16 婚約式 ①
出来上がってきた衣装合わせをして、その最終調整も終わり、参加者名簿も頭の中に詰め込んだ。
例の言葉の意味についてはやはり考えている事が表情に出てしまうため、マリヌス達とも相談をして『相手に最後まで話をさせてからにっこり笑い、一度フィリウスと視線を合わせた後、まっすぐ相手を見て「ありがとうございます」と言う』事になった。どうやらそれで「何かあるなら受けて立つ」となるらしい。フィリウスも笑いながら「しょれでよい」と言った。
貴族って怖いなと思ったけれど、無駄に神経をすり減らす趣味はないのでリュカは大人しくそれを実践する事にした。
一応笑う練習もしてみたけれど、十回を超えると頬の筋肉がつりそうになって、口の端がピクピクと痙攣するのを見たフィリウスが困ったような顔で「むりをちなくていい」と言ってくれたので、高位の客以外は会釈で済ませる事になった。申し訳ない気持ちが半分、ホッとした気持ちが半分のリュカだった。
そんな事をしている間に婚約式の前日となり、コンコルディア領からフィリウスの両親がやってきた。
あまり早く来て、準備で忙しいだろう王都の屋敷の者に余計な世話をかけたくないと思っていたらしい。あいにくフィリウスは登城していたので、挨拶はリュカ一人だけとなった。
コンコルディア公爵家の元当主であるニコラウス・ダルトン・コンコルディアは、フィリウスが年を取るとこうなるんだなと思わせるような顔立ちだった。フィリウスと同じ美しい銀髪と、よく手入れされた髭がとても良く似合っている。そして妻であるクレアティオ・シルヴァム・コンコルディアは淡い金髪のとても優しい顔立ちで、目元のあたりと話し方がフィリウスと似ている。
そして二人はリュカが思っていた通り、同性だった。
(そうだよね。女性は聖女のみで神殿で管理して王族に嫁ぐって教わったし。やっぱりそうなんだよね……)
「手紙にも貴方の事が楽しそうに書かれていて、お会いできるのを楽しみにしていたのです」
クレアティオは嬉しそうに笑ってそう言った。
「違う世界から来られて色々と戸惑う事もあるだろうが、どうかフィリウスの事をよろしく頼む」
「こちらこそ、この世界の事はまだ勉強中ですが、よろしくお願いいたします」
「何か困った事があれば私達も力になります。あの子があの姿になって、まさかこんな日がこようとは……」
「クレア」
「ああ、すみません。本当にありがとう」
呪いの事はあれ以来話をしていないのでよく分からないけれど、やはり親としては心配だったんだろうなと思う。使徒などと呼ばれている聖女のおまけのような自分だけれど、いずれはフィリウスの役に立てたらいいなとリュカは改めて思った。
-◇-◇-◇-
いよいよ婚約式の日となった。
場所はコンコルディア家の王都の敷地内にある別棟のホールだ。ここで正式に婚約をする事を招待した客にお披露目するのである。式と言ってもそれだけだ。一応婚約証というものがあってサインをするらしい。文字を勉強しておいて良かった。書けなかったらあの講義の中に文字の講義も入っていたと思うとちょっと辛かったかもしれない。
ちなみにこのホールはダンスも食事も一緒に出来る十分な広さがある。昨晩フィリウスと一緒に準備の確認をしたリュカは、美しく飾られた広いホールを見て思わず声を失ってしまった。どこもかしこも煌びやかで、そこここにコンコルディア家の色である青い色が使われている。あの青い薔薇もふんだんに生けられていた。もっともどの辺が最小限なのかよく分からなかったけれど。
大きな貴族の屋敷にはこういったホールがあるのだと聞いた。ちなみにこのホールは一番大きなホールではないらしい。
そして、客を受け入れる別棟は本邸とは別の馬車回りがあり、宿泊出来る部屋も用意されているという。
もっとも今回はそれほど遠方からの招待客はおらず、一番遠いのがフィリウスの両親なのだそうだ。
「ではりゅか、のちほどむかえにくりゅ」
式自体は午後からなので早めの朝食をとってからの支度となった。
衣装を着けるだけだと思っていたのに、どうやらお風呂から始まるらしい。段取りを聞いても「全てお任せください!」だったので、お願いしておけばいいんだな~と思っていたら現実は予想のはるか斜め上だった。始まる前にヘロヘロだ。
とりあえず衣装を着て、ほんのり化粧をされて、四人のサーヴァント達に「お綺麗ですよ! リュカ様!」「リュカ様! 目を開けて寝ていらっしゃいますか⁉」「大丈夫ですよ。笑って、笑ってください! リュカ様!」「リュカ様! リュカ様!」と励まされ? ている間にノックの音が聞こえて、ドクンと心臓が跳ねる。
ゆっくりと開いた扉からフィリウスが入ってきた。
「りゅか、とてもきれいだ。さぁ、いこう」
「はい」
にっこりと笑ったその顔に励まされて、リュカはゆっくりと立ち上がった。
ちょっと長くなるので分けます。