7
ライブの翌朝。初めてのライブの疲れがまだ全身に残る中、土井は普段より早めに鳴るアラームで目を覚ました。眠い。体も重い。このまま二度寝してしまおうとも思うが、なんとか思い直し自分の頬を叩いて気合を入れてベッドから出る。そうして部屋着としてとっておいた中学時代のジャージに着替えると、まだ眩しい朝日の中外に出る。
快晴。日差しは強い。真夏が近づき、連日朝から夏日真夏日という常態。夜の間も熱が逃げずにたまり続け、それが朝から気持ちが悪くなるほどの暑さを生んでいた。
こんな中で走っても大丈夫か……熱中症脱水症状で倒れたりしないだろうか……と思いつつも、すべては体力のためバンドのため、ライブのためと土井は水を片手に走り出す。それはランニングと言うよりジョギング。走るというほどのペースではない。しかし初日。そしてこの暑さ。安全第一に土井は走るのであった。
帰宅する頃には、全身汗だく倦怠感に包まれていた。痛い、重い、疲れた。肺が、これは、重いのか? 呼吸が止まらない。どれだけ吸っても足りない。時計を見る限り二十分も走ってない。けれどももう限界。これ以上は無理。最後など歩いて帰ってきたし、そもそも途中も何度も立ち止まり歩き休んでいる。思っていた以上に体力がない。これで本当に大丈夫なのか? いや、大丈夫じゃないってわかっただろ。大丈夫じゃないからこそ体力をつけないといけないんだろ、と自分に言い聞かせる。というかそのまま走ったのは間違いだった。あまりにも髪が邪魔過ぎる。汗で顔に張り付いて前も見えない。走る時は縛らないと、と考えながら家に入りシャワーを浴びるのであった。
猛暑の中朝から走った一日は、ずっと全身に倦怠感が残るものだった。全身が、筋肉がつくづく疲れ切っている。しんどい。やはり走るのなんてやめようか、と考えていると吉田からチャットが届く。曰く「土井今日朝もしかしてランニングとかしてた?」。
「はい、してました」と返信する土井。
「やっぱライブの体力のため? どうせだから一緒に走らない? 私もやんなきゃなーってずっと思ってたけど一人だとなかなか踏ん切りつかなくてねー。丁度いいし」
という返信に、「え、それは、俺が、吉田さんと二人きりで、朝から一緒に走るって、そういう、そういうお誘い……てこと!?」と一人心臓をバクつかせる。
「もちろんです。一人より二人のほうがモチベーションも上がるでしょうし。それにこんな暑いと熱中症とかもあるんでいざって時二人のほうが安全なんで」
「そっかーそういうのもあるか。今朝とか実際走ってみてどうだった?」
「めちゃくちゃ暑かったんで夜のほうがいいかなとは思いました。汗かいてそのまま風呂も入れるんで」
「なるほど。でも夜はなんかあってしょっちゅう時間ずれるしね。暗いから事故とか危ないだろうし、二人とはいえ女子だとやっぱ避けたいし。何より暑くても朝日浴びて走る方が気持ちいいから続く気はするんだよね。暑さにだって慣れとかないとライブで倒れるかもしれないしさ」
吉田の言う事はどれも正しかった。特に安全面。男の自分は暗がりなどたいして気にして行動してはいない。しかし女性は夜暗がりを歩くということの意味合いがまったく違う。男の自分と一緒であっても、というより曲がりなりにも男であるがいざという時自分がどれほど頼りないか、何もできないかは十分わかっている。情けないとは思うが、それが事実。
「じゃあ朝にしましょうか。時間は六時から半くらいですかね」
「早起きキツイけど最初はどうなるかわからないから早めに六時の方がいいかな。じゃあ日焼け対策はバッチリしとかないとね」
そういうわけで、早速翌朝から一緒に走ることとなった。
翌朝。土井はアラームより早く目が覚める。吉田と二人きりで朝からランニング……それを考えると興奮でよく眠れなかった。目が冴えて二度寝など当然無理。土井は仕方なしに起きると着替えをし、髪を結び準備体操をして時間が来るのを待つ。吉田と二人きりのランニングだ。間違っても足を痛めたりつったりなんかはできない。あまりにもダサいし、そもそもせっかくの貴重な時間を失ってしまう。
