13 はじめての手紙
仕事がひと段落したというのは本当らしく、フィリウスは屋敷内にいる時間が増えてきた。今までのようにリュカと一緒に朝食をすますとすぐに登城して、リュカとの夕食に間に合うように戻ってくるというのは、以前の自分を思い出して心配だったのだ。
もっとも屋敷内でも色々と仕事をしているようなので、単純に仕事をする場所が変わったような気がするのだが、それでも任せきりにしていたコンコルディア家の当主としての仕事を行う時間が出来たというのは使用人達にとってはとても喜ばしい事だったらしい。
ともあれ仕事の手があけば昼食かティータイムに顔を見せてくれるのはやっぱり嬉しいと思ってしまう自分がいるのも本当で、なんだかんだとこの生活に慣れてきているのかもしれないなと思う。
領地の仕事がどのような仕事なのかは分からないけれど、手伝えるような事があれば手伝いたいとも思った。もっともその前にもっと文字の勉強をしなければならないが。
「だいぶ書けるようになってきたんだけどなぁ」
出された課題に向かいながらリュカは小さく口を開いた。
するとティータイムの準備が出来た事を知らせにきたサーヴァントの一人が「なにか困った事でもございますか?」と尋ねてくる。
「ああ、ううん。そうじゃなくて。えっと文字はだいぶ書けるようにはなってきたけど、まだまだ書類とかそういった事は出来ないなぁって思って」
「……書類でございますか?」
赤みがかった茶色の髪と榛色の瞳を持つ二つ年下のサーヴァント、スアヴィスは不思議そうな顔をした。確かに今のリュカに書類はまったく関係がない。
ノートのような冊子に習った事を書き留めて、メリトゥムに出された課題についても同じような冊子を渡されている。
「うん。あの、えっと……いつか、フィルの手伝いが出来るようになれるといいなって……」
それを聞いた途端スアヴィスはパーッと嬉しそうな表情を浮かべた。
「それはとても素晴らしい事だと思います! リュカ様がそう考えている事を知ったらきっと旦那様もお喜びになります!」
「そ、そうかな。でもまだまだ全然なんだよ。もっとちゃんと文字が書けるようになって、色々な事も分からないと手伝いなんて出来ないと思う。だからフィルには内緒にしてほしいんだ」
慌ててそう言うと、スアヴィスはブンブンと頷いた。なんだか大型犬みたいだ。心なしか尻尾が見えるような気がしてリュカは慌てて彼から視線を外した。
「いつかだから。いつか出来たらいいなって話だよ」
「はい! あ、ではリュカ様。お手伝いはまだ先ですが、手始めにお手紙を書いてみるのはいかがですか?」
「手紙?」
「文字の練習にもなりますし。課題も有用ですが、誰かに自分の言葉で文字を書くというのも良い練習になるのではないでしょうか?」
「…………なるほど」
そう言われて思い出すのはフィルの短い手紙だ。
あれをもらった時にはすごく嬉しかった。短い手紙を何度も何度も読んで、届けられた青い薔薇の花と交互に眺めていた。
そういえば薔薇のお礼は言ったけれど、手紙というのは確かにいいかもしれない。これくらい書けるようになったんだと見てもらうと励みになる。
「…………書いてみようかな。でも何を書いたらいいのかな」
そう。ここに来てからずっと、リュカは夕食を食べながらフィリウスに尋ねられるままに今日は何をしたとか、こんな事があったとか話している。本当にたわいのない話でもフィリウス楽しそうに聞いてくれるので、話し上手ではないリュカでも会話が途切れてしまうような事はなかった。
だからいざ手紙を書こうと思っても書く事が思い浮かばないのだ。
(一度話した話を手紙に書くのもおかしいしなぁ……)
「そ、そのうち何か思いついたら書いてみようかな」
「そうですね。でもきっとリュカ様からのお手紙ならたとえお名前だけでも喜ばれると思います」
「え! それは言い過ぎっていうか、名前だけの手紙なんてなんだか失礼だよ」
「そうですか? では便箋と封筒はご用意をしておきますね。それではお茶をお持ちします」
そう言って出て行ったスアヴィスにリュカはハァッと息をついた。
(書きたい事かぁ……)
改めて考えると案外浮かんでこないものだ。
文字がもっと書けるようになったら何か役に立ちたいといきなり手紙を出すのもちょっと違うなぁと思うし、手紙を書くために夕食の時に話をしないっていうのも嫌だなと思う。
少しするとフルーツのような香りのする紅茶とマドレーヌのようなお菓子が運ばれてきた。
「今日はリンゴとオレンジがブレンドされた紅茶になります。こちらの焼き菓子は旦那様もお好きなんですよ」
「そうなんだ」
その瞬間リュカはフィルの事を聞いてみようかと思った。
いつもフィリウスはリュカの話を聞いてくれて、巧みに話題を振ってくれるけれど、フィリウス自身の事をリュカはあまり知らないかもしれない。
手紙でそんな話題を振ってみようか。
そう考えるとなんとなく楽しくなってリュカは出された焼き菓子を一口口に入れた。
「ああ、美味しいね」
「はい。領地の方から取り寄せているバターを使っているのです」
「そうなんだ。コンコルディア家の領地では酪農が盛んなのかな。それも聞いてみようかな」
-◇-◇-◇-
その日のティータイムの後、リュカは一通の手紙をしたためた。
『フィリウス様
毎日お仕事お疲れ様です。
文字がだいぶ書けるようになってきたので、手紙を書いてみようと思いました。
今日のティータイムに出てきた焼き菓子はフィルが好きなものだと聞きました。
領地から取り寄せたバターを使っているとか。とても美味しかったです。
フィルが好きなものを自分はあまり知らないなと気付きました。
今度フィルの好きなものを色々教えてくださいね。
そして領地の事もお話が聞けると嬉しいです。 リュカ』
なんだか小学生の作文みたいだなと思ったけれど、初めての手紙なので許してほしい。こんなつたない手紙を見て、フィルはなんて思うだろう。
そんな事を考えながらリュカは少しだけ浮かれているような自分に気づいた。
ほのぼの回……
ちょっとずつ甘み。
もう少ししたら動き始めますよ。