10 人たらし疑惑
自分自身で『リュカ・ワシュトゥール』と名乗り、リュカ様リュカ様と呼ばれているうちに、あれほど拗らせていた名前の事も、そして忙しすぎた仕事の事も頭の中からごっそりと抜け落ちた。
というよりも少しずつでいいからこの国の事を知りたいと言ったら、この屋敷の執事であるウィクトルがフィリウスに話をしてそのままトントンと教育係というものが決まった。この世界に来て五日目の事だ。
そしてその翌日からは勉強会が始まって覚える事が増えたからそれどころではなくなった。
ちなみにリュカの教育係になったのはコンコルディア家に仕えているメリトゥムという男で、この屋敷の事務作業的な事を行っているらしい。
気さくな上司というような雰囲気のメリトゥムは驚く事にリュカと同い年だった。もう少し年上に見えたのだが、彼もまたリュカが同い年である事にものすごく驚いていた。
そんな彼にまずはこの国の基本的な事を教えてもらった。
この国はマグナシルヴァ王国といい現在はラディスラウス・アルウム・ソル・マグナシルヴァ国王陛下が治めている。マグナシルヴァ王国は十一国あるという大国の一つで西の大国と呼ばれている。
貴族と呼ばれる爵位は元の世界で読んだ事のなる小説と同じく公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、騎士爵で男爵と騎士爵は一代限りの場合もある。
そしてコンコルディア家はこの国の筆頭公爵家だという。元々は王弟が臣籍降下をしてコンコルディア公爵家となったのが始まりで、その後も王室から妻を迎えたり、養子を迎えたりと王室に一番近しい公爵家であり続けた。
その他にも一週間が七日で月・星・風・水・火・木・光である事や一カ月が二十八日で、一年は十三カ月ある事。さらにはフィリウスが休みである光の日にも登城している事も分かった。ブラックだ。
ちなみに苦戦をしているのが文字だ。
言葉も文字も分かるのに、書けなかったのである。もっともリュカ自身が何か文字を書かなくてはいけないような事があるわけではないが、それでもやはり字を書けないというのはどうにかしなければならないと現在は名前を書く事と単語の書き取りの練習をしている。まさかこの年になって文字の勉強をするとは思ってもみなかった。フィリウスに言うと「むりをちないでいい」と言われてしまうので、そこは自分がやりたいと思っている事をアピールした。
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「あす、おーこくのなかにわたしたちのこんやくをはっぴょうすることになった。こんやくしきについてはしたしいものだけでおこなうので、りゅかはなにもちんぱいしなくていい」
ここにきて十日が過ぎようとしていたその日、夕食をとりながらフィリウスがそう言った。
彼専用の小さくて背の高い子供用の椅子に腰かけて、同じく彼専用に小さくカットされている料理。もちろん食器類も全て小さめに作られていて、それを使って綺麗に食事をする三歳児はとても可愛らしい。時々口の端にソースやスープがついてしまうのはご愛敬だが専属の従者がすぐさまそれを拭う。それもまた素晴らしい連携だ。
「婚約発表ですか?」
「ああ、きちんとはっぴょうしなければ、めんどうなことがおきりゅからね」
「わかりました」
「はっぴょうはそのままのいみら。ちゅまり、りゅかとこんやくしましゅとおおやけにするだけで、とくになにかをしゅるわけではない」
「はい」
「しょのごはこんやくちきにむけてのじゅんびをしゅる。こんやくちきはりょうしんがくりゅだろう」
「————っ!」
思わず目を見開いてしまったりゅかにフィリウスは笑って「こわくないよ」と言った。
もちろん怖がるなんて失礼な事をするつもりはないが、緊張はする。
「ああ、しょれから、りゅかがしとしゃまであることは、こうじぇんのひみちゅとなる。それゆえりゅかはおーたいごーしゃまのとおえんのものとなりゅ」
「王太后様の遠縁?」
「しょうら。めんどうなことらが、せいじょしょうかんにしとがいたことはおおやけにはできにゃいらちい」
「そうですか」
「こんやくしきももうちわけないが、さきほどいったようにかんしょなものになるだりょう」
「あ、はい。でもその方がいいです。その……沢山の方とご挨拶するのは……」
そう。フィリウスは公爵家の当主だ。親しいものだけと言っても高位の貴族たちがやってくる可能性は高い。それに彼の両親もやってくるという。それだけでもすでに胃が痛い。
「しょうか。しょうらな。だが、わたちもこのすがたら。ひちゅようさいてーげんのあいさちゅだけにしゅるよていだ」
「はい。よろしくおねがいします」
「うむ」
聞きなれてきた「うむ」という三歳児らしからぬ返事にリュカは肩の力を抜いた。
フィリウスとは朝食と夕食を一緒にしている。そこで今日あった事や何か気になった事、足りないものやほしいものなどを聞かれるのだ。といっても足りないものが何かが分からないし、欲しいものも同じだ。気になる事も執事や教師に尋ねれば大抵その場で解決する。
「きょうはどのようにしゅごしていたのでしゅか?」
「メリトゥムにこの世界の事聞いたり、あとは文字の練習を続けています。それと、あまり篭りきりでは身体に悪いと言われて庭を散歩しました」
「ああ、しょうらね。しゃんぽはいい。ひがしがわにはおんしちゅもあるので、こんどいっしょにいこう」
「はい」
こういうところがフィリウスの良い所だ。忙しいだろうに必ずリュカとの時間を取ろうとしてくれる。そうしてその度に胸の中がポカポカとしてくるのだ。
「フィルは、植物にも詳しいのですか?」
「ああ~……まあいっぱんてきにゃはなのみわけはちゅくかな。がくしゃのようにくわちくはない。りゅかは?」
「私は…………薔薇とカーネーションとたんぽぽくらいなら……あ、チューリップも分かります。でも詳しい名前は無理です」
そう。薔薇もチューリップもものすごく沢山の名前がつけられていた。でも薔薇は薔薇だし、チューリップはチューリップだ。
「ふふふ、しょうか。だけどたんぽぽとちゅーりっぷはよくわかりゃないな。もちかしゅるとりゅかのせかいにあるはななのかもちれないな。わたちもみてみたかった」
そう言って笑うフィリウスにリュカは心の中でそっと「彼は無自覚系の人たらしなのかもしれないな」と思った。多分、ガスパルのような人が沢山いそうだ。
無自覚系の人タラシさんは好きです♪
受け様の人タラシもいいけど、攻め様の人タラシもいいですよね♪
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