夏の日の出は早い。六時前でもすでに日は高く、地表も太陽光で熱せられている。水分補給は絶対。土井はペットボトル片手に外に出る。しばらくすると隣家のドアがあき、ジャージ姿の吉田が出てきた。
「土井おはよー」
「おはようございます!」
「暑いし眠いねー。眠いのは動けば覚めると思うけど」
という吉田は、普段と違って邪魔にならないよう髪を結んでいる。それに加えて、すっぴん。とはいえそこまで大きな変化は見受けられない。
「でもまさか土井にすっぴん見せることになるとはねー」
と吉田は笑って言う。
「い、いえ! その、全然わからないので大丈夫です!」
「そう? それもそれでだけどなー。普段がっつり気合い入れてメイクしてるし」
「も、もちろんメイクも素晴らしいと思います!」
「はは、ありがと。んじゃ行こっか。どこ走る?」
「えっと俺はその、昨日は河川敷の方まで行ってですけど」
「おーいいねー。どうせなら景色いいとこ走りたいもんね」
吉田はそう言いながら準備運動をするのであった。
初めての吉田とのランニングは、思ってたような甘いものではなかった。元来体力などないのだから走るだけで精一杯。会話をしている余裕などない。そして暑さ。汗、疲労、呼吸、酸素で頭などろくに働かない。全身がひたすらに重い。足がもつれる。それでもなんとか吉田に着いていこうと、それだけで必死だった。
「あ、水道。ちょっとだけ休憩しようか」
と河川敷で吉田が足を止める。その額には汗が浮かび、呼吸も乱れている。
「は、はひ……」
呼吸も荒れに荒れている土井はなんとかそう返し、そのままその場にへたり込む。吉田は水道まで向かい水を飲み、水で顔を洗う。
「きもちー! メイクしてないと顔洗えるから冷たくていいね! 土井もちゃんと水飲んどきなよ」
「は、はい……」
なんとかよろよろと立ち上がり水道に向かう土井。水できらめく吉田の顔など見ている余裕はなかった。そうして水をがぶ飲みし、自分も顔を洗う土井。その快感は、これまで経験したことののないようなものだった。地獄からの生還。きつい思いをしたからこそ味わえるもの。吉田のもとに戻ると、川の水面は朝日でキラキラと輝いていた。
「いいねこういうの。やっぱ早起きって三文の徳だね」
「そうですね……あの、僕のペースで大丈夫ですかね。ついてくのに精一杯なのに合わせてもらって」
「全然。私だってこれくらいのほうが丁度いいし。いきなりだしそんな飛ばせないからさ」
「そうですか……でも体力ありますよね」
「そうかなー。まあやっぱライブは体力つくしね。でも私なんか全然だと思うよ。土井もさ、初めてだから当然じゃん。毎日走ってれば体力ついてくって」
「そうですね……そのためにやってるんですし」
「そうそう。でもこのあと学校行くって考えるとなかなかしんどいよねー。もうすぐ夏休みだから夏休み入れば全然楽そうだからいいけど。そういう意味では丁度いいタイミングだったかもね」
「そうですね……暑いのだけはしんどいですけど」
「ほんと。じゃあそろそろ行こっか。あんま遅れると遅刻しちゃうし。土井行ける?」
「行けますし行くだけです」
「頼もしー。じゃあ後半もがんばろー!」
吉田はそう言って元気よく駆け出していく。その背中を見ながら走るだけで、土井は十分に幸福だった。ありえないこと。自分を外に連れ出してくれた人と、自分が好意を寄せる相手と、こんなふうに走る。それだけで、あまりにも十分で……
それからその二人の時間が土井の日課になった。授業中の睡魔は、それまで経験したことのないものだった。
*
ライブから一週間後。スタジオでの練習後。
「はーい私からちょっと相談っていうか提案がありまーす」
と吉田が言う。
「明日から夏休み入るじゃん。土井さ、明日時間ある?」
「え? うん、まああるけど」
「じゃあさ、買い物行かない?」
「か、買い物?」
「うん。上津さんたちからさー、一応服はもらったじゃん? でもあの人達の趣味も個性的っていうか、なかなか奇抜だしー。さすがにちょっと土井には合ってないしうちのバンドにもね。サイズも若干合ってないし。土井すごい痩せてるからねー。だからまあせめてライブ用の衣装っていうかさ、一張羅買いに行こうよ! うちのバンドっぽいやつ!」
「……そ、それは、つまりですね、ぼ、僕が、吉田さんと、一緒に、出かけるという、そういうやつですか……?」
