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11 この世界の事

 婚約の発表はフィリウスが言っていた通り、特に何かがあるわけでもなく、その日の夜に「はっぴょうした」とだけ教えてもらった。

 そしてその後も忙しくなるわけでもなく、今まで通りフィリウスは城に行き、リュカは朝食が終わってから一時間ほどメリトゥムにこの世界の事を教えてもらい、午後はティータイムの後にやはり一時間ほど文字を教えてもらう。

 さすがに日に二時間の勉強以外やる事が食事か散歩か睡眠では退屈するので、文字の課題を出してもらうようにお願いするとメリトゥムは「リュカ様は忙しいのがお好きなのですね?」と呆れたように笑った。

 別に忙しい事が好きなのではないが、暇すぎるとどうしたらいいのか分からないのだ。つまり時間の潰しようが分からない。

 まだ社畜見習いだった頃が抜けきらないのかもしれないが、高校に入る時も大学に入る時も寝食以外は、妹がよく読んでいた異世界ものライトノベルを渡されて気分転換がてらパラパラと読んでいた事はあったけれど、あとはほぼ勉強していたような気がするので、まぁ、染みついているという事なのだろう。

 ちなみにこちらの文字は読めるので本を読む事は出来る。しかしこの国の本は……というか、公爵家に置かれているような本はどうにも遠回し的に書かれているものが多く、専門的な言葉も多い。

 そしてその専門的な言葉を調べる辞書のようなものはない。なので聞くしかないのだ。だが、それはメリトゥムや他の人達の手を止めてまで尋ねるべき事なのかと思うとなんとなく気おくれしてしまう。我ながらどうにも面倒くさい性格だなとリュカは思った。だから課題はいい。ひたすら書いて覚えていくというのは慣れ親しんだ感覚だ。

 一応執事のウィクトルにこの国の常識的な事が書かれている本や、実用書的なものがあったら持ってきてほしいと言っているが、あまり数はない。

 多分この国の人になって常識的な事がなんなのかがピンとこないのだろう。同じように実用書と言われても何をさしているのかが分かりにくいのかもしれない。


「それでもだいぶこの世界の事も分かってきたよね」


 大きな窓の向こうに広がる公爵家の美しい庭を見ながらリュカはポツリとそう呟いた。

 この世界は大きな十一の国を中心に沢山の国があって、中には領土争いとしている所もあるけれど、おおむね平和らしい。

 そしてそれは『聖女』と呼ばれる治癒と浄化の能力を持つ女性達がいるからで、その中心となる者が異世界から召喚される『大聖女』なのだそうだ。

 つまり召喚の間で会ったあの少女が、あの神官が言っていた通りに次代の『大聖女』となるのだろう。

 ラノベ好きなちょっとポヤポヤとした女子高校生だったが、大丈夫なんだろうかとも思ったけれど、リュカがこうしてなんとか暮らしているのだから、きっと立派な『大聖女』様になるべく周りがフォローしていくのだろう。

 彼女はひと月ほどマグナシルヴァ王国の神殿でこの世界の事や聖女の事などを学び、その後はこの世界の中心的な大国である神聖国、ルーチェアットの神殿に移り、やがてルーチェアットの国王と婚姻を結ぶのだという。

 異世界から召喚された女性がいるだけで平和が保たれる世界というのはなんとも不思議な話だ。

 けれどそれがこの世界の理なのだ。きっと彼女には自分のように言葉が分かる以外にも大きな力が授けられているのだろう。もちろんそれを羨ましいとは思わない。


「大変だなぁとは思うけどね」


 再び小さく呟いてリュカはベランダに続く大きな窓を開けた。しばらくの間は危ないからと開ける事を禁止されていたけれど、せっかくベランダがあるのだから出てみたいと頼んで許可された。

 だがなぜかベランダに出ると部屋の端にいた護衛が近づいてくる。

 ちなみに今リュカには専属の従者四名が二人ずつ交代で務めており、その他に専属の護衛がやはり四名、二人ずつ交代で付いている。

 屋敷の中でどうして護衛が必要なのだろうと思うのだが、そういうものらしい。


「日差しが強いのでベールをお付けください」


 護衛ではなく身の回りの世話を焼くサーヴァントと呼ばれる従者の一人がそう言って薄衣をリュカに手渡した。いわゆるメイドのような役割なのだろう。だがここには女性のメイドはいない。


「うん。あの、今日も昼食の後に散歩をしてもいいかな」


 そうしないとせっかく用意をしてくれるティータイムのお菓子が入らないのだ。


「はい、もちろん。庭師もリュカ様がご覧になってくださるので喜んでいます」

「そうなんだ。とても綺麗な庭だもんね。でも温室はフィルが一緒に行くって言っていたから、そちらはいかないようにしないと」


 そう言ったリュカに、専属のサーヴァントはコクリと頷いて「庭師に今日の見ごろの花を聞いておきますね」と再び部屋の端に戻っていった。

 はじめの頃は彼らも使徒であるリュカをどのように扱ったらよいのか、またリュカ自身も常に誰かがいるという事にストレスを感じ、お互いにうまく嚙み合わないような雰囲気があった。

 なにしろリュカはこちらの常識が分からない。しかも護衛や従者のいる生活なんてした事もない。

 他人のいる空間で緊張をしているリュカにどうすればよいのか。

 そしていちいち「ありがとうございます」と頭を下げる事についてリュカに恥をかかせたり、傷つけたりせずにどうやって伝えればよいのかを考えていたのだろう。

 しかし彼らはプロだった。リュカの緊張があまりにも高いと思われた時には姿を消し、居たとしても完全に気配を消す事が出来た。

 そうして身の回りの事やマナーなどについても、「そうではない」とか「こうするのです」というような、リュカの言動を否定や訂正する言葉はなく、少しずつ少しずつ自然に教えられて覚えていったのである。


 そんなリュカだが一つだけ聞けない事がある。

 女性が少ないというか、女性は聖女しかいない事は教えてもらった。そして彼女たちは神殿で管理をされて色々な国の王室に嫁ぐ事も教わった。

 だが、その他の人間達はどうするのだろうかという事はまだ謎のままなのだ。

 国王がリュカに宰相と婚姻を結ぶように言った事でもなんとなく分かるような気がするのだが、それでもやはり気にはなる。


(この世界は男性でも子供が生めるって事なのかな。そういう身体の構造なのかもしれない。そうじゃなかったら跡継ぎとか出来ないよね)


 いつか聞いてみようと思うのだが、聞いてどうするのかという気持ちもある。


(だって俺は産めないし)


 というか、フィリウスがあの姿ではそれ以前の事だろう。いや、たとえ彼が元の三十二歳だったとしても自分には子供は産めない。

 異世界転生ならともかく、自分は異世界転移者だ。そのままの姿でこちらに来ている。

 身体の中がこちらの仕様に変わっている事はないだろう。


「…………まぁ、大っぴらには聞けない話題だよね」


 少しだけ困ったようにそう言いながら、リュカは婚姻を結ぶ相手がフィリウスで良かったと思いつつ部屋に戻って椅子に腰を下ろした。

 後ろで静かに窓が閉じられた音がした。


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