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5 街のパン屋

 

 王都を貫く大河の川沿いを、紅葉の並木道が彩っている。

 そのすぐそばの繁華街では、賑わう街を終始監視しながら、二人の若い騎士が馬上で声を抑え話をしていた。


「やはり辺境地から王都に移り住む人が、徐々に増えているらしいぞ」


「ああ、国境付近は隣国との小競り合いが絶えないからな。今回のシャルル・リゴー大使の事故をきっかけに、紛争が激化したのは確かだ」


「リアムの父上が辺境の砦を指揮しているんだろ? お前も帰って応戦するのか?」


「本格的に戦争が始まれば帰るかもな」


「まあ、辺境地への派兵命令も(じき)に出るだろうよ。お前だけじゃなく、俺たち第二部隊で赴くことになるかもしれないなぁ」




 噂でしかなかった戦争の話が、現実味を帯びてくると、紛争地を逃げ出し流浪する者や、紛争で既に家や職を失い盗賊となった者などが王都に流れてくるようになった。

 そのため若い騎士たちは連日馬を駆り、王都の治安維持のため巡回し悪意の芽を潰しに回っていた。

 そんな不穏な気配を感じながらも、紛争地から離れた王都の住民たちは、普段通りの生活を営んでいた。昼近くになれば商店街は賑わいすらみせている。




「そうだ、あそこ寄っていこう!」


 騎士の一人が、暗い話題を切り替え、声を張り上げた。


「あのパン屋か? ジャガイモパンの店だろ?」


 相棒の騎士も、彼が指さす先を見て手で了承の合図を送る。


「そうそう。もう、午前の巡回も終わりだろ? 俺、大好きなんだよね」


 言うが早いか、騎士たちは馬を降り手綱を手早く街路樹に括り付けた。


「いらっしゃいま~し!」


 恰幅の良い女主人の大きな声が小さな店に響き渡る。


「あ~らあ、メイソン様。いつもありがとうございます」


 常連客が来店すると、店主の粗野な声が艶っぽい裏声に変わった。

 その変貌ぶりが可笑くレインは店の奥の厨房で肩を揺らして笑っていた。

 ちょうど焼きあがったパンを窯から出す作業に追われ、耳だけ傾け店の様子を気にかけていたところだった。


「こら、レイン!」


 目聡く咎められ、レインは込み上げる笑いをぐっと飲みこんだ。

 それでも大声の店主の陽気な会話はレインの耳に自然と聞こえてくる。

 パンを並べながら口角は上がるいっぽうだった。


「ジャガイモパン、五個もらえるかな」


 張りのある男性の声が聞こえてきた。


「はい、毎度ありがとうございます。そちらの騎士様はいかがいたします?」


(まあ!騎士様だったのね)


「ああ、そうだな。俺もジャガイモパン五つもらおう。評判だそうだね」


 もう一人の男性に、店主のアンナは少し畏まった口調で話している。彼は来店が初めてのようだ。


「ぜひ、贔屓にしてくださいね。こんな素敵な騎士様たちが度々店に来てくだされば、店の評判も上がりますから」


 王宮の騎士といえば皆がこぞって憧れる花形だ。騎士たちが足を運ぶパン屋には若い子たちが集まる。

 店主にとってはお客を運んできてくれる大切な福の神なのだ。根っから商売人のアンナは下心も隠さず上手にお客様を気分良くさせている。


(騎士様……)


 レインも一人だけ、美しい騎士を知っていた。アンナが褒める素敵な騎士はどんな人なのかと興味が湧き、思わず厨房からひょいと顔を覗かせた。しかし間が悪く覗いた途端、パチリと目が合ってしまい、すぐに顔をひっこめた。


(……!)


 見覚えのある赤い耳飾りが目に留まった。


(――あの方、森で会った騎士様だわ!)


