あれはもしかしたら、先程彼が言っていた魔法の力なのだろうか。

 手を使う事もなく人を押し出せるような力を彼は持っている。


「……落ちてしまったら良かったのに」

「…………」

「そうしたらあの方は、私に言ったように誰も傍に置かずにいたのに」

「…………なにを」


 この青年が何を言っているのかリュカにはまったく分からなかった。

 どうして彼はフィリウスにこだわるのか。

 なぜこんなにも敵意を向けられるのか。

 フィリウスとどういう関係なのか。

 その途端なぜだかツキンと胸が痛んだけれど、睨みつけてくる視線が恐ろしくて、リュカは尻もちをついたままじりりと後ろに下がった。


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