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66 謝罪


 小高い丘の上に立つジェノバ城砦はミティア国の中でも歴史が古く、軍神が司る地と呼ばれている。その城主は鉄壁の辺境伯と呼ばれ、屈強で勇敢な騎士を統率し、国境を守り抜く聡明な男が受け継いできた。


 城砦は有事に備え随時、歩廊や城壁棟から衛兵たちが、遥か先まで見渡し監視を続けている。今まさに、城門に向かって駆けてくる男の姿を、その衛兵たちが見逃すはずもなく、既に門兵は男を待ち構えていた。城門に辿り着くなり男はすぐさま拘束され、騎士団長室へと連行された。


 もはや男は抗わない。こうなることは承知のうえでだった。


 ドゴォンと頑丈な城砦をも揺らす地響きに、城中が警戒態勢となる。

 しかしそれが、騎士団長の執務室からだと分かると、騎士達は肩を竦め、呆れながら自分の務めへと戻って行った。

 

「小僧! お前の志はどうした! 惚れた腫れたの結婚でも夢見てたのか? 聞いてあきれるぞ!」


 壁が崩れ落ちるのではないかという勢いで、殴り飛ばされたリアムは、それでも、団長である父にかしづき謝罪する。

 怒りに震える団長に、言い訳をすることなくただ頭を下げた。


「婚約を断るなぞ何様のつもりだ? まさか、お嬢様以外の女に骨抜きにされたのか? 閣下にもお嬢様にも申し訳が立たない」


「騎士としての志は変わっておりません。ジェノバに今後も尽くします」


 容易に口を開いた息子に、団長は間髪入れずみぞおちに拳を食らわした。


「甘ったれるのもいい加減にしろ! お前の居場所がここにあると思うなよ」


 リアムはふらつきながらも、かしずく。

 下を向けば、殴られた頬と脇腹がじんじんと熱く重かった。

 刹那こんな時でさえ、リアムの胸中に生まれるのはレインを案じる気持ちだった。


 ――男に殴られれば、相当痛かっただろうに……。


 腫れあがった彼女の顔が脳裏に浮かび、チリチリと胸が痛みだす。

 まさに「骨ぬき」にされた自覚があった。

 

 団長の怒りは収まらず、リアムは胸ぐらが再びつかまれる。だが、拳が当たる寸でのところで、太い腕から投げ捨てられた。

 現れた伯爵に、自我を保つ冷静さを装い、親子共々姿勢を立て直す。


 自ら足を運ぶ伯爵の怒りが、纏う空気から滲みでていた。彼の視線はすでに、無用の烙印を押す鋭さがあった。挨拶もせぬままに、唐突に辺境伯から口火を切られる。

 

「手紙を読ませてもらったよ。まあ、驚いてはいないよ。君が迷って、婚約を受けたこともわかっていたからね。ただ、君の気概を買って提案したつもりだったんだが、間違っていたようだね」

 

 辺境伯は緊張の面持ちの親子を見据える。

 幼少からこの城で武芸を磨いていたリアムと、その幼い騎士の成長を楽しみにしていた伯爵には、主従関係を越えた親子のような情があった。

 だからこそ、この裏切りの代償は重い。リアムも当然、誠実に償うつもりでいる。

 

「今更、事を(くつがえ)し申し訳ございません。お嬢様にも大変失礼なことをしてしまったと、深く反省しております」

 

 伯爵に深く頭を下げた。

 リアムの隣に立つ大男も(いか)つい体を折り、息子の犯した不祥事を謝罪した。

 

「閣下、愚息が大変な失礼を致しました」

 

 地位の高い貴族の婚約解消は、様々な憶測を呼び、年頃のダイアナの評判を下げる恐れもある。ダイアナが受ける汚点を拭う責任がリアムにはある、と団長はリアムに言い聞かせ、伯爵に誓う。

 

「そうだね、残念だけど、本人が無理というなら仕方がない。でも可愛い娘に悲しい思いをさせたのは、親としては頭にくることもある。まあ最近、目の飛び出る額の請求書が届くんで、ダイアナの王都での様子はなんとなくわかってたけどね……。君が舵取りを怠ったってことだ。責任あるよ」

 

 二人の関係はお見通しだと、伯爵は言外に匂わす。


「君には領主としての教えをこれから叩き込もうと思っていたのになあ。まあ、お試し期間の今でよかったよ。でも彼女は納得したのかい? 彼女のことだから、愛や恋を主張してしおらしくなってはいないでしょう?」

 

 お試し期間だったと若い二人を擁護するような言い回しに、辺境伯の愛情が感じられた。反して自分たちがどれほど幼稚だったかと恥ずかしくなる。

 

「取り決めをしました。私がお嬢様に捨てられたことを皆に周知させること、そして、お嬢様が、結婚するまでは結婚しないことを誓いました。振られたのだと皆に吹聴することも」


「ぷっ」


 聞こえた音に、リアムは反射的に、腰を浮かした。

 辺境伯は思わずといった様子で口元を押さえていた。

 団長は眉を下げ、騎士としてはかなり情けない表情をしたまま固まっていた。


「乙女的発想だ。君たち、もう少しまともにならないとダメだよ」


 恥ずかしさを超越した、英雄の背筋が急激に氷結する。

 ダイアナの提示をそのまま口にしただけだが、己も同罪。婚約の大前提、()()()()()ことを放棄した責任の所在を据え置いて、裏切りの代償ばかりを取り上げた実の無い話し合いを露呈し、その浅はかさを嘲笑される始末。