「うん。そのまんまだけど」
それは、つまり、ほとんど「デート」というやつなのでは……
「いや、私はこいつとどっか行くとか普通に嫌なんだけど」
と外田。
「そう? まー買い物だけだし別にいいけど」
「まー待てソラさん」
古石がちょいちょいと外田を手招きする。
「なんだよ」
「土井をヒデちゃんと二人で出かけさせて間違いが起きないと?」
と土井らに背を向け顔を近づけ小声で言う。
「……さすがに起きなくね?」
「ヒデちゃんの方は問題ないでしょ。土井もそんな度胸はないし。けど二人きりで買い物、デートなんかさせたら……土井は確実にますます惚れる! 勘違いも起こす!」
「……行くしかねえな」
外田はくるりと振り返る。
「やっぱうちらも行くわー」
「ほんとー? やったー!」
と喜ぶ吉田。一方で土井は「吉田さんと二人きりじゃなくなったけど、でも吉田さんと二人きりとか耐えられる気がしないしこれでよかったかな……」と顔をひきつらせているのであった。
して、迎えた休日。
「おま、お待たせしました……」
「女子三人待たせて遅れてくるたーいい度胸だなあ」
「いえ、その、慣れてなさすぎて服を選べなくて……」
「で結局選んだ服がそれか」
と外田は土井の服装を上から下まで見る。
「……お前マジでゼンさんたちからもらった服以外持ってねえの?」
「ゼンさんって人間さんですよね。いや、ありますけど自分が持ってたのは全部あまりにもキモオタ過ぎて」
「自分で言うんだ」と古石。
「まあそっち着てこなかったのはギリギリいいにせよ、やっぱこれもこれでなー……スタジオだけならいいけどこれで一緒に街歩くっつうのはちょっと……」
「逆にコスプレ感あるよねー」と古石。
「なんでだろう……あの二人がこういうの着てると普通に似合うしかっこいいんだけど、やっぱ似合うとかサイズとかあるんだねー」
と吉田まで言う。
「首から上がキモオタなのにその下が尖ったパンク野郎だと目がバグった感あるな」
「背伸び間違えた中学生オタクだな」と古石。
「まーまー。これに関してはそもそも『懺悔』の二人の趣味が強すぎるってだけで」
と吉田が苦笑いしながらフォローする。
「まあさすがにな。そもそも選択肢がねえわけだし。まあそれは百歩譲ってだ。その服にダンロップはねーだろ。どんな斬新さだよ」
と土井の足元を見る。
「ダンロップ、ではないです……」
「じゃあどこの」
「……わかんないですね」
「もはやダンロップ以下じゃねえか。靴もだな。それよかどこ行くか先に決めとかねえと」
「そうだねー。でも店の前にイメージじゃん? バンドマンって言ったらどういう感じよ。うちらのライブに合うの」
「そりゃお決まりのTシャツにジーンズなりロングパンツだろ」
「黒?」
「黒」
「黒かー」
「土井が全身真っ黒だとただのオタクだぞ」
「それなー。白でもいいかー? でも無地だろ?」
「無地い!?」
「無地のがいいだろこういうのはシンプルで。ライブ以外でも使えるだろうし。あとむしろジーンズじゃないほうがいい気もすんだよなあ。オタクってなんでかしらねえけどジーンズ以外のボトムス知らなそうだし」
「得てしてサイズも合ってない」
「そうそうそう。ていうかそれ以前に首から上がそれじゃ効果わかんなくね? まず髪切れよ。てかコンタクト!」
「こ、コンタクトは一応買ったんですけど、まだというか……きょ、今日もしてきたほうがよかったですか!? あれはライブ用だと思ってたんで! お、お高いですし」
「あっそう……もうめんどいから髪も切っちまっていいんだろ?」
「いや、それはその……」
「なんか理由ある感じ?」と吉田。
「……バンドに必要だと言われれば、切ります。というか必要なのはわかってますけど、この前みたいに結ぶことも一応わかってますし……その、あんまり短くしすぎて全部出るとか、見られるみたいなのも恥ずかしいんで……」
「……わかった。切るか」
「えええ!?」
「夏休みなんだから一目も気になんねーだろ! 第一バンドやんのに今更髪で隠すもクソもねーだろうが! この前あんだけ出しといてよ!」
「い、いやでもほんと、あんまやったら『こいつキモオタのくせになにやってんの』って!」
