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8 寂しさ

 視線の高さが変わると全く違う景色になる。

 馬の背から見る森は奥深く、揺れる葉は近い。


「こんな森の中に住んで寂しくならないのか?」


 レインには慣れ親しんだ静けさも、騎士達には寂しく感じるらしい。

 返答しようと振り向くと、リアムもレインを覗き込んでいた。

 彼が惑わす気などないとわかっているが、明らかにレインは惑わされた。


 リアムの気安い態度に、調子を合わすことなどできるはずもない。

 意識すればするほど不器用さが身に染みて、軽い絶望に襲われた。

 レインは景色を見ている振りをしながら、返答の文章を必死に組み立てていた。

 

 そんな最中(さなか)、不意に視線の先が動いた。


「うあ、なんだ!」


 馬の手綱を引かれ、いきなり停止する。

 同時に前のめりになったレインを、リアムの腕がギュッと支えた。


 枝が揺らぎ、梢の雪がガサガサとこぼれ落ちる。

 グワッ、グワッ、グワッ~!

 耳をつんざく鳴き声が森にこだました。


 突然の襲来に身構えた騎士達だったが、レインはひとり安堵した。


「まあ! モットさん、あなた飛べたのぉ? びっくりしたじゃない」


 のんきな声が、張り詰めた空気をあっという間に(さら)っていった。


「飛べたのぉ?って、レインの知り合いなのぉ?」


 強張っていた表情を、しれっと笑顔に変え、メイソンはレインの声を面白がってまねる。


「驚かせてすみません。同居人のモットさんです。怖いアヒルじゃないんです」


「怖いアヒルなんて居るのか?」


 リアムがすかさず問えばメイソンもとぼけて答える。


「いるんだろな。森は未知だ」

「異世界ってやつだな」


 言われたことが伝わったかのように、アヒルの険しさが増してくる。


「モットさん、お二人は王宮騎士団の騎士様よ。心配しなくても大丈夫よ。だいじょぉ~ぶ」


 馬上から身を乗り出して、レインは仲裁する。


「これ以上はメッよ!」とまったく効果のない睨みをアヒルに見せたが、内心は感謝していた。モットのおかげで独りのそわそわ感が消え去った。


「こんな手緩い仲裁に入られたのは初めてだな」

「そうだよねえ、リアムが喧嘩をはじめれば、俺が殴ってやめさせるのが普通だもんなあ」


 リアムとメイソンのやり取りに、レインもまた、異世界とやらを感じざるを得なかった。何がどう転んでも、レインの世界にはない世界だ。


「まいった! 降参だ」


 メイソンがそう告げるとアヒルもようやく鳴き止んだ。

 モットはレインに向かって一声鳴くと、馬の前に歩み出た。


「ついてこい、ですって」


 レインが騎士達にそう告げると、再び笑われる。

 我先にと先頭に立つアヒルに従い、馬もついて行く。

 なんとも滑稽なアヒルの登場は薄暗い冬の森の印象を、明るいものに変えた。


 レインはモットの残す足跡を目で追いながら、リアムに言われた言葉を思い出していた。


『――寂しくないのか?』


 森の静けさも夜の漆黒も怖いと思ったことはなかった。

 頼もしいモットもいる。

 ――けれど、まだひとり残された孤独感は絶えずある。

 たった独りで暮らしてゆけるはずもないと途方に暮れて終わる日を何度も味わった。でも、こうして手を差し伸べてくれる人たちができた。


 無意識に手綱を握る手を見ていたことに、胸が熱くなった。

 これは知らない感情だった。

 頬を掠めて遊ぶ後れ毛を耳に掛ける仕草も、リアムの視線をかなり意識している自分がいた。


「耳が真っ赤だ」

 リアムに言われ、冷たい手を耳に添え、その熱を冷ます。


「寒いですね」

 寒さだけで赤くなったわけではないため、敢えてそう言った。


 僅かに顔を反らし、リアムを仰ぎ見ると彼は何かもの言いたげに前方を見つめていた。

 レインの視線に気づき、リアムは「あれ」と僅かに顎を前方へ向けた。

 モットのことらしい。


「あの夏もあのアヒルが見ていたのかもしれない」

「見ていた?」

「弓事件の日。君が立ち去った後、俺の頭上にハラハラと白い羽が落ちてきたんだよ。この雪みたいに。今思うと、あれはあいつが隠れて監視していたんだな」


 リアムは森で出会った不思議とでも言うように、あの日のことを話す。


「森に入ってくる人なんて、今までいませんでした。だからモットさんも驚いたのかもしれませんね」

「俺も驚いたよ。人知れずの森で女の子を発見したんだからな」


 不思議なめぐりあわせだった。

 森に置き去りにされた自分いた。

 『何かあったら騎士団へ行け』と父も言っていた。

 父が天から騎士団に知らせてくれたのだろうか。

 リアムの矢はなぜ自分に向かってきたのか。

 そして彼は、絵の中で励まし続けてくれた。


 これを不幸中の幸いと言うべきか。

 悲しみの中にあった幸せにいまさら気づかされる。


 不意にリアムの黒いコートの袖に、葉から滑った雪がガサっと音を立てて落ちて来た。

 レインはリアムの袖から雪をポンポン叩いて掃い落とす。


「ふふっ、今日は森が賑やかで雪も驚いています」

「不思議の森だな」

「ええ、だから、寂しくありません」


 レインの背にリアムが小さく笑った振動が伝わってきた。











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