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44 退院

 

 王宮を覆い隠す深い森。

 そこで埋もれた木の葉のように暮らしていたレインを誰かが見つけ、踏み潰していった。


 レインは帰り支度を済ませ、病室の窓から不安げに裏山を仰いだ。


 まだ痛みはあるが、熱も下がり日常生活を送れるようにはなった。

 処方された薬をもらい受けると、レインは診療所の裏庭へと案内された。

 ――グワッ、グワッ、グワッ。

 まだ動きが鈍い体を()いて、助けてくれたアヒルを迎えに行く。

 手招きするカーソン医師に会釈をすると、彼は同時に柵の扉を開け放った。

 すると腕の中に勢いよくアヒルが飛び込んでくる。


「モットさん!」


 抱きしめ、温かい羽に顔を埋めると、モットも(くちばし)でコツコツと腕を突いてくる。


「なんだよ、あの暴れアヒル、あんな奴でもやっぱり寂しかったんだな」


 若い医師の会話にカーソン医師も同調して頷く。

 想像するに、医師たちに預けたアヒルは相当彼らをてこずらせたようだ。


「これっ、モット!」


 穏やかなカーソン医師でさえ、アヒルに声を荒げている。


「よくお聞き。レインはまだ安静が必要だから自分のことは自分でしろ。何かあったらここにまた知らせにきなさい」


 真剣かつ丁寧にアヒルを諭すカーソン医師の様子に、若い医師たちから笑いが起こる。続いて、弁の立つ若い医師までもモットに言って聞かせた。


「お前は気が荒いし、態度も大きい。だが、アヒルのくせに何でも理解しているところがスゴイ。リアム様もお前の世話しながら、不気味がってたぞ」


「えっ、リアム様が? モットのお世話を?」


 レインは驚きに声を出す。


「そうなんですよ、毎日仕事終わりに立ち寄って、あなたの様態を確認した後、アヒルに餌をあげてお帰りになられていました。モットがこんな調子なんで、いつもけん制して睨み合っていました。それが面白くて、面白くて」


 つまりは、リアムは昨日の顔合わせが初めてではなかったということだ。


「リアムさんは、面倒見がよくて優しい、その上この国で一番の強い男だ。ますます憧れちゃいましたよ」


「この国で一番強い男?」


 レインはオウム返しを繰り返す。


「そうですよ、戦場の話だけじゃないんですよ。先月の馬上槍試合も千人の騎士の中から勝ち残って、最後は槍を捨てて剣で相手の胴に入り込んだんだよ。そしてあっという間に一撃で倒して勝ったんですよ! それは見事でしたよ」


 リアムのことは敢えて、耳に入れないようにしていた。

 それでも、庶民を招いた王宮の祭りも知らなかった自分は、あまりにも世の中に疎すぎる。


「何も知りませんでした」


 飛躍する同年代の活躍がレインに劣等感を植え付ける。

 事件のあった家に帰る恐怖、今後苦しくなるであろう生活の不安、動かない身体がレインを悲観的にさせるのだった。


(はやく、どうにかしなきゃ)


 己の苛立ちに歯噛みするレインに、モットだけが親身に寄り添う。

 ――グワッ!

 感情まで理解できるアヒルはレインを優しく突き、励ますように声を張り上げた。

 その愛おしさにレインはアヒルにピタリと頬を寄せるのだった。


「ありがとうね。問題山積みよ。帰ったら手伝ってね」


 医師たちとの挨拶を済ませると、人の気配を感じレインは振り返った。

 そこには、今までとは全く違う、穏やかな微笑みを湛えたリアムが立っていた。


「レイン、リアム様と帰りなさい。君を心配してわざわざ来てくれたんだよ」


 カーソン医師とリアムが親し気に目配せする様子は、毎日通い続けた彼だからなのか。昨日、頼ってくれ、と彼から告げられたが、退院の付き添いを頼んだ覚えはない。


「――でも、騎士様にそんなことをしていただくのは……」


()()、ではない。君も道中が不安だろう? 体調も本調子ではないし、事件のあった家に一人で帰るのは心配だろう?」


 カーソン医師に背中を押し出される。リアムは、仕方ない、といった表情をレインに向け、アヒルには手でシッシツと追い払うようなそぶりを見せた。

 レインはまだ痣の残る顔をスカーフで隠して、どう断るべきかと思案する。


「そのスカーフと、靴もリアム様が君に用意したものだ」


 医師が指さすスカーフは、昨日「親友から」だとレインのもとへ届けられたものだった。


「えっ? パトリシア様からではないのですか?」


 靴を渡された時に、結婚式用に欲しかったあの靴に似ていると思っていた。

 改めて見返せば、似ているのではなく同じ物のような気がする。顔を隠すために用意してくれたスカーフも新しく良い品だった。レインは慌ててリアムに頭を下げた。


「あの……、お礼も言わずに失礼いたしました。後日綺麗にしてご返却させていただきます」


「いや、レインのために揃えたものだから受取ってくれ」


 リアムが揃えた経緯はわからない。ダイアナがあの店でわざわざレインの為に見立てることをするはずもない。レインの立場からすると、騎士団からの配慮ならありがたいが、リアム自身からの贈り物となると、なんとも彼の婚約者に気まずさが残る。


「これは……あの服飾店の靴ですね。とても素敵なのですが、私には高級すぎてちょっと、頂きにくいのですが……これはその、騎士団からのご配慮でしょうか、もしくはリアム様個人の……」


 どうしたものかと、靴に視線を落としたままになるレインに、リアムは気弱に「俺個人だけど、ダメか?」と返答する。


 ――グワァッ!


 レインが答える間もなく、モットがとリアムに向かって嘴を開いた。

 それが宿命だと言うかように軽く飛び上がり嘴でリアムに向かって攻撃する。

 レインのスカーフを嘴でもぎ取り、地面に落とすと黄色い足でペタペタと踏みつけた。



















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