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「そ、その、みなさん!」


 練習のスタジオで、土井が切り出す。


「きょ、今日はその、曲を、持ってきました……!」


「お、できたのか」


「いえ、できたとはいえませんけどその、とりあえず作ってきたんで――み、みなさんの手で完成させてくれないでしょうか!?」


「……言われなくても始めからそのつもりだけど」


「曲はあくまでベースだからねー。そっからみんなで各パート付け足しつつブラッシュアップしてくわけだし。まーそんなめちゃくちゃ変えるってこともないだろうけど」


「まーとにかく聞かせてみー? 聞かないことには始まらないしさー」と古石。


「あ、はい。じゃあその、一応ギターとキーボードです。もちろん一人でやるんでかぶる場所はないですけど、そこのギターは外田さん次第っていいますか……と、とにかく! かけます!」


 土井はそう言い、えいやと再生ボタンを押すのであった。



 約四分の曲が終わる。スタジオ内は一瞬しんと静まり返る。


「――ど、どうでしょうか……?」


「いいんじゃね? 最初でこれなら上出来でしょ。四分くらい?」


「あ、はい。四分ちょっとです。流行りも考えてもう少し短くした方がいいとも思ったんですけど、やりたいこと色々入れてたら削りきれなくて……」


「まあいいでしょ。歌は?」


「そっちも、一応あるにはあるんですけどまだといいますか……歌詞が決まってない以上今メロディに乗せるっていうのもちょっとあれで。それでそっちはその、歌詞は一旦南戸さんに見てもらって手直ししてもらってから皆さんにも見てもらって決めるつもりです!」


「そうなの? なんか土井とも話して文化祭一曲だけ歌うことにしたって言っててこっちとしちゃ嬉しかったけどいつの間にそんな話してたんだよ」


「ていっても一回だけですけど。色々アドバイスいただいて。それでまあ歌詞も見てくれるって言っていただいたんで」


「そっか……まあマチさんが決めたことだからこっちも何も言わないけどさ。でもあっちも受験生なんだからほどほどにな」


「それはもう、わかってます。それより感想があまりにその普通っていうか、何もなさすぎて拍子抜けといいますか……」


「いや、実際そうだしさ。これだけじゃあれだし。どうよヒデコ」


「んーとね、やっぱちゃんと言ったほうがいいと思うから正直に言うけど、まずすごいと思うよ。ほんとすごいよ。曲なんて誰でも作れるもんじゃないしさ、しかも初めてじゃん? 初めてでこんなちゃんと曲作って、それはほんとにすごいよね。フツーにいいと思うし。ただこれだけというか今のままだと聞いた瞬間神曲! って思うほどのインパクトはなかったけど、でも最初から最高の曲作れる人なんていないしさ。そんなの一部の天才だけだろうし。けどサビの感じは好きかなー。はっきりサビってわかるキャッチーさだしノレるしー、そういう意味ではめっちゃいいと思う! 早く完成させたいし歌も聞きたいって思うよね! ちなみにこれ私が歌うパートはある感じ?」


「その、ぶっちゃけまだわからないです。かなり歌詞次第、メロディ次第だと思うので」


「そっか。でもこっちのことは全然気にしなくていいよ。土井が作った土井の曲なんだしさ」


「でも、それ以上にそれ以前に、俺はこれをちゃんと『yacell』の曲にしたいと思ってますんで。このメンバーで表現できる最良を、自分ができる範囲で求めていきたいと思います」


「おう、いい心がけじゃん」


 と外田がニッと笑って言う。


「じゃあ早速うちらも各パートつけてかねえとな。編曲編曲。せっかくだから文化祭でやりたいしな。それに間に合うよう、間に合わせるようやってこうぜ。シュンはどうよ感想」


「……降りてきた……降りてきてるぞお! 土井! もっかい曲!」


「え、はい?」


「再生! 叩く!」


 古石はそう言いドラムの前に座ったままスチャッとスティックを構える。


「他は一応録音準備! やるぜえ!」


「え、あ、はい」


 言われるがままに再び曲を再生する土井。古石はそれに合わせドラムを叩く。それは、一発目と思えぬほど完璧にマッチしたものであった。そうして曲の終わりとともに、叩き終わる。


