14
文化祭で賑わっている学校に辿り着く。二人は足を止めず。ライブの会場である体育館まで向かう。前のバンドのライブの最中。間に合った。とはいえ時間はそこまで残されていない。二人はなんとかステージ横の待機室に駆け込む。そこには先に向かっていた五人、それに南戸が待っていた。
「ハァ、ハァ……間に合った……」
「来たか。とにかく呼吸整えて水飲んで汗拭け」
と外田がタオルと飲み物を差し出す。
「機材はみんなで運んどいたよ。前のやつらはそろそろ終わるな」
「そっか……人いっぱいだね」
「ああ。土井がやるってかなり知れ渡ってるみたいだな」
「え? そ、それほんとですか?」
「だとしても別に変わらねえだろ。逆におもしれえじゃねえか。見せつけてやろうぜ」
「は、はい……」
「シュンちゃんは?」
「あいつはなんか『忘れてた!』とかいって飛び出してったけど……どこほっつき歩いてんだか。てかお前、それ服」
と外田が土井を指差す。
「え? ――あ」
土井が自分の服を見下ろすと、それはダサい部屋着のままだった。
「わ、忘れてた……」
「やべえじゃねえかおい! どうすんだよ!」
「い、いや、急いでて慌ててたんで、服は着てたから気づかなかったっていうか……」
「やべえなどうにかしねえと……」
と話してるところに、
「だーから俺らも関係者だっつーの! いいから入れろよ!」
と何やら控室の入り口が騒がしい。
「おうみんな! 間に合ったみたいだな! お前らからも言ってくれよおい!」
「上津さん!?」
『懺悔』の二人の姿がそこにはあった。
「何してんですかこんなところで。てか何しに来たんですか」
「何しにってライブ見にでしょうが! 応援だよ応援! ばっちり盛り上げてやっから期待しとけよ!」
「土井のことも聞いてたから心配だったしな! でもちゃんと来たみたいで良かったぜ!」
そう言い呑気にガハハと笑う二人。
「……いや、でも丁度よかった。二人とも今すぐ服脱いでください」
『は?』
とハモるふたり。
「――え、ちょと待ってよ何よいきなり!? どういうことソラちゃん!?」
「いいから黙ってさっさと脱いでくださいよ! 土井に服貸さなきゃいけないんすよ!」
「いやいやしたら俺ら裸になんじゃん! 捕まるって!」
「知らんすよそんなこと! どのみち時間の問題でしょうが! というかなんでこういう時に限ってめちゃくちゃパンクな服着てきてんすか!」
「そりゃ文化祭だもん一張羅に決まってんじゃん!」
「高校生の文化祭で大人が本気出してんじゃねーよ気持ち悪い!」
などと服を奪い合う三人。そこに、
「待たせたなあ!」
と古石が飛び込んでくる。
「おま、どこ行ってたんだよこの忙しい時に!」
「ふふふ……間に合ったみたいだな……そして思った通り!」
古石はそう言って土井を指差す。
「もしやと思ってたがやはり部屋着のままだったな! そして着替えがないからそこのおっさん二人から剥ぎ取って借りようとしてたんだろ!」
「おっさんじゃなくてお兄さん」
「俺らまだ二十前半」
という二人の主張はあっさり無視される。
「土井、これに着替えな」
古石はそう言って土井に服をバサッと投げてよこす。
「これは……」
「そう。土井のクラスの出し物『米兵喫茶』のコスチューム、米軍の戦闘服だ! 戦うのにこれ以上の服があるか!?」
「……ないですね!」
「よっしゃ着替えろ時間ないぞ!」
「はい!」
とその場で服を脱ぎ始める土井。
「おま、場所考えろよ!」
と顔をそらす外田。
