9
そして一週間後。いよいよ土井のライブでの歌唱デビュー戦がやってきた。この前買った衣装に身を包み、コンタクトもして意を決しライブハウスに足を踏み入れる。
「あの、いつもこのくらいのペースでライブやってるんでしょうか」
と土井は素朴な疑問を口にする。
「んなわけないじゃん。文化祭前ってのと何よりお前のための特別措置だよ。これ終わったら次は文化祭前の一回しかないからな」
「それは、なかなか厳しいですね……」
「だからこそ見極めだしこの時期なんだろ。無理なら無理で文化祭はギターだけでやるだけだからな。今日もとにかくリハでテストだし、お前にとっては幸いなことに前回同様いつメンだ」
「それは助かります。でもこういうのってお金かかるっていうかチケットノルマ? がどうこうとか見たことある気がするんですけど」
「そうだよ。そこはまあなんかお前が少し多めに出してくれてるし。お前の特訓のためだから当然っちゃ当然だけどさ。あとここは優しいから高校生はかなりノルマ低い。しかもカワさんたち、『gokohh』のみんなとかが私たちの分も持ってくれてるし、しょっちゅう一緒やってくれるからさばきやすいし。まーありがたいよほんと。それよかお前そのまんまなんだな」
「え?」
「いや、今はコンタクトだけど学校で見たときとか縛ってねえしメガネだしでほとんど前のまんまだったからさ」
「ああ。単純にコンタクト高いですしメガネあるしもったいないなって。練習と本番用です。髪は、単純に縛り方分からなくて。あれどうやってるんですか?」
「動画見ればわかるだろ」
「じゃあ私がやったげるよ!」
と吉田。
「人の髪いじるの楽しいしねー。まあ一応動画見るか」
とスマホで動画を見ながら土井の髪を後ろでまとめて団子にする。何度触られても慣れぬ土井。とはいえ「ふひ」もキモオタスマイルもするわけにいかず、思い切り目をつぶり顔のパーツをぎゅっと真ん中に寄せてなんとか耐えるのであった。
「やべー顔。そんなに嫌か」と古石。
「嫌なわけないじゃないですか! こうでもしないと耐えられないんですよ!」
「なにが? あ、もしかしてこういうのくすぐったいとか?」と吉田。
「そんな感じです! ととにかく! 毎度お手数おかけするのもご迷惑なんでちゃんと自分でできるようにしときますんで!」
「私は全然いいけどね。でもやっぱ自分でできる方が絶対楽しいからそのほうがいいよ。自分で髪いじって思い通りにできるとね、なんかヨシッ! って、自分の人生ちゃんと自分でコントロールできた感じするからね!」
「そうなんですか……でも自分の人生自分でコントロールって、そういうの多分すごい大事ですよね」
「そうそう。身だしなみっていうのもさ、ささいなことだけどそういうことじゃん? 毎日の生活の細かいとこからさ」
「なるほど……すごい勉強になります。俺今までそういうの、自分のこととかどうでもいいしほんとできることしかやってこなかったですけど、そういう小さな点も一つ一つやって自分の手で動かせてる、変えられてるって積み重ねていけばそういうのも自信になりますもんね」
「そーそー。私はそんな意識ではやってこなかったけど、でもそういうの必要な人にはすごく必要かもね」
吉田はそう言って笑う。人と関わるのは、単に言葉を交わすというだけではない。こういう些細な言葉の一つ一つでも自分が変わっていく。変えられるし、変われる。自分一人では決して出会えなかった言葉、考えもしなかったことに遭遇する。人と関わるというのは、外に出るとはこういうことなのか。本当に、外に連れ出してもらってよかった、誘ってもらえて、本当によかった、と土井は改めて思う。
「――吉田さん、本当にありがとうございます」
「いいってこれくらい。こっちも楽しいし」
「いえ、それだけじゃなくてその、俺のことバンドに誘ってくれて」
「そう? じゃーどういたしまして!」
吉田はそう言い、ニッと笑うのであった。