「――ふっ、どうよ……」


「……え、なんですか今の?」


 と目の前で起きたことが理解できない土井。


「こいつこれやらせたらマジで天才だからな」


「自分天才ですから……」


「毎回ほとんど一発でドラム合わせんだよ。一回聴いただけで。さすがに毎回一発で完成なんてことはないけどほぼそのままで。八割方できてるし」


「……いや、そんなことありえるんですか? 古石さんほんとにこれ聴いたの初めてなんですか?」

「それは土井が一番知ってることでしょう」


 と古石は返す。


「いや、でも普通こんなのできるんですか? ドラマーってみんなこうなんですか?」


「私が天才すぎるだけかなー」


「マジで謎だよな。こういうのってリズム感なのかなんなのかわからないけど。まあでもジャズなんか即興っていうしそういう能力なのかもな」


 と外田。


「にしてもすごすぎますよねこれ……というかドラムはいるだけですごくよくなるというか、どういう曲なのかわかる気がしますね……」


「自分で作ったのに?」


「自分で作ったからこそだと思います。なんていうか、ようやく完成したっていうか、まだ全然完成じゃないんですけど自分が作ったのなんて三割くらいで、これでようやく全貌が見えてきたって言いますか……」


「それがみんなでやる編曲だよね多分」


 と吉田が言う。


「私がベースつけてソラがギター乗せたら多分もーっとわかるようになるんじゃないかな。完成に近づいて。そうやって全貌見えたらあとはみんなで細部整えてさ。土井初めてだけどなんだかんだ私たちがいつもやってるのと同じ感じだね」


「そうなんですか?」


「うん。やっぱり自分ひとりじゃ全然だよいつも。どうなのかなわかんないなーって悩むし。なんとなくこれな気もするんだけどよく見えないって。そういう時に自分一人じゃダメだしもうわからん! って丸投げする感じでも全然よくてさ。とりあえず聴いてもらえばみんな何かしらの答えを出してくれるから。そうすればダメならダメでもはっきりわかるし、そうなったら諦めつくし。逆に自分ではイマイチよくわかんなかったのもみんなのおかげではっきりわかって答えが出ることもあるしね。だって一人が四人に増えるわけなんだしさ。四倍だよ四倍!? あれだよね、三人寄れば文殊の知恵ってやつ!」


「そうですね……じゃあ俺ももっと早くみんなに見せてれば」


「そこはタイミングだろ。お前一人で延々悩んだ結果今これがこうしてでてきたわけなんだしな」

 と外田は言う。


「それもそうですね……でもやっぱり残り時間とか考えるともっと早かったほうがいいなって。結果的にみんなにも迷惑かけちゃいますし」


「ぜんぜーん。うちらも編曲大好きだしね! そんないつもやることじゃないから猛スピードでバリバリやるから! 時間だって制限あったほうが結果的にここまでってうまく区切れていい形で完成することも多いしさ」


「まーなんも心配すんなよ。間に合わなかったら間に合わなかったでそれは全員の責任なんだからさ。別に文化祭に間に合わなくたってそこが終わりなわけじゃないし、やる時なんていつでもあんだから」


 と外田も言う。


「私はすでにほぼ終わってるから責任はほぼゼロだけどなー」


 と古石。


「うるせえ天才は黙ってろ。凡人は一歩一歩自分の足で確かに踏みしめていくんだよ」


「すぐできたほうがいっぱい作れるからよくなーい?」


「だったらお前も作曲しろよ」


「ドラムしか興味ないから無理だなー」


「ははは。でもいよいよ忙しくなってきて文化祭間近って感じしてきたね! お祭り感でテンション上がるー! そういや土井のクラスって文化祭なにすんの?」


「え……知らないです……」


「聞いてやるなよアホ……」


「そっかー。でも空いてる時間とか色々見に行こうよ! 他のバンドとか特に見たいよねー。その時間はなるべくあけといてね! というかうちらのライブの時は絶対! タイムテーブルまだだけどそこだけは絶対気をつけて!」