「すみませんでも時間ないので! 目つぶっててください! パンツまでなのでギリセーフです! トランクスなのでそんなお目汚しもないかと!」
「そういう問題じゃねえよ!」
「よっしゃ着替えたな! じゃあこっち向け! 最後の仕上げだ!」
古石はそういい、土井の顔に何かを塗りたくる。
「できたぜ……部族の戦う男の顔だぜ……」
そう言ってスマホのインカメラの映像を見せる。そこに映っていたのは、MLBのアイブラックのように目の下から頬にかけて黒い塗料を塗りたくり古の部族のような顔になっているマンバンヘアの土井であった。
「気合入んだろ。ナメてるバカどもを出だし一発で威圧してやれよ。戦争だぜ戦争。やったれ土井」
「……おう!」
見えるもの。これが自分。自然気合が入る。スイッチが入る。自分でなくなる。削ぎ落とされていく。
『yacell』の土井無限になっていく。
「にしてもこれは一人だけさすがにすぎるだろ」
「いーんだよ文化祭だし! お祭りだし! ギャップだろギャップ! あの女装を土井だとおもってるやつらを一発で蹴散らすにゃもってこいじゃん!」
「それはそうかもな……まあかっこなんてなんだっていいわな。やるのはライブなんだし、ライブは音楽がすべてなんだし。そこで何をやるか、それだけだろ」
外田はそう言い、ニッと笑った。
「もう大丈夫そうだな。じゃあうちらは下で見てっからさ。がんばれよ」
奥馬はそう言ってグッと親指を立てる。
「俺たちもめっちゃ盛り上げてやっからよ! 最高の熱いライブ頼むぜ!」
そう言って『懺悔』の二人も控室から出ていく。
「――じゃ、私たちだけ、五人だね」
吉田がそう言いニッと笑う。
「おう」
「やったるぜ~」
「マチさんも、今日はほんとに、ありがとうございます。でも多分お礼言うのは間違ってるよね。だって一緒にやるのが当然なんだから。今日一日、二曲だけだけど、目一杯楽しもうね!」
「うん。こっちこそありがとう。今日だけじゃなくて、あの時、私をバンドに入れてくれて」
南戸はそう言い、ふっと微笑む。
「よ~しんじゃやっぞおめーら! 土井! 準備できてんだろうな~」
と古石が笑う。
「三ヶ月前からバッチリっすよ!」
「何言ってんだテメーさっきもで引きこもってたくせに! うちらが迎え行かなかったらどうなってたと思ってんだこら!」
「そうだ調子乗ってんじゃねえぞ土井のくせに!」
とキレる古石、外田。
「えぇ……すみません確かに調子乗ってました」
「わかればいい。というか乗れ。調子は乗れ。ただ私らに対しては調子こくな」と外田。
「厳しいっすね……まあだからこそいいんですけど」
「どエムかよ」
「違いますよ。外田さんらしいっていうか。吉田さんには甘やかされっぱなしなんで締める人は必要ですし!」
「まあこいつは誰にでも甘いからな……ま、でもその甘さのおかげでお前は今ここにいるんだろ」
「そうですね……吉田さん、改めてというか、南戸さんのパクリじゃないですけど――俺も、あの時誘ってくれて、ありがとうございました」
「うん! こっちこそ『yacell』に入ってくれてありがとうね!」
「はい。ほんとに、感謝してます。それを今から、あそこで見せつけます。ちゃんと、俺として、あそこに立って、全世界に見せつけてやりますんで」
「時間です。準備お願いします」
と実行委員の者が言う。
「じゃあ行くか。マチさんも、途中から、よろしく頼みますね」
「うん」
「じゃあ円陣だお前ら! 体脂肪と戦うぞ! 今日も今日とて!」
『痩・せ・ろ』!