リハーサル。前と同じように狭い舞台袖を抜け、ステージに上がる。今度はすべてが見えている。一度目とは違う。改めてこんな光景だったのか、見えてないときよりずっと広く感じるな、と思う土井。フロアにはこの前と同様「いつメン」が待っていた。
「みなさんおそろいで。ありがたいっすけど暇っすねー」と外田。
「わざわざ時間とって来てやってんのになんだてめー!」と高井。
「それはマジありがとうございます。トビさん今日も飲んでんすか?」
「いや……今日はまだ……」
「マジ? どうしたんすかめずらしい」
「実は健康診断の数値結構ヤバくてさ……」
「え……トビさんまだ二一っすよね。ていうか健康診断とか受けてたんすね」
「カワとか事務所の人にも言われてなー……私もバンド長くやりたいからさー。さすがにヤバいから五時までは飲酒禁止って」
「結局その後飲んでたら意味なくないっすか」
「禁酒は、辛いんだよほんとー。もうなんか体だるいしよー」
「それは今まで飲みすぎてたせいだけどね~」と代々木。
「んじゃ今日は満を持して土井も歌いまーす。というかその予定。ちゃんとできるかリハで確認しとこうって。どう土井。いけそ?」
「えーっと……まあ今はリハですしみなさんすでに会ってるんで、そういう意味では今は緊張はないですけど、実際やったらどうかはちょっとわからないです」
「というか土井雰囲気変わりすぎじゃね? なんだよそれ夏休みデビューかよ! 反社みたいな頭しやがって!」
と『懺悔』の上津。
「タトゥーだらけのアオさんが言っても説得力ね~」と古石。
「俺は高校の頃なんか生まれたままのきれいな体だっつうの!」
「それもそれできめ~。毛もないつるつる」
「ボーボーだったし!」
「てほどでもないだろお前毛薄いし」と人間。
「まーとにかくやるだけやってみよっか。いざとなったら前みたいに後ろ向いてもいいしさ。歌なんて歌えれば、聞こえてればいいんだし。一歩ずつだしね」と吉田。
「逆に後ろ向いてる方が女子ん中で目立たないように配慮してるとか勝手に好意的に見てくれる古参ファンもいるかもな」と奥馬も言う。
「確かにそういうのもあるかもしんないっすね」
「でも絶対お客さん見ながらのほうが楽しいって。反応見えるし。自分の歌でぐおおおおって盛り上がってるの見るのほんと気持ちいいよ!」と吉田。
「そうですね……それもやってはみたいですけど、やっぱり最初はとにかくライブとしてちゃんと成り立たせたいんで。無理そうなら失礼ですけどこの前みたいに後ろ向いてとかで、とにかくリハで試してみます」
土井はそう言いセッティングをし改めて今度は正面を向いて立つ。目の前には、この前と同じメンバー。人数も変わらない。彼女たちは、みな知っている。すでに知っている。自分はできるということを。それをすでに見て知っている。だから大丈夫、何も恐れることなどない。自分はできる、できるんだ。それをみんな、知っている。
でも歌は、別のはずで。自信がないわけではない。けれども歌は、ギターほど客観的な正解というものがない。バンドのメンバーには褒められているが、万人にとってそうであるわけでもない。それに自分は、女声もだすという変則歌唱。果たして本当に、通用するのか。受け入れられるのか。それにこの前出会った、南戸真知の存在。もちろんここにいる人は皆彼女を知っている。彼女がいたバンドを、彼女の歌を聞いている。そうである以上どうしたって比較が生じる。なんであいつの代わりにこいつが。そういう呪いの言葉が、頭の中に浮かんでくる。自分一人の妄想の呪い。
迷い、不安。そんな中、いよいよリハーサルが始まった。
目に映る。視界に入る。極力下を見、手元を見ているがこの前よりはるかに人の存在を、視線を感じる。そうである以上どうしても不安や緊張が湧き出てくる。大丈夫、できる。この人たちは知っている。けれどもそういう言葉とは違う、慣れ。自分の存在すべてに染み付いたもの。そうしていよいよ、自分の歌唱パートが来る。歌う時はどうしても、顔を上げなければならない。前を向かなければならない。マイクに向かって。どうしたって、どうしたって……