「うるせーいいだろキモオタでも! キモオタだろうと何したっていいしだったらキモオタじゃなくなればいいんだよ!」
「けど待った! せっかくこれだけある髪を全部バッサリ切っちゃうのはもったいない! それに学校とかでの土井の普段の生活のことくらいは考えてあげないとじゃん。バンドがすべてなわけじゃないし、こっちが無理言ってたのが始まりなんだしさ!」
「じゃあなに? こいつの要望とか髪とか残しつつキモオタじゃねえついでにバンドマンっぽい髪にってか」
「そんな髪……」
そこで三人はピンときた様子で顔を合わせ指を差し合う。
『あるね』
「と決まれば早速ジョンさんに電話ー!」
「電車乗る前で良かったな! お前コンタクト持ってきてんの?」
「え、あ、はいメガネとか壊れた時の念のために」
「準備よし! オタク特有備えよし! じゃあ電話してる間に早速駅のトイレで入れてらっしゃい!」と古石も土井の背を叩く。すでに始まっている三人の何かに抗えぬまま、土井は大人しく駅のトイレに走って不慣れなコンタクトを入れてくるのであった。
「遅い!」
「いや、不慣れなんでしょうがないじゃないですか!」
「とにかくキモオタ特有の黒縁メガネはこれで消えたな。行くぞ」
と三人に連れてこられたのは、駅の近くの理容室「ジョン」。
「ジョンってまさか……」と思いながら足を踏み入れる。
「ジョンさんお疲れ様でーす! 急な電話なのにありがとうございます!」
「いやいや。待ってたよ、土井くん」
とこちらに椅子を回すのは、やはりあの「スキャットマン・ジョン」のジョンさんであった。
「え、え、ジョンさんって美容師だんだったんですか?」
「正確には理容師だけどね」
「時間ねーんだからさっさと座れよ。ジョンさん、こいつ今の長めの髪生かしつつ『マンバン』で」
「了解」
と早速ジョンさんはイスに縛りつけるように土井の首元にカットクロスを巻きつける。こうなってはもう動けない。始まってしまった。されるがまま。「マンバン」なる、得体のしれない髪型にされてしまう。一体、どうなってしまうのか。
「土井せっかくだからずっと目つぶっときなよ。その方がビフォーアフターで絶対驚くから」
と吉田に言われたのだから当然素直に目をつぶる土井。怖い、怖い。一体自分はどうなってしまうのか。切られていく感覚。明らかにバリカンの駆動音。理容室なのでついでに顔そり眉剃り。そんなことをしているうちに、夜遅くまでの練習がたたり徐々に眠くなり……
「呑気に寝てるよこいつ……」
「土井―。おーい終わったよー。起きなって」
「――は、ふぁ……」
「こんな状況でよくこんな熟睡できるなこいつ……」
「実は神経図太いやるやつかも……!」と古石。
「え、あ、あれ、もしかして俺寝てました!?」
「寝てた寝てた。そんで完成した」
と吉田が鏡の方を指差す。そこに映っていたな……
「――これ、ほんとに私……?」
「なんで女子なんだよ!」
「いや、それはノリっていうかまあ……え、これほんとに俺ですか?」
「見ればわかるだろーい」
「え、いや、でもこんな……めっちゃDQNっぽくないですか!?」
「DQNって……結構死語だろもう」
「えーかっこいいじゃんマンバン」
「マンバン? って始める前にも言ってましたけど、これがマンバンなんですか? 髪型」
「うん! めーっちゃかっこよくなったじゃん! 見違えた!」
「そ、そうですか!? ふ、ふひっ……」
「髪切ってもそれかよオイ! 意味ねーじゃん! マジで次ふひ言ったら罰金だぞ!」
「は、はい……」
「まークセはなかなか抜けないしねー。それで、自分ではどう? これ。さっすがジョンさんって感じだよねー!」
「そうですね……いや、でもこれ……」
鏡に映る自分の姿は、本当に見違えたものだ。あのボサボサ髪は消えた。両側はツーブロックのように刈り上げられており、上部の長い髪が後ろで団子でまとめられている。怖い人達がやっているような髪型、というイメージを持っていた。しかし実際自分がそうなり見てみると、すごくスッキリした。前髪が全然なくて全部露出されてるのが気になりすぎたが、この髪型なら……というか俺、これ――もしかしてかっこいいのでは?