五人は重ねた手を、天に掲げるのであった。
*
その頃体育館では。
「土井―!」「変態ー!」「さっさと出てこいオカマー!」
などと野次が飛んでいる。そんな群れの中にいる「いつメン」の大人たち。
「うるせーぞクソガキども!」
「童貞のくせにはしゃいでんじゃねーよ!」
「バンドもできねえクソ雑魚共は黙って待ってろや!」
などと野次に対し野次を飛ばす三バカ。文化祭で高校生たちに絡む大人、しかも二人はかなりパンクな格好で超長髪とタトゥーだらけといういかにもヤバい男二人。当然周囲はドン引きする。
「やめろお前ら。いい歳こいた大人が文化祭で高校生に絡んでんじゃねえよ」
と奥馬がバシッと頭をはたく。
「だってよお! こいつら土井のこと」
「んなの言わせときゃいいだろ。だいたいそれだってお前らがどうこうすることじゃねえんだよ。あいつらの問題であいつらがどうにかすることだ。私らはただ見て、ただ声援送って、ただ盛り上がればいいだけなんだよ」
「でもナメたクソガキ成敗すんのスカッとすんじゃん!」と高井。
「それ以上しゃべると締めて落とすよ飛奈」
とふっと微笑んで忠告する代々木。
「あ、はい、すみません……じゃあ声援ならいいんだろ声援なら! お前ら『yacell』コール送るぞ! ヤーセール! ヤーセール!」
『ヤーセール! ヤーセール!』
と両手を掲げ手拍子しつつ大合唱を送る三バカ。
「だからそもそも高校生の文化祭でお前らが騒いでんじゃねえっつうの……追い出されるぞマジで」
と頭を抱える他ない奥馬であった。そして野次と謎のコールの戦いの中、『yacell』が姿を現した。
静まり返る体育館。出てきたのが女子三人、しかもその一人が学年屈指の美女であり人気者の「ギャル」吉田なのだから仕方ない。「マジで吉田出るんだ」「ほんとに吉田バンドやってたんだ」「ていうかマジで吉田あんな変態とバンドやんの?」とここに来て情報の信憑性に疑問を感じる面々。
そしてそれは、最後に現れた土井の姿を見たことによってより強まった。
現れたのは、米兵の戦闘服を来て顔にアイブラックを塗ったマンバンヘアの見た目DQN。土井じゃない。少なくとも自分たちが知っているあのメガネでボサボサ髪で根暗で喋らずいつも下を向いているコミュ障キモオタの土井ではない。もちろん女装しコスプレし女声でアニソンを歌っている変態キモオタ野郎でもない。
え、誰? 誰これ? 土井? これあいつなの? え、あいつなのこれ? この人が例の変態? どこが? 人違いじゃない? 誰? なにあれ? 雰囲気違い過ぎじゃない? というひたすらなる困惑。そのままであればすんなり言ったかもしれないが、やはりそこは「三バカ」の出番。
「土井―!」
「無限―!」
「土井かっけーぞ土井ー!」
「土井サイコー!」
『どーい! どーい! どーい!』
などとコールを始めるのだから「あ、やっぱあれ土井なんだ」などと周囲も合点する。
「土井女装しろー!」「コスプレしろよ変態ー!」「土井マジキメー!」
などと前列の方で野次を送る面々。
「んだとテメーこら表出ろクソガキが!」
「調子こいてんじゃねーぞ童貞!」
「おうやっちまえしばけしばけ!」
「マジ黙ってください三バカ」
とさすがにステージ上から注意する外田。
「誰が三バカだてめー先輩に向かって!」
と拳を突き上げる高井を、すぐさま代々木が後方からヘッドロックでキュッと締め上げる。
「あざっすイツチさん」
外田はそれだけいいマイクから離れる。四人は粛々と準備を行っていく。その中でもひたすらに土井に対する野次、罵声が飛ぶ。
「帰れへんたーい!」「変態引っ込めー!」「犯罪すんなよ土井―!w」「土井オカマなのー!?w」
そういう野郎どもの声。次第にそれで埋め尽くされていく体育館。異様な雰囲気。
それを、土井の「アッ!」というマイク越しの大音量が切り裂いた。
「――あー。テステス……」
土井はそう言い、メンバーを見る。準備はできている。あとはスタート。やってやる。決めてやる。前の三人は、各々ギターやベースを構えたまま半身で後ろを向く。そうして前傾し、さながらバンドのクラウンチングスタートといった具合。外田はその体勢のままピックを持った右手をまっすぐ客席側に突き出している。そして土井は、低く低く。ギターは肩からかけたまま、ギターを逆さにしヘッドを突き刺すように床に立て、右手でボディの下を持ち、低く、低く、沈むように、体を前後に揺らし……
静寂。静寂が広がる。ステージ上の異様な雰囲気。それに感化され、包まれ、ステージの下にも体育館中に静寂が広がっていく。なんだこれは。これから始まる。それはわかるが、沈黙を強制する何か。嵐の前の静けさ。
始まらない。焦らす。永遠に感じる。いつ始まるのか。何が起こるのか……
突如なる「チッチッチッチ!」というドラムスティックの高速四拍子。それが合図だった。
瞬間静止していた四人の体が動く。激しく跳ねるように動き、演奏が始まる。爆音がやってくる。激しいギター。ハードロック。一発目、この「アウェイ」に叩きつけるのは、『yacell』でも一番凶暴な曲。激しい曲。一番趣味がとんがった外田作曲のハードロック。激しい、そしてひたすらにかっこいい長いイントロが鳴り続ける。そこには先程までの静寂などない。真逆。あまりの激しさ。動き。その爆音とは裏腹に、見ている者たちは固唾をのむほかなかった。
なんだこれ。すごすぎ。かっこよすぎ。こんなの、高校生のバンドじゃない。というか女子じゃない。吉田ってあんな激しかったのかよ。イメージが違いすぎる。外田さんかっけー。古石あんなちっこいのにヤバすぎ。そんな感想。そして土井。
あれ、土井なのか? ほんとにあれがあの土井なのか? あのキモくて、いつも一人で、喋らなくて、暗くて、コミュ障で、しかも女装してコスプレしてたド変態で。
あのマンバンでギターかき鳴らしているただひたすらにかっこいい存在が、ほんとに土井なのか?