「あ、はい。多分大丈夫です」


 クラスですることなんて何もないし、多分何も知らされないし何も任されないようないない同然の存在なんで……とはさすがに口にできず、久方ぶりの悲しみのオタクスマイルを浮かべて流すほかない土井であった。




 帰宅した土井は自分の仕事として改めて歌詞に向き合う。皆も帰って、各々の編曲作業を、自分のパートを作っているはずであった(無論古石は別であったが)。それを考えれば自分もなるべく早く自分の仕事をしっかりやりとげなければならない。


 歌詞。南戸は昔から詞を書いてきたと言っていた。けれども詞とはなんだろう。どういうものを書けばいいのだろう。よくわからない。土井はテレビのことを思い出す。俳句を書いて格付けするようなテレビ番組。俳句と詞は違うけれど似たものだろうと思う。そこでは確か「俳句は情景が見えることが大事」といったようなことを言っていた気がする。情景。目に浮かぶもの……


 ふと、思い浮かんだのはあの景色だった。あの光景。ずっと忘れていた、けれども過去におそらくあったはずの、あの光景。光を反射し白く輝いた広いステージ。その上に自分とピアノ二人きり。何を弾いたか覚えていないが、ただ無心に弾いた。ただうまく弾こうと弾いた。ただそれが楽しいから弾いた。言葉などない、邪念などない純粋無垢な頃。そして弾き終わったあとの、あの眩しい照明。拍手。顔などよく見えないがいるはずの人々。そういう思い出。そういう思い出たちが、思い出せないだけで過去の中にいくつもあるはずだった。そしてそれらが、今のあの場所にも続いている。あのライブハウス。あのステージの上。それはもはや思い出に近いくらいに遠い。覚えてるし思い出せないけれど実感はあまりない。遠い思い出の中の景色と同じ。けれども確かにそれはあって、そして思い出せば出すほどそこにあるのは「それだけ」であって……


 余計な言葉。あったかもしれないそれら。それはすべて、時の流れの中で消え去った。結果として残っているのは美しい思い出だけ。楽しかった思い出だけ。喜び。削ぎ落とされ残った、たった一つの芯。


 そうでない思い出もある。悪い思い出はたくさんあったし、そういうものばかり何度も何度も思い出してきた。どうしてもそういう嫌な思い出ばかり思い出すから、徐々にそれで埋め尽くされてしまった。それ以外を思い出せなくなっていった。


 けれども、あったのだ。過去にはあった。忘れているだけで。埋もれてしまっただけで。余分なものばかり、まとわりついているせいで。記憶の体脂肪のようなもの。ねっとり、ぎっとり、それは腐った瘴気のようにまとわりついている。そうして自分自身を蝕んできた。


 けれども、思い出せた。思い出せただけではなく、同じような思い出を、過去を、また作れた。自分はあそこに戻れたのだ。あのステージの上に。あの光景の中に。あの、光の中に。


 自然、涙が出てきた。


 思ってもいなかった。忘れていた。けれども、自分は戻ることができた。取り戻すことができた。それは多分、「本当の自分」というもので。余分なものを削ぎ落とした、真ん中に残る自分。ただ音楽が好きで、それに熱中して、それしかなかった自分。音楽と自分だけの世界。それを、自分は今、ようやく取り戻せたんだ。


 こんな喜び、こんな幸運――こんな感動は、他にあるだろうか。


 感動だ、感動。自分が間違いなく感動しているこの事実。信じるまでもない事実。南戸の言葉を思い出す。自分のその感情を、感動を信じろと。本気で信じられるこの感動。そういう言葉だけが、他の人々の心も動かせるのだと。


