プロローグ
“視える”女流画家 × 選択ミス英雄
【切なあったかラブファンタジー!】
荘厳な王城の長い長い廊下を、パタパタと走ってくる者がいる。
息を切らしている割には、進みがまったく遅い。
コロコロとした体は転がした方が速そうだ。
「婆や殿、どうなさったのですか?」
行きかうメイドたちが次々問うも、老女は苦い笑いを見せて忙しなく通り過ぎてゆくのだった。
窓の外では、彼女の心配も他所に、キラキラと雨の糸が陽の光を浴びながら楽しそうに輝いている。
その稀に見る美しい雨は「奇跡の雨」と呼ばれ、ここ王城では皆がその雨に希望を託し顔をほころばせるのだった。
やっとの思いで辿り着いた、目が眩むほど大きな扉を、老女はノックもなしに両手で押し開いた。
ギィィと軋む大きな音が王の間に響き渡ると、王の視線を呼び寄せた。
とてつもなく広い、真っ白に輝く大理石の先に鎮座した王は崇高な笑みを湛え、老女を見やった。
老女はビクリと身体を震わせ、へなへなとその場にしゃがみこんだ。
長い廊下を走ってきたため、これ以上歩くこともままならない。
急を要した老女は無礼を承知で大きな声を響かせた。
「へっ、陛下!」
銀の椅子に腰かけた巨体が、傍に控えていたこれまた屈強な体躯の騎士に耳打ちをすると、騎士はすぐさま、のしのしと老女のもとへと歩み寄った。
「婆や殿、慌ててどうなされた?」
老女は騎士を見上げ荒い息を吐き出すと、無言のまま床に頭をこすりつけた。
騎士は、やれやれと言った様子で老女をひょいと背負い、王の前で老女を降ろした。
巨体を傾け、ひじを突く王の姿は威厳があり、普通の者なら圧倒されて声も出せないだろう。
だがこの王、末娘のことになると、まるで人が変わった様に優しい顔になる。
世話係の婆やを見れば、姫のことを問うのは日常的だ。
「婆や、おチビの事か?」
穏やかな声色に老女は委縮した。
これから逆鱗に触れることはわかっているからだ。
老女は告げる前にゴクリとつばを飲み込んだ。
刹那、「陛下! 姫様が!」と無礼にも再び大声が響き渡った。
言葉を紡ごうとした老女はすんでのところで、割り込む侍従の声に先を越され暴かれた。
王の眉間にみるみると皺が寄った。
王は窓の外を睥睨し、声を荒げた。
「……連れ戻してこいっ!」