声は、うまく出なかった。歌っているのか、歌えているのか、自分がどんな声を出しているのか。そもそも声が出ているのかもよくわからない。軽いパニック状態。そうなると演奏の方にも支障が出る。余計なもの、余分なもの。あっという間にそれに埋め尽くされる。集中ができない。音が聞こえない。音楽が、ライブが、自分から離れていく。そうしてどこまでいっても自分、自分……
リハーサルが止まる。
「オッケー。一回止めよっか」
「……すみません! 次後ろ向きでお願いします!」
へこたれてる暇などない。自分のせいで迷惑をかけている。時間もない。土井はすぐさま顔を上げて言う。額には汗。その目には、確かに変化が現れている。
「了解。別に後ろがすべてじゃないからな。それができたら横とかよ、徐々に変えてって、近づけてきゃいいし」
と珍しく外田も優しめにフォローする。
「はい! すぐ準備するんでお願いします!」
土井はすぐさま機材を動かし、この前同様後ろを向く。視界は一気に狭まる。壁が近い。その閉塞感は、居心地がいい。
「今度こそ私だけを見てな」
古石がそう言いVサイン。しっかりそれが、目に見える。安心感がある。土井はふっと微笑み、すぐに自分の頬をバチンと叩き気合を入れ、鋭く一つ息をつく。
「いつでも大丈夫です!」
そうしてまた、リハーサルが始まった。
今度は先程とは違う。全然いい。視界が狭い、壁が近い、壁しか見えない。人が見えない、視線を感じない。それだけでこれほどにも違うのかと思う。ほとんど自分一人の時に近い。そうしてやってくる歌唱パート。今までと同じ。一人の歌。この狭さは、ある意味一人カラオケにも近い。あれと同じように。自分のうっぷんを晴らすように。目的は違えど、動機は違えど、とにかく声を出さねば始まらないのだと。
土井は背を伸ばし、顔を上げ、マイクに向かって、声を上げた。
「――オッケー! ちゃんと歌えてた! ギターも完璧だよ土井!」
と吉田が親指を立てて声をかける。
「……うっす!」
土井もグッと親指を立てて返す。
「すげーすげー! マジどうなってんの土井ちゃん!? 今のホントに土井が声出してたの!?」
と高井も拍手しながら言う。
「完全に女の声だったな……そりゃマチとは違うけど、というか普通に歌うまいし。なんだよこの変化球、っていうより秘密兵器。すげー武器持ってんじゃん」
と奥馬も苦笑いといった具合に言う。
「なんでヒデちゃんが土井くんのこと誘ったかようやくわかったね~」と代々木も続く。
「ありがとうございます……その、どうでした? ほんとにお世辞抜きで伺いたいんですけど」
と土井。
「いや、まあうまいでしょ普通に。男が出してるっての抜きにしてもさ。もちろん私らはマチの知ってるからどうしたって比較しちゃうだろうけど、これはこれで別にっていうか、逆に男だからこその中性的な感じっていうか、悪くないし、十分合ってると思うし」と奥馬。
「声もしっかり出てたね~。声量も問題なし。後ろ向いただけでこんな変わるんだって逆にびっくりかな~」と代々木も言う。
「マジどうなってんのそれ? なんでそんなんできんの?」と高井。
「えっとその、小さい頃に一応軽く声楽やってて、あと元々地声が高くて、ってそんな感じだと思います……」
「声楽!? すげーなエリートじゃん……これでピアノまで弾けんでしょ? すげー……いるとこにはいんだなこういうのも……」
「それがオタクで引きこもってたなんてもったいないね~。宝の持ち腐れっていうか。ほんとすごい子見つけてきたね~ヒデちゃんは」と代々木も言う。
「――ひらめいた。土井、その声で催眠音声で稼がないか?」と『懺悔』の人間。
「何言ってんだお前」と奥馬。
「何って催眠音声だよ。同人の。ASMR。可愛い女の子の声で耳元でささやくような音声」