「……ほんとの私デビューですね」
「うぜードヤ顔すんな」
「今度はコンタクトもあって正しい用法なんですけど」
「せっかくキモオタ感消えたのに言動がまんますぎて変わんねえよ」
「すいません……でも確かに、これで少しはバンドマンっぽくはなりましたね」
「代わりに高校生でマンバンのDQNだぜー。しかもキモオタによる夏休みデビュー」
「うっ……今からもう怖くて学校行けないんですけど……」
「大丈夫だって! さすがにそのままだと先生になんか言われるかもだけどさ、マンバンなら団子ほどいて髪下ろせば元通りに近くなるから」
「ほんとですか!? ならよかったです!」
「とにかくキモオタ感はだいぶなくなったな。ライブにゃ関係ないけどあとは挙動なんとかしろよほんと。敬語使ってオドオドすんじゃなくて」
「あ、はい……気をつけ、るぜ」
「せは言わねーよ普通は」
「あ、うっす……」
「首から上変えるだけで服の見え方もだいぶ変わってきたねー。似合うまではいかないけど悪くはないじゃん」
と古石。
「そうだなー。とはいえこれで出られんのも嫌だし。うちのバンドには尖りすぎてるし。なにより靴だよ」
「首から上がこうなったら服も合わせやすそうだよねー。そのままライブでってイメージしやすそうだし」
「んだな。あんま意識してなかったけどこうなるとこいつタッパはそれなりにあんだって思ったし。なんぼあんの?」
「タッパって身長ですよね? 一七四とかだったと思いますけど」
「平均よりはあんだな。まあいいや。だいぶ予定狂ったしさっさと電車乗って行くぞ」
「あ、はい! それでどこ行くんですか?」
「ユニクロかGU」
「……はい?」
「お前が寝てる間に会議して、まー結局ユニクロが無難でしょって」
「……そう、なんですか……?」
「ユニクロバカにすんなよ。というかオタクこそユニクロで服揃えるべきなんだよ。シンプルイズベスト無地イズベストなんだっつーの。お前なんてガリガリなんだから極力体に合ったもんでさ。それで最後に靴だよ。いや、正直そのリュックもくっそだせえから買い替えさせてーけど」
「いいねー! いいじゃん! 男の子の選ぶ機会とかないしせっかくなんだから買っとこうよ! 靴も服も楽しみだよねー!」
とテンションを上げる吉田であったが、それを見て外田は声を潜めて土井に話しかける。
「あいつがノリ気だからって無理しなくていいからな。マジで金なかったら断れよ」
「あ、はい。でも予算は多分大丈夫なんで、なんとかなります。ユニクロならあれですし、靴もせいぜい一万くらいですよね? リュックだってそれくらいですし、それなら多少オーバーしても平気なんで」
「そう? ……マジで金持ってんだなお前。まさかバイトなんかしてねえよな」
「いや、俺ができるわけないじゃないですか」
「いばって言うことじゃねえけどな。なら家金持ちかー」
「いえ、そうでもないんですけど……ここだけの話にしといてほしいんですけど、一応動画投稿とかで少しお金を……」
「マジで? え、それ演奏とか?」
「そうですね一応」
「マジかよ……金もらえるってことは結構見られてんじゃん。まあ腕は確かだけどさ。それで金か。やるじゃん。今度教えてよ動画」
「ダメです」
「……は?」
「諸事情によりこれだけはどうしても無理です! 絶対に教えられません!」
「あ、そう……ちなみにそれヒデコは知ってんの?」
「……知りません!」
「いや、金のこと知ってたってことは知ってんでしょ……まあいいよ。お前がそこまで言うなら聞かねーから。同じバンドつったってプライバシーはあるしな。そういう線引はきちんとしないと」
「……意外ですね」
「当然だっつうの。バンドのこと考えたら普通だろ」
「いや、外田さんはもっとこう、俺に対してはなんでも容赦ないと思ってたんで」
「お前夏休みデビューかまして調子乗ってね?」
「ホントのワタシデビューなんで!」
土井はそう言ってグッと親指を立てる。
「うっざ……けどオドオドキモオタよりはマシか……いや、はしゃぐキモオタになっただけかこれ……?」
と外田は若干の後悔を抱きながら電車に乗るのであった。