18 聖女来訪
婚約式は滞りなく進んだ。
婚約証にサインをした後は、予定通りに挨拶を受ける。緊張はしたけれど、フィリウスがうまく話をしてくれて、リュカは予定通りににっこりと笑って「ありがとうございます」と頭を下げる。もっともそれも高位の貴族のみで、あとは軽く会釈をするだけとなった。頬の筋肉がつりそうになる前で良かったとリュカはホッとした。
挨拶が始まると同時に食事も用意された。いわゆるビュッフェ形式だ。
あまり人がいないけれど、それでも挨拶が終わるとポツポツと訪れているように見えた。
フィリウスの両親も挨拶がてらホールのあちこちで来賓達と話をしていて、そのうち曲が流れ始めて両親と何組かが踊り始める。
なんとも不思議な光景だとリュカは思った。日本の一般的な家庭に生まれて育った自分には全く馴染みのない世界だ。
例えば元の世界でも、こんな風に着飾ってパーティをしているような人もいるだろうし、上流階級といったようなものも存在はするだろう。けれど、この煌びやかな異世界には、呪いや魔法も存在する。
クルクルと踊る人たちをぼんやりと眺めながら、リュカは本来ならば婚約をした自分達もダンスをするべきなのだろうと思った。けれどフィリウスがこの姿では誰もそれを言う事はない。
リュカが使徒だという事を公にしてはいけないように、フィリウスの姿に関しても誰も、何も言わない。三歳児の姿の彼に、当たり前のように頭を下げて婚約を祝うのだ。
ここにきてリュカは初めて何があったのだろうと思った。
どうしてフィリウスは呪いを受けたのだろう。どんな呪いだったのだろう。この姿になったフィリウスが宰相であり続ける事や、コンコルディア公爵家の当主である事がなぜ認められているのだろう。
「ちゅかれただろう、りゅか。さすがにしゅわってやしゅむことはできにゃいが、のみもにょでももってこさせよう」
「ありがとうございます。フィルも疲れたでしょう?」
今日は昼寝をしていない筈だ。しかも彼は自分よりも挨拶をこなし、このホール内の端々にまで目を届かせ、随時届く報告を聞いている。
「わたちはだいじょうぶら。こういうことはなりぇている。しょれに、じちゅはりゅかのちたくがととのうまえに、ちゅこちやしゅんでいるのら」
「そうでしたか。それならよかったです」
そんな会話を交わしていると果物のジュースが運ばれてきた。
「ぶどうじゅーしゅら。ちゅかれがとれる」
「はい」
言われてコクリと飲むと自分が思っていたよりも喉が渇いていたようで、半分ほど飲んでしまった。甘すぎず冷たいジュース。きっと公爵家だからこそ出せるものなんだろうなと思っていると、フィリウス専属の従者が小さく会釈をして小さく「いらっしゃいました」と告げた。
それにコクリと頷くとフィリウスは小さく「壇上へ」と返してリュカに向き直った。
「はなちをちていたとおり、せいじょしゃまがいらっしゃった。おーたいごーしゃまのだいりというかたちで、このしぇかいのこんやくをいわいたいということら」
「はい」
使徒であってはならない。それはマリヌスからもウィクトルからも念押しをされていた。
本来であれば聖女が預けられている神殿を出て、一貴族の婚約を祝うような事はありえない。
けれど落ち込んでしまった彼女の気分転換として国王が認めたのだ。おそらくは彼女も召喚に関する事は口にしないようにと言われている筈だろう。
(あの日の様子だとちょっと不安だけどね……)
女子高校生の気軽さで「おにーさん元気だった?」とか言われたら目も当てられない。
そんな事を思っていると沢山の護衛に囲まれながらベールをかぶった彼女がホールの中に入ってきた。ざわざわとはするものの、さすがここに招かれている貴族達だ、全員がその場で軽く目線を下げ、直接顔を見ないようにして彼女が向かう壇上に向き直った。
そして壇に上がった彼女はベールをかぶったまま、彼女の前に片膝をつき拝礼の意を表したフィリウス達に向かってゆっくりと口を開いた。
「どうぞ、顔を上げて立ってください。堅苦しい挨拶はなしにしていただけると嬉しいわ。筆頭公爵家であるコンコルディア家の当主と王太后様とご縁がある方の婚約式と聞き、無理言って王太后様の名代として挨拶をさせていただきたくまいりました。コンコルディア公爵、そしてリュカさん。ご婚約おめでとうございます」
そう言ってにっこりと笑った彼女にフィリウスとリュカは言われた通りに立ち上がって頭を下げた。
「ごしゅくじをちょうだいいたちまちて、ありがとうございましゅ。こんこりゅであけとーしゅ、ふぃりうしゅ・えばん・こんこりゅでぃあでございます。しゅこしことばがききじゅらいかもちれませんが、ごしょうしゃくだしゃい」
「ご挨拶ありがとうございます」
「……ご祝辞をいただきましてありがとうございます。リュカ・ワシュトゥール・レティティアンでございます」
「ご挨拶ありがとうございます。改めてご婚約おめでとうございます。良かったです」
気軽な口調にヒヤリとしたけれど、言い含められているのだろう。彼女はそれだけで口を閉じ、小さく頷いてリュカとフィリウスを見た。
この世界にいる女性はみな『聖女』だ。しかも今回この国で聖女召喚が行われた事は知られているし、それが成功した事も分かっている。だから公然と口には出来ないけれど、彼女が次代の『大聖女』である事も分かっている。
「素敵なお式ね。婚約式を見るのは初めてなの。ああ、ごめんなさい。皆様どうぞお楽にして。お祝いを言いたかっただけなの」
そう言った彼女は確かにひと月ほど前に比べると痩せているように見えた。
少しだけホールの中を回り、フィリウスの両親と他の公爵家、そして筆頭侯爵家に声をかけて聖女アヤカはホールを出て行った、それに続いてフィリウスとリュカもホールを出る。
彼女はお祝いを言いにきたけれど、同じ日本からきた自分と話をしたいと思ってきたのだ。だからその場を設ける事は決まりだった。
もちろん二人で話をする事は出来ない。彼女の専属の従者が同席し、コンコルディア家からもフィリウスと彼の専属の従者が同席をする事になっている。もちろん護衛もだ。
ちなみに国王からは神殿の息のかかった者は外したとフィリウスは言われていた。元々ここまで追い詰めたのは神殿だと国王ラディスラウスははっきりと言った。なので付けられる従者はかなり厳選し、調べつくした者がついている。
少し遅れて応接の間に行くと大きなソファに不安げに腰を下ろしていた彼女はクシャリと顔を歪めて立ち上がった。
「おにーさん!」
ああ、色々我慢をしていたんだろうなとリュカは思った。
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