12 温室デート
「おはよう、りゅか」
「おはようございます、フィル」
いつものように朝食で顔を合わせたフィリウスはにっこりと笑って「きょうはやくそくちていたおんしちゅにいこう」と言った。
「え? あのお仕事は?」
「とりあえじゅ、かたじゅけた」
「とりあえず、ですか」
「うむ。せいじょしょうかんのかんけいで、いりょいりょとどこおっていたのら。だがしょれもめどがちゅいた。あとはしんでんとほかのものたちでできるだろう。いや、ちてもらわなければ。いちゅまでもさいしょうふにおしちゅけられてはこまりゅ。さいしょうふはじゃつようがかりではないのら」
可愛らしい三歳児のこめかみあたりに怒りマークと呼ばれる青筋が立っているのは中々シュールだ。しかもなんとなく黒いオーラのようなものが見える気もする。
「そうですね。俺が来てからフィルはずっとお休みがなかったから心配でした」
「しょうか。しょの……ちんぱいをかけてすまにゃかった。だがしょうかんにかんちてはこちらのてをはなりぇ、しゅべてしんでんにいこうちたからな」
「それなら良かったです」
「おうじょうのちごとばかりをちてはいりゃれない。りょうちもあるち、こちらのやちきもありゅ。まかちぇきりではいけない」
「…………ではお休みにならないのでは?」
それなのに自分と温室などに行っている時間はあるのだろうか。そう思ったリュカの気持ちが伝わったかのようにフィリウスは少しだけ困ったような顔をして口を開いた。
「わたちにもいやしゃれるじかんはひちゅようなのら」
それがあまりにも可愛らしくてリュカは思わず笑って「そうですね」と答えた。
-◇-◇-◇-
朝食後になぜか着替えをしてからフィリウスと一緒に馬車に乗った。どこかに、といっても敷地内の温室なのだが、出かける時には着替えをするのは当たり前の事なのだそうだ。
用意されていた馬車は初めて乗った馬車よりも小さくて、装飾も少ない。どうやら敷地内の移動用の物らしい。
「こうちないとちゅうしょくまでにもどれにゃいからな」
苦笑いする幼児にリュカは「楽しみです」と笑った。
相変わらずフィリウスはクッションに囲まれているが、今日は二人だけでの移動だ。もちろん護衛は周りについていて、サーヴァント達はすでに温室に待機しているのだろう。
「ああ、そりょそりょこんやくちきのじゅんびがはじまりゅ。りゅかにはなりゅべくふたんになりゃないようにしゅるが、いしょうなどもきめなくてはいけない」
「そうですか。わかりました。ところでフィル、婚約式とはどのような事をするものなのでしょうか?」
そう聞かれてフィリウスは驚いたように瞳を見開いた。なんだか以前テレビに映っていた『プレーリードック』を思い出してリュカは笑いそうになるのを必死に堪えた。
「しゅまない。わたちとちたことが、かんじんにゃことをちゅたえていなかったのだな。こんやくちきはせいしきにこんやくをちたというおひろめのようなものら。このまえはこんやくをするとおーけにとどけ、くにのなかにしらちぇるだけらった。ようしゅるにおーけからしょういうとどけがあったとはっぴょうしゃれたのだ。はっぴょうしゃれることで、このこんやくをおーけがみとめたことににゃる」
「……な、なるほど」
「そちてこんやくちきは、こんこりゅでぃあけが、せいちきにこんやくしたということを、まねいたきゃくにちゅたえ、おひろめをしゅるばとなりゅのら」
「お披露目……」
「しょうら。いちぇかいからきたりゅかには、いりょいりょとめんどうにかんじるとおもうが、これをちないと、ちゅまとなるものをかろんじていりゅとおもわれりゅ。なので、しょの、よろちくたのむ」
そう言って少しシュンとなる姿は、今度は耳を垂れている小さなワンコに見えてきてリュカはまたしても笑いを堪えながら「頑張ります」と答えた。
どんなに可愛らしく見えても、中身は三十二歳の宰相閣下だ。間違ってもぎゅっとハグなどしてはならない。
「りゅか?」
「はい。その……多分、他の貴族の方とどのように接したらいいのか分からないと思うので、色々と教えてくださいね」
「もちろんら!」
耳をたれていたワンコ、もとい、三歳児の婚約者は今度は嬉しそうにある筈のない尻尾をブンブンと振っていたように見えた。
-◇-◇-◇-
温室の中はとても美しく整備をされていた。
リュカが見た事がある花もあれば、初めて見るような花もあった。そして奥の一画を見た瞬間、リュカは思わず声を上げてしまった。
「わぁ! すごい。青い花ばかりだ」
「こんこりゅでぃあけのいろがあおなのれ、しょれにあわしぇてつくらりぇた。わたちもひちゃちぶりにみたがうちゅくちいな」
「はい、本当に。俺がいた世界では青い花ってそんなに多くはなかったような気がするから。ああ、俺がしらなかっただけかもしれないけど」
そう『流川聡』はこれといった趣味もなかったし、特別に興味を持つものもなかった。だけどこの世界に来て色々なものに目を向けられるようになった。
「この花は見た事がないです」
「ふむ。たちか、はりょるか・れいくぶりゅーといったか。そちらはちぇんとーら・ちあなしゅとよばれていたような」
「すごい、難しい名前をきちんと憶えているんですね」
「ああ、まぁ、はにゃことばなど、いりょいりょときにしゅるものもいりゅからな」
「なるほど」
そういえば以前読んだ貴族が出てくる話で花言葉の面倒なものがあった。贈る花で勘違いをする者もいるのだろう。やっぱり貴族というものは面倒くさいなと思う。
「綺麗に咲いている花は綺麗だなって思うだけでいいのに」
「しょうらな。わたちもそりぇでいいと思う。ああ、まえにりゅかがいっていたばらもあるじょ」
「薔薇?」
そう言われて振り向くとそこには鮮やかな青い薔薇が咲いていた。
確か元の世界では交配によって作り出された紫色に近い薔薇や淡い淡い水色の薔薇が青い薔薇と呼ばれていて、それ以外は青色に染められたものだった。けれどこれは……
「本物の青い薔薇だ」
「うん? りゅかはおかちなことをいう。はにゃにほんものもうしょもないだろう」
「ふふふ、そうですね。でもこの薔薇は今まで見た薔薇の中で一番美しいです。フィルと温室に来られて、この薔薇を見る事が出来て嬉しい」
「……しょうか。しょれならよかった。わたちもりゅかといっしょにおんしちゅにきてよかった」
幼い顔が少しだけ赤くなっていた事が可愛くて、嬉しくて、リュカはもう一度コンコルディア家の色と同じ真っ青な薔薇を見た。
その日の午後、フィルからだと一輪の青い薔薇が届けられた。
『貴方の部屋に飾ってほしい フィリウス』
一行だけの手紙と薔薇を、リュカは何度も何度も交互に見つめた。
美しい細工が施された一輪挿しに生けられた青い薔薇は、枯れてしまう前に新しいものにかえられてリュカをずっと楽しませる事になる。
しっかりと押さえるところは押さえている三歳児、もとい宰相閣下(人タラシ)
ほんのりと甘み……のつもりwww