「……土井、こいつらとは遠慮なく縁切っていいからな」
「土井くんはさ~、それで普通に男の人の声でも歌えるの?」と代々木。
「そうですね一応。ある程度声、高さというか音域声域はいじれます。低いのもそれなりには」
「すっご。万能じゃん。でも確かにそれあんならめちゃくちゃ表現の幅広がるな。ピアノ、キーボードまでできんなら。これは『yacell』えらいことになんじゃねえか?」と高井。
「でも今んとこは既存の曲を、とりあえずマチのとこ土井に置き換えてやってくだけ?」
と奥馬。
「そうですね。まー編曲で色々できりゃですけど、今は時間もないですし土井もまだ慣れてないんで。歌に関しては既存のに男声はさすがに合わないと思うんでやらないと思いますけど。これからの新曲次第だと思います」
と外田が答える。
「なるほどね……でもほんとこれは他にない強みだな。女三に男一ってのも変則すぎるけど、こういう結果出せるなら全然ありっていうかむしろ強みだし、理由もわかるし。けどまー多少もったいないよな。これをちゃんと前向いて顔だしてやれたらインパクトすげーし。まあ急がずそのうちできるようになればいいんだけどさ」
「そうですねー。でもちゃんとできるってわかっただけで収穫じゃん。土井やったね! これでちゃんとできるって自信持てたよね?」
「はい。とにかく一回できればですし、後ろ向いてるとお客さん全然関係ないんで本番でもいけると思います。もちろん最終的にはちゃんと前向いてやるつもりですけど」
「うん! でも目標、明確な期間はあったほうが練習も身が入るしね。とりあえず文化祭までには前向けるようにする! っていうのはどうかな」
「あと一ヶ月ちょっとですね……はい! ダラダラやっててもしょうがないんで、俺もそのつもりでやっていきます!」
土井は、しっかり拳を握り答えるのであった。
*
そしてライブ後。後ろ向き歌唱により、本番でも土井はほぼ問題なく歌うことができた。もちろん最初は緊張もあり声が出にくく音を外すこともあったが、徐々に慣れて最後は完璧に。客の反応も上々。というより最初はほとんどの者が何が起きたかわからなかった。ボーカルの吉田、というよりステージにいる女子は誰も歌っていないのに、女子の歌声がする。誰? 録音? とも思うが音はたしかに生のもの。というか、よく見るとステージ唯一の男子が歌っている、ように見える。そういう後ろ姿。斜めからだとよりはっきりわかる。え、もしかしてあいつ? これあの男が歌ってんの? え、マジ? 女の声じゃん。え、女なの? どう見ても男だけど。とういうかこの前から雰囲気変わりすぎじゃないあいつ? 等々。それはライブ後に直接土井のもとにも届けられ、そのほとんどは好意的、褒め称えるものであった。マジすげー、びっくりした、どうやってんのあれ? 等々。自然土井の顔もほころぶ。そのマンバン頭のキモオタスマイルを見ると客はさらに「なんかこいつほんとイメージと違うな……」とわけがわからなくなるのであった。
そして解散前。
「これでまた一つ課題クリアだな。なんだかんだ順調に進んできてんじゃん」
と外田はやはり珍しくしっかりポジティブな言葉を発する。
「そうだねー。これなら普通に文化祭いけそうだし」
「というかいけるようにやるだけよう!」と古石も言う。
「土井ももうほとんど既存の曲は弾けるしな。マジで吸収速度はええわ。そんだけ練習してんだろうけど。どうよ、実際余裕出てきた?」
「そうですね。余裕というかまあ、弾けるようにはなったんであとは慣らしといいますか、忘れないようにって確認な部分はあるんで。一人の練習の時ですけど」
「そっか。んじゃやってみようぜ。こんな早くここまでいけると思わなかったけどさ」
「やってみようって何をですか?」
「作曲」
外田はそう言いニッと笑う。
「作曲やったことないって言うけど完全にゼロじゃないんだろ? そんだけ音楽経験あってピアノまでやってんだし」