 自然、手が動いた。初めてわかった気がした。自分が書くべき言葉が。歌うべき歌が。自分にしか書けないもの。自分にしか歌えない言葉。自分だけの経験。自分だけの感情、感動。でもそれらは同時に、誰もが持っているはずのもの。だから繋がって、共有して、共感して、感動するのだ。胸を打つのだ。


 人を感動させられるものは、いつだって個人的な体験だけなのだ。



 土井は書く。書くというより書き写す。手が動く。そこにある言葉に、勝手に手が動かされてる状態。同時に頭の中では自分が作った曲が流れている。歌のメロディが流れている。その歌に、流れるように言葉が乗っていく。必然。同時。一致。このために生まれたような言葉。このために生まれたようなメロディ。どちらが最初というわけでもない。それは同時。運命に導かれるように、双生児のようにこの世に同時に生を受ける。


 わかった。わかる。全部わかる気がする。こういうことだったのか。そうだったのか。曲を作るということ。歌うということ。楽器を弾くということ。バンドをやるということ。みんなと一緒に、いるということ。


 自分が産まれ生きてきた、その意味。


 すべてがわかる。すべてが繋がる。その確信。たとえ錯覚だろうとも、それは確かに今ここにある。ある以上、ただひたすらにそれだけを信じて、それだけを信じて、突き進むだけ。


 だって信じること以外に、明日をつかむすべなどないのだから。


 土井は書き続けた。書き続け、書き続け、やがて終りを迎える。読み直して手直しを加える。そうして実際歌って確認し、また手直しを入れる。そうして歌い、録音し、聴き、直し……


 いつの間にか、残暑の夏は更けていった。



     *



 翌日の学校。授業を終えた南戸が廊下に出ると、


「み、南戸さん!」


 と声をかけられた。驚いて振り返ると、そこにいたのは少し息を切らした土井だった。


「どうしたの土井くん。わざわざ教室まで」


「あ、はい、その、ご迷惑は承知ですけど、どうしてもお渡ししたいものがありまして」


 土井はそう言い袋を手渡す。


「歌詞、できました。聴いてください。紙にも書いてあります。それでその、あとはお任せします。先輩として、経験者として、どうか完璧に仕上げてあげてください!」


 と頭を下げる。


「そっか……わかった。では確かに頂戴します。どれくらい時間かかるかはわからないけど、ちゃんとやっとくよ」


「あ、はい! お願いします!」


「うん、任せて。なんかすごく緊張してない?」


「……その、三年生のエリアに来るなんて初めてで……」


「あ、そっか。でも作りは全部一緒じゃない?」


「三年しかいないっていうのがもう怖いです……」


「そういう……これ多分文化祭でやるんだよね」


「そうですね。それに間に合わせられるように、やってます」


「わかった。私もさ、歌だけだけど、一曲、ちゃんと練習しとくからよろしくね」


「はい、こちらこそ。というか今更ですけどいきなり押しかけて申し訳ありませんでした」


「いいよしょうがないし。でもみんなに連絡先とか聞いてくれればよかったのに。データでも送れただろうから」


「……自分が知らないからもう直接行くしかないって思い込んでましたね……言い訳ですけど昨日の夜遅く出来上がったんで、一刻も早くって気が焦ってて。気遣いできずすいませんでした!」


「平気平気。あんまり後輩の男子に頭下げられてるの見られるのもあれだしさ。それじゃま、いつ聞けるかはわからないけど、楽しみにしながら聞くね。新生『yacell』のその曲を」


 南戸はそう言い、笑顔で軽く手を降った。



     *



 翌朝。家を出る直前に土井の電話が鳴る。それは前もって吉田に教えてもらっていた南戸からのものであった。


「はいもしもし」


『もしもし。今大丈夫だった?』


「はい。家出る前です」


『よかった。朝早くからごめんね。でも夜遅い時間よりはいいかと思ったから。とりあえず歌詞は読んだよ。読みながら曲も聞いた。結論から言うけど、すごくいいと思う。当たり前だけどさ、こんな詞私には書けないし。土井くんの言葉っていうか、経験がよくわかたっていうか。でもそれはやっぱり私にもあって、だから胸を打つものがあったから』


