第66話 掻き立てられる情欲
ちょうど夕飯時だからか、言われた通り温泉はほぼ貸し切り状態だった。
俺以外には、おじいさんが室内温泉に入っているだけ。露天風呂には誰もおらず、手足を伸ばして入っても怒られない。贅沢すぎる。
当たり前だが、男女は別で分かれているため、俺は一人淋しく温泉を堪能していた。
「ぶあぁ~……生き返る」
今日一日、炎天下の中海に入っていたからか、体が強張っていたらしい。
変に力の入っていた筋肉や心が、温泉に溶けていくのを感じる。
目を閉じて木々が擦れる音に耳を傾けていると、竹柵の向こう……女湯の方から笑い声が聞こえてきた。この声、奏多か。
「京水、ジジ臭いぞ~」
「聞き耳立ててるんじゃねえよ」
「聞こえちゃったんだよ。ね~?」
奏多の賛同を求める声に、他3人が笑った。
「この竹柵、キョウたんが思ってるより薄いからね。意外と声が筒抜けになるんだよ。覗こうと思えば覗けると思うから、頑張ってみて♡」
「だから覗かないっつってんでしょうが」
「え、覗かないの? ラブコメの定番じゃない?」
「ひと昔前すぎるし、ここは現実だ。普通に逮捕されるから」
「残念。今ベニちゃんが、竹柵の前でドスケベ蹲踞してるのに」
なんだと!?
「してねーよ適当言ってんじゃねえ!!」
「ほべ!?」
「今のは純恋が悪い」
どうやら杠に鉄拳制裁を加えられたらしい。
そうか、嘘だったか。……いや知ってましたよ? 嘘に決まってるでしょ、HAHAHA☆
ちょっと妄想しちゃったのは許してほしい。こちとら思春期なんだから。
ギャーギャー騒いでいるみんなの声を聞きつつ、肩まで湯に浸かる。こっちは温泉で疲れを取っているんだ。あいつらが何を言おうと無視無視。
「にしても、カナたんもベニたんもでっけぇ~……」
「でしょ。ぼくの自慢です」
「アタシもでけー方だと思ってたけど、カナタはやばいな……」
…………。
「羨ましい……いいなぁ……」
「まあまあ。ウチは麗奈のちっぱいも大好きだよ♪」
「ひゃ!? ちょ、触らないで、ばか純恋!」
…………。
「それで言うと、純恋ちゃんのおっぱいは身長の割りに大きいから、めっちゃ大きく見えるよね」
「レナの胸も形いいよな。アタシはただデカいだけでさぁ」
「…………」
「嘘ですごめんなさいそんな怖い顔で睨まないで」
…………。
いや無視とか無理だろう、これは! おっぱいの話しかしてねーじゃん! やめてよ、これから雑魚寝すんのに気になって来ちゃうでしょうが!
ダメだ。これ以上ここにいると、別の意味でのぼせそう。
湯舟から立ち上がり、局部をタオルで隠して中に入ろうとすると、杠が声を掛けて来た。
「あれ? キョウちゃん、もう出るの?」
「あ、ああ。ちょっと疲れたから、先に部屋で休んでる」
「わかった。アタシらはもう少し入ってるから、ゆっくりしなよ」
「ありがとう」
温泉で疲れを取ろうと思ったのに、なんで逆に疲れているんだろうか。
ぐったりした体に鞭を打って風呂から出ると、丁度萬木の従姉妹のお姉さんと鉢合わせした。
「お? やあやあ。確か君は、氷室くんだったかな?」
「はい。すみません、急に泊まらせてもらっちゃって」
「大丈夫大丈夫。うちは民宿だから、お客さんを泊まらせるのが仕事だからさ」
そう言ってくれると助かる。突然お邪魔したのに、夕飯まで用意してくれるし……本当にありがたい限りだ。
お姉さんはにやにやしながら、吟味するように顔を見てくる。
「それより、女の子4人を連れた男ってどんな子かと思ったけど……こりゃ、なかなかいい男だね。4人を手玉に取ってんのかい? ん?」
「人聞きが悪いですね……みんなとは友達ってだけですよ」
「友達だろうと、相当信用してない相手じゃないと雑魚寝なんて許さないっしょ」
まあ……そうなのかも。いくら友達でも、男女の雑魚寝なんて許さない。というか、拒否する方が普通だ。
よく言えば、信用している。悪く言えば、男として見られていない。何それ悲しい。
「っと、そうだ。氷室くん、ちょいと待ってて」
お姉さんはバタバタとどっかに行くと、数分もしないうちに戻ってきた。
「はいこれ。あげる」
「え?」
押し付けられた小さい箱。まじまじと見ると……ゴムだった。
「ヤってもいいけど、避妊しなよ☆」
喧しい。
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