「それは、まあそうですけど……でも完成までいかないっていうか、ワンフレーズだけ思いついてとりあえず録ってみて終わりみたいな感じですし。歌詞にいたっては完全にゼロで」
「そっか。基本曲作った人間が歌詞入れる感じでうちらはやってるけど、必ずしもそうじゃないからな。思い入れとか考えるとそっちのほうがいいけど」
「私たちも挫折してマチさんに助けてもらうとかよくあったからねー。マチさん歌詞うまいし。やっぱ頭いい人は歌詞も書けるんだなーって」
「そうだな。まーとにかくさ、こうやって歌えるとこまで来たんだし、夏休みで時間もあるしいっちょ腰入れてやってみろよ。お前のギターとかキーボードとか男声活かせる曲をさ。そういうのは多分うちらじゃうまく作れないだろうし。お前だってそんだけ長く音楽やってりゃ自分で曲作りたいとかもあったんじゃねえの? バンドなんか始めたらなおさらさ」
「そうですね……それは、曲っていうのはどういうのでもいいんですか?」
「聞いてみないとなんともいえないけど、知っての通りうちらも人によって結構テイスト違うからな。私とヒデとマチさんじゃさ。だからまあ、あまりにもうちらのバンドから逸脱してなけりゃいいでしょ。いざとなったらみんなで編曲魔改造するし。私はとにかくかっこよけりゃいいけど」
「やっぱライブで盛り上がるようなのがいいよね! 自然と体動いちゃうやつ!」
「私はどんなのだろうと完璧にドラムつけてやるから叩くの楽しいやつでよろしく」
「最後のが一番難しい注文に思えますけど……」と土井は苦笑いする。「でもわかりました。できるかどうかはわからないですけど、やってみます」
「うん。私たちもいつでも相談するからね。途中でもなんでもいくらでも聞くから、少しでもできたら持ってきてよ!」と吉田も言う。
解散し、一人夜道を家に向かう途中。土井は作曲について考えていた。というより、自分が作った曲を自分がライブでやっている、その姿、その光景。それは何度も妄想してきた景色。ステージ上で、どこまでもかっこいい自分。おそらく想像もできない快感がそこにある。自分が作った曲を自分でやる。歌う。それで何万という観客が、盛り上がっている。熱狂、発狂している。そんな夢想。誰もが一度は思い浮かべるような光景。もしそれが、ほんとに実現できるなら……
自分は、自分が夢想した自分にまた一歩近づける。実現など考えたこともなかった妄想上の自分であったが、そこに手が届く、気がする。ありえないことではないように思える。というより、もし本当にそれができたら……想像するだけでも、それは楽しい。最高に気持ちいい。
やるか、やらないか。目指すか、目指さないか。それだけだった。できるかどうか、可能かどうかなど関係ない。それが一番良さそうだから、そこを目指して走るかどうか。
自分のこれまではどうだった? 楽しかったじゃないか。最高だろう。自分にこんなことできると思わなくて、絶対無理とやるまえから諦めていた、拒絶していたけれど、実際やってみて、立ってみて。バンドで演奏して、歌って。それはもう、これまで経験したことのない喜びに満ちてただろ。何もかもが削ぎ落とされていき、痩せていき、音楽だけになるあの感覚……
それをもっと、究極的に味わいたいだろ。自分の曲をやるという形で。
夢をみろ。夢を見ていいんだ。それがわかっただろ。だって自分はまだ子供じゃないか。まだ高校二年生じゃないか。夢を見てもいいんだ。それを目指してもいいんだ。それを自分に許しても、いいんだ。
夢を見よう。自分がそれをしたいから。
土井は歩く。その足元は徐々に速くなっていく。歩け、歩け。急げ、急げ。曲が頭の中に浮かんでくる。これまでもずっとそうだったろう。それを書き留めろ。書き留めていいんだ。それを世界に、表現していいんだ。
やろう、やろう。この曲たちが消えてしまう前に。自分が作らない限り、歌わない限り、この曲たちはこの世に存在しないのだから。