期待も予想もすべて裏切る。そこにいた者のほとんどは『yacell』など知らない。土井など知らない。思ってたものとまったく異なる。あまりにも本格的なハードロック。そして歌へ。
吉田。それだけではなく、あの土井。あの土井が、変化をつけて多彩な声で歌う。女声。まずその女声が土井によるものなのか、それを疑う。信じられない。我が目を疑う。目に映るものと耳に入る音が一致しない。ステージ上で歌っているのは確かにあの土井なのに、聞こえてくる声は中性的な女声のもの。かと思えが太く野太い男声に、シャウト。変幻自在。
なんだこれは。なんなんだこれは。
野次を送っていたものも、もう何も言葉を発することができなかった。極一角だけを除いて、ただ呆然と立ち尽くし見上げるのみ。そんな中で「いつメン」の三人、三バカだけが周囲など気にせず踊り暴れ狂っていた。
宣戦布告の一曲目が終わる。間髪入れず二曲目。雰囲気はガラッと変化する。吉田作曲のオルタナ系の曲。とはいえその曲、演奏、歌唱は高校生の文化祭バンドという域を超えている。これまでの中で圧倒的一番。格が違う。それはその場にいる誰もがわかることであった。
意味がわからない。予定が違う。あの変態がどんなもんか興味本位で。あの変態を茶化すために。怖いもの見たさ、イロモノの見学に。しかしこのバンドは、あの土井はどこまでもロックでかっこいい。あまりにもかっこいいバンド。かっこいいライブ。
心が動かされる。誰もが心を動かされていた。感動。揺り動かされる。体が自然と動いてしまう。音楽とは、バンドとは、ライブとは、これほどすごいものなのか。
二曲目が終わり間が入る。瞬間「ヤセルー!」と待ってましたと言わんばかりに三バカが声を上げる。
「ヒデコー!」「ソラちゃんかっこいー!」「シュンすげーぞー!」「土井土井土井土―!」
歓声で強制的に場をつくろうとする。アウェイをホームへ塗り替えようとする。ライブはバンドだけで作るものではない。観客も一体となって作るもの。雰囲気を作るのだ。流れを。それくらいはあの小さなライブハウスで散々やってきたからよくわかっている。
「ヒデちゃーん!」
と女子生徒の黄色い声が上がる。こういうのは女子にとってのほうがはるかにハードルが低い。そもそも友人の応援だ。一部の男子生徒のせいで押されていて声など発せなかったが、今となっては違う。目一杯、歓声を送れ。
「外田かっこいー!」
「古石―!」
と次々に女子たちから女子へ向かって歓声があげられる。ステージ上の彼女たちも少し微笑んで手を振りそれに答える。
そして舞台袖から南戸が姿を現した。
「マチー!」
彼女の友人も声を上げる。南戸も笑って手を振り応える。そうして一つだけあけられていたスタンドマイクの前に立つ。メンバーたちの顔を見る。アイコンタクト。互いに目を見合い、黙って頷き合う。それだけで十分。言葉はいらない。
そして南戸作曲の三曲目が始まった。
南戸の声は、これまでの誰とも異なる。その歌声も。淡く、甘く、透き通る。耳にすっと入り離れない声。一瞬で場を支配する声質。今までとは異なるポップなバラード。彼女がこのメンバーで、土井のいない『yacell』で何度も歌ってきた曲。
ありがとう。またここに立ててよかった。またみんなと一緒にやれてよかった。後任の土井くんとも一緒にやれてよかった。これでしっかり、バトンを渡せる。これで最後かもしれない。だから。
南戸はすべてを込め歌う。一瞬一秒が、一つひとつの言葉が最後になるかもしれないと、心を込めて歌う。これがあれば、この思い出があれば多分、この先もずっと大丈夫だから。たとえ一人でも、戦っていけるからと。
