19 近況報告
「聖女様……」
小さな声が聞こえたけれど、すでにうっすらと涙を浮かべている彼女を見て、従者は口を閉じた。
国王からも出来る限り好きにさせてやるように言われているのだと、隣にいたフィリウスが自動書記のメモを見せてくれた。
「あ、あの、お、お久しぶりです」
「うん。ほんとにおにーさんが元気で良かった。私、王様におにーさんに酷い事をしないでって言ったの。だって、あの神官ちょっと態度がむかついたでしょう?」
ギョッとするような言葉だったが、部屋の中にいる従者たちは何も聞こえていないようにスルーした。
「私、あの時は聖女様とか言われて、異世界召喚だ~とか、すごいよ本物だよ~って舞い上がっていてそれくらいしか出来なかったからずっと気になっていたの。そうしたら、おにーさんは、この国の宰相と結婚する事になるって聞いて、マジか!って。だってさ、あ……」
そこまで言って彼女はチラリとフィリウスを見た。
「…………おにーさんはさ、大丈夫なの?」
「え?」
「だってさ、この世界って、その……BLじゃん」
「………………」
「びーえりゅ?」
フィリウスが不思議そうにそう言ったのを聞いて、リュカの顔が思わず真っ赤になった。
「りゅか?」
「あ、あの、何でもないです。えっと、聖女様」
「彩夏、柴咲彩夏」
「あ、彩夏様。それはえっと、ここで生きていかなければならないし……まぁ、ちょっとは考えたりもしたけど……」
「あ~……そうだよねぇ。まぁ、コンコルディア公爵様もこんな感じだもんね。うんうん。呪いだっけ」
「!」
さすがに部屋の中の従者達が一斉に顔を強張らせた。
「あ、王様に言わないようにって言われてたんだ。すみません」
「…………いや、へーかがおなはちしたなら、もんだいごじゃいません。でちゅが、あまりくちにちてはなりゃないのれす」
フィリウスの言葉に彼女はもう一度「すみません」と言って再びリュカに向き直った。
「あのね、私、話を聞いてほしくてきたの。勿論お祝いもしたかったし、おにーさんの無事も確かめたかった。えっとね、それでね、私……私ね、色々と苦しくなってきちゃったの。嫌になっちゃったの。そう言ったら、王様は辛い事や苦しくなった事はおにーさんには話してもいいよって言ってくれたの。だから来たの。おにーさんにとっては迷惑かもしれないけど、でもどこにも話す事が出来ないの。スマホもゲームも何にもなくて。気持ちをそらす事が出来ないの。最初はね、ちやほやされて浮かれていたけど、この世界の事を色々教わったり、聖女がどういうものなのかって聞いていくうちに怖くなってきたの。それに言われている事もちゃんと分からなくて、がっかりされると落ち込むの。どんどん落ち込んでいくの。自分が嫌いになっちゃうの。帰してほしいって、誰かと交換してって思っちゃったの」
「………………」
「私、歴史の勉強とかあんまり得意じゃなくて、丸暗記とか苦手なの。それなら語学とか数学の方がいいタイプなの。でも本を読むのは好きでラノベも読んでいて……。読んでいる時はいいけど、それが自分になったら怖い。全部自分の責任になって、顔を見た事もないどこかの国の王様と結婚するって言われて全然嬉しくなかったよ。だって! だって、もしかしたらこの国の王様よりも年寄りかもしれないじゃん。私、十七だよ。嫌だよ。勝手に決められるのは嫌。恋だってしたいし、色んな所を見てみたいよ。ぎちぎちに歴史や文字や神様への祈りとか覚えなさいって言われて、魔法だって……私、まだ使えないんだもん。大丈夫って言われていても分かるよ。溜息つかれたり、困ったような顔されたら、自分がダメな子なんだって……もうやだ、もういやだよぉぉぉ」
ついに泣き出してしまった彼女にリュカは何をどう言っていいのか分からなかった。
目の前にいるのはリュカにとって、次代の『大聖女』ではなく、普通の十七歳の女子高校生だった。
リュカ自身も『使徒』と言われて一方的にフィリウスに嫁ぐように言われた。それがとても良い事で、その場では『そうしてやっている』というような印象も受けた。
けれどやってきたのは三歳児の姿のフィリウスで、けれど中身はきちんとした三十二歳の宰相で、そしてなによりもリュカを第一に考えてくれたから、こうしていられる。
ここで生きていくしかないと言われても、同性と結婚するというのはやはりハードルは高かったけれど、それでもフィリウスだったら大丈夫だと思ったのだ。
「……彩夏様」
「いや、あやかって呼んで。あーやでもいい」
「…………あやかちゃん」
「……うん」
「俺、あ、私」
「俺がいい。そういう言葉使う人いないから安心する。お願い普通に話して」
まだ涙の残る赤い瞳でそう言われて、リュカは苦笑しながらもコクリと頷いた。
基本的に、水曜の0時と日曜日の0時更新を目指します。