20 招かれざる客
「分かった。えっと俺もね、魔法は使えないと思う。その……まだ習っていないけど。でもほら、あやかちゃんはメイン召喚だからさ、そのうち使えるようになるんじゃないかな。少なくとも聖女として召喚されたんだから、聖女の力は持っていると思うんだ」
「…………でも使えないもん」
駄々っ子のような言葉にリュカは小さく笑った。
「多分だけど、そういうのってやっぱり気持ちの問題もあるでしょう? 仕事もそうだけどやりたくないな~って思うと時間がかかったり、つまんないミスしたりして余計から回っちゃ事もあるし。勉強でもそういうのなかった? モチベーションっていうか、へこんでいる時にやっても余計うまくいかなくて、自分が嫌になってくる」
「おにーさんもそういう事あった?」
「あったよ。俺ブラック寄りの会社の新人だったし」
「それで疲れていたんだ」
「あ~、うん。まぁね」
ハハハと力なく笑うと、彼女は「そうかぁ。そうかもしれない。疲れちゃって空回っていたのかも。だってさ、落ち込むような事言うんだもん。出来ない事を私だけのせいにされてもさ、教え方が悪いって事だってあるよね!」と同意を得たと言わんばかりに声を出した。
「そ……そうかもしれないよね。やっぱり勉強って褒めて伸ばすのが基本だよね」
「そう! そうだよ! そこなんだよ! そうか~、モチベが上がったら私出来るかなぁ。でもさぁ、やっぱり勝手に結婚前提にされても困るのよ! これで四十とか五十とか離れてたらどうしてくれるのよ! それにさ、好みだってあるじゃん。そんなのさ、困るんだよ。怖いんだよ…………人権なしだよ……」
「…………うん。そうだよね。とりあえずは嫌だと思う事を言ってみたら? それで直らなかったら、担当者を変えてもらうとか」
リュカの言葉に再び室内に緊張が走る。
「そっか! そうだよね! 出来ないのは私だけのせいじゃないかもだよ。うんうん。やっぱりおにーさんと話して良かった。巻き込んだのは申し訳なかったけど、一緒の国の人がいてくれて良かった。ここで生きていくしかないんだもんね。私、やってみる。それでもって結婚する相手がヒヒ爺みたいだったら断固拒否する! だってさ、だって、聖女にだって選ぶ権利があるよね。選ばれるように相手だって努力すべきだし、居なくなって困るのはこの世界の人でしょう?」
「聖女様!」
ついに従者の一人が声を出した。
けれど日本の女子高校生だって負けてはいないのだ。
「やる事はやるよ。でもどうしても嫌な事は嫌! それを選ぶ権利は私にだってある筈よ! 全部が嫌なんて言わない。努力もする。だけど、全てを押し付けられるのは嫌。それでもいいよね?」
リュカは何も言えなくなった。それでも彼女が導き出したそれを否定したくはなかった。それをどういったらいいのか迷っているとフィリウスが口を開いた。
「…………へーかと、しんでんのものたちといちどはなちをしたほうがよいでしょう。きもちがむかなければおぼえることもおぼえらりぇないのはとうじぇんら。けれどこのせかいでのきまりというものもありゅ。どうちたらよいのか、このくにだけではきめらりぇないこともあるのでしゅ。それはわかっていただきたい」
「………………っ……」
「しょれでも、せいじょしゃまがふあんなきもちを、ちゅたえることはできりゅ。まじゅはおたがいに、すりあわせをちて、くるちいことをなくちていきましょう」
「……わかりました。私も努力します。でもこの国も、そして大聖女が暮らす事になる国も、考えてください。ちゃんと、考えてほしい。お願いします」
ギュッと唇を結んで頭を下げた彼女に、リュカは結局何も言えなかった。
そろそろ時間だと言って部屋を出る彼女に「また、話したくなったら声をかけて」とだけ伝えた。
それが簡単に出来る事ではないと分かっていたけれど、それくらいしか言えない自分が少しだけ悲しくて、苦しかった。
召喚に巻き込まれて不幸だと思った。
けれど召喚をされた本人も、幸せであるとは限らなかった。
「ありがとう。おにーさんも元気で。お互いに幸せになろうね。あ、あの、公爵様。おにーさんを幸せにしてくださいね」
最後の言葉にものすごく驚いたけれど、フィリウスが「もちろんら」と笑って頷いたので、赤くなってしまいそうな顔をなんとか抑えつつ、リュカは精一杯のエールを送った。
どうか彼女が幸せになれますように。
-◇-◇-◇-
ここでいいと言われてリュカは部屋の中で彼女と別れた。けれどフィリウスとその護衛達は馬車の所まで送ると言ってリュカに先にホールに戻って両親の傍にいてほしいと伝えた。
さすがにこの日の主役が二人とも長く席を外しているわけにはいかない。
それに頷いて、リュカは自分の従者と護衛を連れて、ホールに向かって歩き出した。
多数の人が出入りをするので、この別棟の警護はかなり厚くなっている。けれど今は聖女が来ているので、警戒は彼女と屋敷の外へと多く向けられていた。
ホール内では特に変わった様子は報告されていない。
不審な人物も確認されていない。
「あれ?」
休憩室とした部屋の手前で誰かがうずくまっているの見えた。
「具合でも悪いのかな」
「…………リュカ様はこちらでお待ちください。確認をしてまいります」
そう言って護衛の一人がその人物の方に歩いて行く。けれど何かあったのか、そのまま二人とも動かない。そう思っていたら座り込んでいた男だけが立ち上がり、しゃがんでいた護衛がズルズルと床の上に倒れた。
「え?」
「リュカ様! お下がりください!」
言葉と同時に背中に庇われたけれど、なぜか彼も、そしてリュカの隣にいた従者も力が抜けたようにばたりと倒れた。何があったのか。
「貴方が使徒様?」
声をかけてきた青年は、睨みつけるようにリュカを見ていた。
さてさて……
ようやく事件勃発です。