そうして三曲目も終わった。南戸がお辞儀をする。拍手が起きる。
「まああああぢいいいい!!」
とほとんど泣きながら高井が拳を突き上げ声を上げる。
「いいぞマチー!」「マチちゃんサイコー!」と奥馬、代々木も続く。それに南戸も照れたように笑って返す。
場は、完全に『yacell』のものになっていた。
「えー、じゃあ、最後の曲です」
吉田がそう言い、ふっと笑う。
「これでさ、よくわかったよね? 十分わかったよね。私たちがなんなのか。『yacell』がなんなのか」
それはある意味挑発。今あなたたちの中にある感情がその答えでありそのすべてだと。
「私たちも普段ライブやってるしもっと曲もあるしCDとかも売ったりしてるんで、興味あったらぜひ見に来てね。だれでも大歓迎だから。じゃ、最後の曲です。土井が、彼が作った曲。土井」
吉田はそう言って土井を見る。土井を見て、笑いかける。土井は黙って頷き、マイクにクトを近づける。
「『僕ら』」
彼が初めて作ったその曲。その曲の名を呼び、ジャンと弦を掻き鳴らした。
『僕ら』。彼の個人的体験、記憶と結びついた曲。記憶の中の、あったかどうかも定かではない光景も、そこにいる自分も、自分。僕。そこから打ちのめされずっと一人で生きてきたのも自分。そして想像もしていなかった、信じてもいなかったけれどもステージに立ちライブをし、音楽だけがそこにあった自分も、自分。すべては並行で、繋がっている。その不思議さ。けれどもそれは確かにそこにあった。そしてそれは、すべて自分なのだと。
それを歌詞と曲で表現する。幻想のように、それでいて熱い自分の思い。転調。ギターもキーボードも、女声も男声も自分自身。自分ひとりでは作れない、皆がつけたギターもベースもドラムも、バンド自体も、自分自身。すべては一つになる。それが音楽であり、バンドであり、ライブなのだからと。
土井は掻き鳴らす。鍵盤を叩く。歌う。歌う。熱唱する。魂を込める。
信じろ。信じろ。信じるんだ。自分の言葉を、歌詞を、この曲を。自分が感動してるんだから、聴いてるみんなも感動すると、この場のみんなの心を動かすと、信じるんだ。
信じて歌え。これが自分だ。これこそが自分だ。削ぎ落として削ぎ落として最後に残ったこれ。音楽。音楽だけが、自分自身だ。その他の余計なものはすべて自分ではない。お前たちが思う、お前たちが望む俺なんか俺じゃない。それは俺じゃない。土井無限じゃない。
自分を、取り戻していく。自分に戻っていくのを感じる。これだ、これが俺じゃないか。これが自分じゃないか。削ぎ落として削ぎ落として残る自分。自分が思う自分じゃない。自分が自分にかけ続けてきた呪いの言葉じゃない。
今ここ、この瞬間に、音楽とともにいる自分こそが自分じゃないか。
音の中に、バンドの中に、皆とともにいる自分こそが自分じゃないか。
変わった。変われた。けれどもそれも違う。忘れてただけで、色んなもののせいで埋没してただけで、これが本当の自分なんだ。自分はずっとそこにいたんだ。そこに戻っただけだ。あの頃に。あの場所に。あの、幼い頃にも立った光り輝くステージの上に。
戻ってこれた。戻ってこれたんだ。本当によかった。本当に、よかった。
ありがとう。ほんとうにありがとう。みんな。
土井は客席を見る。いつものように微笑む代々木。満足そうに笑っている奥馬。馬鹿みたいに拳を突き上げて暴れている高井、上津、人間。