「ほ、ほんとですか?」


『うん、ほんとだって。だから正直手直しなんて必要ないと思うけどさ、個人的に自分で歌ってもみてだけど、単純に歌う上で言い回しを変えたりとかそういうね。より歌いやすく、正確な音数でって。そういうのはちょとやって書いてみたから、そのデータも送るね。今の歌詞は土井くんの方でも持ってるもんね』


「はいあります」


『じゃあ新旧比較だね。でも、ほんといい曲になると思う。私も完成が、あの子こたちがどういうパートつけてきて最終的にどうなるのかもすごく楽しみだよ。このキーボードもさ、今までの『yacell』にはなくて、それもすごく土井くんの音って感じで残ってたよね。男の子の声っていうのも。なんだかほんとに、変わるなあって、新しくなるなあって。そこにいた者としてもさ、純粋にそれがすごく楽しみだから』


「……本当にありがとうございます。絶対、今よりもっともっと最高の曲に仕上げますんで、待っててください。それを文化祭で、一番近いところで聞かせてあげますんで」


『ありがとう。それを楽しみに待ってるよ。じゃあそこまで、もう少し、がんばってね』


 南戸はそれだけ言い通話を切った。家を出るまでには、もう時間はない。教室に居場所のない土井は基本いつもぎりぎりにつくように家を出る。今は聞いてる暇はない。土井はスマホ片手に慌てて家を出るのであった。



 学校につき、授業が終わり、休み時間になってようやく一息つく。スマホにイヤホンをつけ、南戸から貰っていたデータを開く。歌詞と歌。自分の歌詞を元に、南戸が細部の修正を行ったもの。確かに、聞けばわかる、細かい部分だったが細部を変えただけで聞こえ方が違う。音としてより正確になり、流れが良くなる。歌詞も音なのだから当たり前。こういう細部までできるというのは、やはりすごく能力があるからなのだろう、と土井は改めて思う。少なくとも、これで完成。歌詞は完成。ほぼ間違いない。九九%は、これで完成のはずだ。それは同じに、歌も。


 やった、できた……できないと思ってたけどできた! しかもこんな早く、もっと時間がかかって間に合わないと思ってたのに!


 土井は自席で一人小さくわなわなと震える。どれと同時に、今聞いていた歌を、声を思い出す。この歌を、この歌詞を歌う南戸の声。彼女の歌う声は映像などで何度も聴いてきたが、やはりいい。歌もうまいが声がいい。そして彼女が歌うこの曲を聞き、この歌は彼女も歌うべきなのではないかと強く思う。明確に男声パートと女声パート、そしてコーラスが分かれているので、自分のところは自分で、だけど女声の、とくにここ。ここはできれば、何がなんでも南戸にやって欲しい。南戸の声で残したい。たとえこれからそれがずっと無理であっても、最初くらいは。それこそが多分完璧な姿だから。その状態で録音して、残したいと。


 彼女も『yacell』のメンバーだ。それをまだ、あの三人も強く望んでいる。そしてそれは土井も同じこと。そしてこれが最後かもしれないのならば、それを完璧な形で、完璧な曲で。たとえそれが永遠の分かれでも、それにふさわしいものをと。


 やろう。説得。そのためにも曲を完成させよう。南戸さんを、どうしても自分もやりたいと思わせさせるだけの曲を。


 文化祭までは残り一ヶ月を切っている。その短い時間を、光の速度で駆け抜けよう。光のように、ただ自分が辿り着く先だけを知って、まっすぐに。



     *



 吉田と外田が自分の担当パートを完成させてくる。それを合わせて演奏する。歌う。各自意見を出し合い微調整をしていく。そうして徐々に、徐々にと、七〇点を八〇点、八〇点を九〇点と仕上げていく。より曲全体としての完成度。必要な音を必要な場所に。不要なものを取り払って。すべての音を効果的に。