 もう会うこともないだろう、と思っていた。

 勝手に絵を描いたこともなんとなく後ろめたい。

 とはいえ「こんにちは、覚えていますか? 絵を描かせていただきました」なんて、明るく出ていけるような性格では全くない。

 レインは厨房に身を潜めた。

 ひたすらパンを木箱にきっちりと整列させることで、困惑を静めていた。

 そう、見て見ぬ振りを決め込んだのだ。

 するとアンナがあっさりと、レインを話題にし始めたのだった。


「このジャガイモパンはね、あの子が考案したんだよ」


 アンナは厨房の方を振り返り、レインに聞こえるようにさらに大きな声で会話する。


「今、小麦があまり入ってこなくなりましてねぇ。穀物大国が情けないですよ。紛争地の小麦畑が戦で潰されているらしくて。だから、小麦をあんまり使わずにすむパンはできないかって考えてみたのよ」


「やっぱり影響が出ているのか。新しい発想で乗り切るのはスゴイね。蒸かしたジャガイモを味付けしてパンに入れたのは斬新だ。それに美味しいよ」


 戦争の影響が出ているという話に騎士達は真剣な面持ちのまま、レインのいる厨房にちらりと視線を投げた。


「そうでしょ。レインはちょっと内気だけど、発想力がすごいんですよ。ほらあれも……」


 といってアンナは指さす。

 ――厨房の扉から見え隠れしている、大きな茶色い、何か。

 レインは背中を向け、ひたすら身を隠していたが、頭にかぶっていた大きな帽子のことはすっかり忘れていた。

 騎士の二人はアンナが言わずとも、先程からその茶色の帽子が気になっていたようでもあった。


「ねぇ~レイン、ちょっと出てきなさいよ」


 名を呼ばれれば、無視も出来ない。

 レインはしぶしぶ、厨房から出てアンナの側へ歩み寄った。


「ジャガイモパンの生みの親、先月から雇っているレインよ。店には午前中しかいないから、初めて見る顔でしょう?」


 快活で人当たりの良い店主は、とても世話好きだった。

 彼女はレインを快く雇い、公私ともに面倒を見てくれた。

 内気な性格を心配して、広く交流を持たせようとレインを色々な人に紹介する。

 それは内気なレインにとっては少々苦行だった。


 レインはぎこちなく商売用の硬い笑顔を騎士達に向けた。

 耳飾りの騎士はレインの顔を見ても、特に気に留めた様子は見せなかった。

 レインが恥ずかしさに耐え兼ね俯くと、頭上の帽子がずるりと重く垂れさがった。


「――プッ!」


 騎士のどちらかから聞こえた。


「それは……なんだい?」


 レインが手で押さえた帽子を、常連客の騎士が笑いを堪えながら指さす。


「あ、あの、これは、……ジャガイモパンの宣伝用の帽子です。えっと……これをかぶってパンを品出しすると、お客さんに焼きあがったのが分かって、すぐに買いに来てくれるんです。……これ、ジャガイモに見えませんか?」


 大きな帽子はジャガイモを(かたど)ったクッションのようなものだ。レインが宣伝効果を意識して作った力作でもある。


「奇抜だね」

「えっ?!」


 奇抜なことをしたつもりなど無かったため言われて驚いた。

 二人の騎士は、腕を前で組み、感心している。

 「ふ~ん」と興味本位に赤い耳飾りの騎士が、その大きなジャガイモを指で突ついてくる。

 突いた部分は綿が入っているため、小さく凹み、反動でジャガイモの芽の部分がポコリと飛び出した。


「いたた……」


 なんとなく出たレインの呟きに騎士は目を丸くして、手を引っ込めた。

 途端、常連の騎士は、手を叩いて笑った。

 騎士の笑いを誘ってしまい、レインは恥ずかしさに帽子を目深にかぶって顔を隠した。

 すると耳飾りの騎士が悪戯な笑みを浮かべて、もう一度突いては声に出して笑うのだった。


 森で出会った赤い耳飾りの騎士を目の前に、レインは遠慮がちにその笑顔を目で追った。











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