ステージ上のみんなをみる。南戸さん、俺の背中を押してくれてありがとう。作詞に、作曲に悩む俺に自分を信じることを教えてくれてありがとう。たった一度これっきりのステージだとしても、あなたは永遠に仲間だし、先輩だから。
古石さん。こんな俺を当然のようにバンドに受け入れてくれてありがとう。いつもあなたの奇天烈さには助けられてきたから。古石さんがいるだけで空気が違って、柔んで。それにあの天才すぎるドラム。バンドの心臓として、いつだって血を送ってくれてありがとう。俺の心臓を叩いてくれて、全身に血潮を送ってくれてありがとう。
外田さん。最初は死ぬほど怖かったけど、でもその中に優しさがあるって今はよくわかりました。外田さんのギターが俺の手本です。俺を導いてくれます。ほんとにあんなキモオタだった俺を、キモイキモイ言いながら受け入れてくれて、一緒にバンドをしてくれて、なんだかんだ褒めてくれて認めてくれて、ほんとうにありがとう。それは全部俺の助けになったから、支えになったから。
そして、吉田さん。本当にありがとう。あなたがいなかったら、俺は今ここにいません。あなたが見つけてくれなかったら、気づいてくれなかったら。隣に越してきてくれなかったら。そしたら俺は今もずっとあの俺のままで、ずっと一人で、部屋に引きこもっていて。何者でもなく、思い出すことも取り戻すこともできず、何も変わらず。そうやって、ほんとの音楽のことなんか忘れて、しょうもないことのために音楽使って。
でも、俺はわかりました。思い出しました。全部取り戻せました。全部、吉田さんのおかげです。吉田さんが俺と出会ってくれたから。俺を誘ってくれたから。あんな俺に、手を差し伸べてくれたから。
だから、今、俺は、ここにいます。
想いを乗せろ。感謝を告げろ。すべてを込めろ。歌に、曲に。全部乗せろ。それだけになれ。ソレダケに。
だってここだけが、これだけが。バンドだけが、ライブだけが、音楽だけが、自分自身なのだから。
俺はもう大丈夫だ。俺はもう、ずっと大丈夫。この先何があろうと、帰るべき場所ができた。帰る場所を思い出せた。そこをみんなに、作ってもらえた。
だから何度でもここに戻ってこよう。何度でもここに。ライブに、バンドに、音楽に。
それだけが、削ぎ落として残った自分自身なのだから。
土井は歌う。ギターを掻き鳴らす。最後のその時まで。最後のその一音まで。音楽と一つになるため。ライブと一つになるため。バンドを一つになるため。
みんなと、一つになるため。
土井は、確かに自分がいるべき場所に帰ってきた。
歌が終わる。曲が終わる。音が鳴り止む。静寂が、やってくる。
汗。呼吸。熱。それだけ。もはや感情もない。
歓声がやってくる。大歓声が、やってくる。みなを向かえる。会場を包む。
すべてが見える。何もかもが見える。土井は皆の方を見る。ステージ上の四人。一人ひとりと目を合わせる。言葉はいらない。ただ視線を合わせ、笑うだけですべてが繋がる。思うことは一つ。心は一つ。すべて繋がっている。
だってバンドとは、そういうものだから。
土井は、前を向いてふっと微笑んだ。
「――どうも、『yacell』でした」
それだけ言い、マイクから離れる。
みんな痩せろよ。余分なもん全部捨ててさ。削ぎ落として。くだらねえもん全部捨てて。削ぎ落として削ぎ落として、ちゃんとほんとの自分に戻れよ。
それはたまらなく最高だから。
土井は狂喜の笑みを湛え舞台袖に引っ込む。その目には、もう照明の光もうつっていない。
音だけが聞こえる。音だけが。音楽だけが延々と、耳鳴りのように鳴り響いている。
音楽だけが、彼の中で永遠に鳴っていた。