 歌は土井と吉田。そして南戸。南戸が練習に参加できるのは一回こっきり、それもわずかな時間であった。個人で練習をするとはいえ、なかなか難しい。土井が作った曲の女声パートは吉田と南戸に分かれている。土井のイメージで二人に分けて。最終的には、というより南戸がいないのが常態であるため基本的に吉田がすべてを担当するのだが、今回だけの特別処置。この歌を、歌詞を、どうしても南戸にも歌ってもらいたいからという土井の思い。


 その歌詞を初めて聞いたメンバーの反応は様々だった。


「土井すご! めっちゃいいじゃん! いいっていうかこう文学的? っていうの? うちらじゃ絶対書かないような歌詞! かっこいいじゃん!」


「ありがとうございます。なんていうかその、歌詞聴いてこう、わかりやすいですか?」


「んー、まー正直なんとなくじゃない? でも歌詞なんてだいたいなんとなくじゃん。なんとなくわかるなーで全然いいし、そのなんとなくが何回も聞いてるうちにもっと鮮明にわかってくることだってあるんだしさ。それにわかるわからないがすべてじゃないじゃん? 別にわからなくたってさ、なんかいいなーとかすごいかっこいいなーとかあるわけだし。だからこう、いい意味でそれっぽいじゃん土井の歌詞は。聞く人によってどんなふうにでも取れるっていうかさ。受け取り方が一つしかない歌詞なんかよりそっちのほうが全然よくない? そっちならちゃんと曲も歌詞も聞く人一人ひとりのものになるわけだし」


「そう言われるとそうですね……形が定まってないっていうか、分からない部分があるからこそ聞く人一人ひとりの形に合わせて、一人ひとりのものになる……」


「というかさ、これマジで土井が書いたの? マチさんにも見せたんでしょ? マチさんの手が入ってるのってどれくらい?」


「そうですね……割合でいうと一割りくらいでしょうか。言葉に関してはほんとに音とか音数考慮して同じ意味近い意味の言葉に変えたり、あとは語尾というか文末とか、そういうの調整していただきましたね」


「ならほぼ土井か……自称国語の成績だけは良かったとかいうオタク特有のやつ?」


「いや、正直国語の成績もそんな良くなかったですね……これはほんともう、最初だけの奇跡って言いますか、絶対こんなのもう二度とできないと思います。ほんとに最初だけのたまたまで」


「いーんじゃない別にたまたまでも。そのたまたまだってやってみるまではできるなんて思ってなかったんでしょ?」と古石が言う。


「そうですね……」


「なら続けてけばまたそういうたまたまもあるんじゃない? 続けるってそういうもんでしょ。ま、数撃ちゃ当たるよ作曲だの作詞なんてさ」


「書かねえお前が何偉そうに言ってんだよ」


 とつっこむ外田であった。



 そうして曲もほぼ完成し、練習を重ねていく。間に合う。なんとか文化祭に間に合いそうだという予感もしてくる。文化祭直前の最後のライブ。そこでやってちゃんと成功させれば。いや、それ以前に自分はそこでちゃんと前を向いて歌わなければならないのだ。ただでさえ自分の曲を、自分の歌詞をという恥ずかしさ、プレッシャーがある。そんな中で、全曲前を向いて。今までに経験のない初めてのこと。


 でも、やりたい。やらねば。それこそが自分が思い描く理想のライブ。なにより、文化祭のステージでそれをやれば。自分はあの学校においても、「何者」かになれる。ただの根暗でしゃべらないコミュ障のキモオタじゃなくなる。みんなが、自分を知ることになる。本当の自分を。それを、見せつけたい。見せつけてやりたい。俺はできるのだと。俺はすごいのだと。けれども何より、正真正銘の自分たる自分の曲を、自分自身で。ギターに歌にキーボードという、正真正銘の自分として。届けたい。ぶつけたい。これが俺だと。そうして心を、沸き立たせたい。


 理想。欲。目指すもの。何故ならそれが絶対いいから。そのほうが楽しくて、面白くて、快感だろうから。数少ないライブで、遠い昔の記憶で、それを知っている。だからその、素晴らしい世界へと。




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