 ここに女性が同席していれば、最重要はダイアナの気持ちを踏みにじった償い、それこそ裏切りの代償を討論し合うべきだが、男の着眼点はそこではない。尻に敷かれた男への憐みと失望の目が痛いほど注がれ、あまりの不出来さゆえに、放置されて終わるのだった。


「――そうかぁ。じゃあ、君が彼女に早く新しい結婚相手を探してあげなきゃねえ。ダイアナは末娘で甘やかされて育てたから、わがままでね。精神的にも子供なんだ。その上、こんな荒々しい城砦で育ったものだから、気が強くて男性に(へつら)うことはしない」


 辺境伯は肩を竦めながら苦笑いをみせた。

 

「やられたらやり返せって教えてきたけど、そんなことをねぇ……。継承者とか、領主になるとかその考えはダイアナにはなかったみたいだね」

 

 はあ、と深くため息をつきながら、父としての失望感を漂わせ、騎士団長と顔を合わせた。団長もまたひたすら「愚息がすみません」と謝罪し続ける。

 

「理解していたと思ったのになぁ……」

 

 伯爵はぼそっと呟くと、気を取り直して、リアムに神妙に告げた。

 

「まあ、条件は飲んであげて。よろしくね。でも君も軽薄なのは良くない。覚悟を決めて跡を継いでくれると期待していたんだがとても残念だよ」

 

 白羽の矢を立てられた騎士は、娘の幸せを託した父の嘆きを重く受け止めた。

 

「すべては私の責任です。真摯に向き合わせていただきます」

 

 リアムは立ち上がり、辺境伯に敬礼をし、誠意を見せた。

 

「じゃ、そういうことで……」

 

 柔和な返答だが、許されることはない。(なまくら)らとしてリアムは切り捨てられた。

 しかし、リアムは恥を承知で伯爵を追った。

 

「お待ちください閣下」


 罰を下した男から、反省も見られぬまま、無礼にも呼び止められ辺境伯は表情を一変、不快を露わにし振り返る。

 

「おまえっ!」


 唸るような声を上げた団長が、未練がましいとリアムの肩を押さえ付けた。

 言うが早いかリアムは声を張り上げ先を続けた。

 

「この場をお借りして報告させていただきたいのです」

 

 ジェノバで捜査を始めるには、伯爵の許しを得ねばならなかった。

 騎士として干されても、貫き通すべきことがある。

 両腕を捉えられ抑え込まれた体制をかわし、前に出るとリアムは主君へ跪いた。


「調べている案件の捜査報告をさせてください」

 

 大きく吐いた溜息が、リアムの前後から聞こえてくる。呆れか失望か、気を取り直すためか。伯爵は男たちを見回すと、肩の力を抜き再びリアムに歩み寄った。

 

「――埒のあかない話よりもいいかな。聴こうか」

 

 冷めていた瞳に情を宿し、辺境伯はリアムの肩を叩く。

 側で控えていた団長の握られた拳も解かれた。

 

「騎士としてやる気はあるんだ?」


「もちろんです。改めて下積みからお願いいたします」


「そうだね。今後、王都で君は晒し者にされるんだろ? 女ったらしの不埒な英雄で終わるか、真の英雄で終わるかは、君の生き方次第ってわけだ。ダイアナもしかりだ。学ぶことはたくさんある」


「理解して頂けることを光栄に存じます」


「君のことは、理解も信用もしている。ジェノバの為に命を懸けて戦った男だからね」


 今回の失態を受容しその上、戦った仲間として伯爵が思っていてくれたことに、リアムは積年の思いを馳せた。この紛争の地で育ち、傷つき戦ったことへの虚しさも、伯爵の言葉で打ち消された。


 激怒していた騎士団長までも、目頭を押さえる。


「――っで? 報告ってなんだい」


 伯爵は軍師として席に座り直し、リアムに報告を促す。


 リアムはジェノバの盗賊集団、そこに行き着くまでの経緯を話した。

 レインの事件、盗品の行方からジェノバにある『幻影商会』に辿り着き、その商会が、怪しい貧困地区と繋がりがあること。

 そして――盗賊たちが残した、窃盗のみならず「発掘」という言葉。


「発掘……」


 ジェノバの重鎮二人がリアムの話に相槌を打つ。

 ジェノバではここ最近、近隣の裕福な家を狙う傭兵上がりの強盗が、頻繁に出没しているという。

 ジェノバ騎士団が捜査に乗り出すと、街ではある噂も飛び交い始めた。

 それが、盗掘だ。大量に駆り出された貧民たちがいると言う。

 現在騎士団がその捜査を継続している最中らしい。

 

 


 リアムはジェノバで捜査に加わるために、王都へ帰ることをやめた。

 その後、日に日に盗掘の噂は広まり、それは現実となった。


 いつ、どこで漏れ伝わったのか、「赤い雫」の話まで降って湧いて出た。

 ボルダロッドからジェノバに跨る山河を盗賊のみならず、一般庶民までもが一攫千金を求め、占拠し始めた。

 それが、隣国に伝わるのも時間の問題だった。













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