第11話 煙のないところに火は立たない
「ごちそーさまでした!」
「はい、お粗末さま」
相変わらずよく食うなぁ。念の為に作っておいたおかわりまで、綺麗さっぱり食べきったぞ。
リビングに寝転び、満足気にお腹を擦る。
大きく揺れた胸から目を逸らし、食器をシンクに持っていった。
「あ、食洗機あるから使っていーよー」
「なんで自炊しないのにそんなもんあるんだよ」
「パパが、いざって時のためにーって」
……それ、まさかとは思うけど、俺が奏多の飯を作るのを予見してた訳じゃないよな……? 奏多のお父さんって、そういうところがあるから侮れない。
お言葉に甘え、食洗機に食器を入れて起動する。
これで待ってるだけで洗い終わるなんて、便利な世の中になったもんだ。
「ありがとう京水。一家に一台は京水だね」
「せめて一人と数えてくれ」
やることもなくなりソファーに座ると、起き上がった奏多が俺の脚を自分の肩に乗せ、間に挟まった。
例えるなら、ソファーありの肩車。この態勢も、昔よくやってたっけ。
「えへへ。この格好、懐かしい。逆のこともあるけど、ぼくはこっちの方が好きだったな」
「よく覚えてるな」
「京水がぼくの好きなものを覚えてるように、ぼくも京水との思い出はたくさん覚えてるよ」
そんなもんか。
……いや、うん。でもね、奏多さん。この格好、ふくらはぎに感触が当たるんだ。その大きいものの。
いくら『男友達』の距離感とは言え、今こんな格好をすると意識するところはしちゃうと言いますか……これは言ってやった方がいいか。
「奏多、当たってる」
「嬉しいでしょ?」
「嬉しいです」
……はっ、しまった。素直に返してしまった……!
また奏多にいじられる。と思って見降ろすと、少し恥ずかしそうな顔をしていた。
「たはは。即答されると、さす照れるねぃ。まあ、存分に堪能したまえ。こんなこと、大親友様じゃないと許されないぜ?」
「お……おう……」
確かに、普通の女友達じゃ許されないわな。
奏多がいいって言ってるなら、気にしすぎるのもあれか。無心だ。心を無にして、会話に集中するのだ。
「こうやって、一緒にゲームしたよね」
「ああ、あったあった。奏多、格ゲーで負けすぎて泣いてたっけ」
「はぁっ!? そっ、それを言うなら京水だって、パーティーゲームで半べそかいてたくせに!」
「そのような記憶はございません」
「都合のいい脳みそすぎん!?」
ハッハッハ。なんのことやら。
「くしょが……見てろよ。約束の土曜日、コテンパンにしてやっからな」
「ああ、楽しみにしてるよ」
後ろから奏多の頭を撫でると、さっきまでムスッとしていたのに、目を細めて気持ちよさそうに寄りかかって来た。
本当、わかりやすい子で助かる。
「それよりも、問題は明日だよなぁ」
「明日? 何かあったっけ?」
「昼間、俺と一緒にいたところ見られたろ」
「もう。京水、そんなに気にすることないって。誰が誰と一緒にいようと、どうでもいいじゃん」
呆れながら、けたけたと笑う奏多。
違う。違うんだよ、奏多。お前がアメリカでどんな環境で育ってきたのかはわからないけど、ここは日本なんだ。
現代はインターネットで、どこでも誰にでも情報を拡散される社会。突如地方の高校に現れた女神のような絶世の美少女と、冴えない男が一緒にいたところなんて見られた日には……。
◆◆◆
「ねえ聞いた?」
「聞いた聞いた」
「火咲さん、彼氏いるんだって……!」
「嘘、早くない?」
「メグたんが、昔はここに住んでたって言ってたし」
「うおおおおおおんっ!」
「終わった……俺の初恋……」
「ああああああああああぁぁぁぁ……!!」
ほら、こうなる。
学校に近付けば近付くだけ、生徒の数は増えていく。その分、見てくる視線の数も増えていく。
目立つことが嫌で、ひっそりと生きて来た身としては、視線が鋭利な凶器のように感じる。
ああ、気まずい。こうなりたくないから、バレたくなかったんだ。
今日は奏多が俺の前を歩いている。こうなることを予見して、随分先を歩かせているけど……見るからに、不機嫌そうだ。遠くでもわかる。まさか奏多も、ここまで噂になるとは思ってなかったっぽいな。だから言ったのに。
心の中に溜まるストレスを吐き出すように、嘆息する。
と、背後から「キョウ」と声をかけられた。
振り返ると、そこには美少女が……と見間違えるほど容姿端麗な美男子がいた。
中学からの友達で、朝宮恋哉。自分の名前が嫌いで、仲のいい奴らかはミヤと呼ばれている。
ミヤはジャージ姿でバドミントンのラケットを背負い、小走りでこっちに向かってきた。
「ああ、ミヤか。おはよう」
「おはよう。大丈夫? 体調悪そうだけど」
「まあ、ご存じの通り」
「やっぱりあの噂のせいなんだ」
どうやら、ミヤの耳にも届いてたらしい。これだけ噂になってれば、当然か。
「カナタさんって、キョウが中学の頃から言ってた大親友でしょ? なら、付き合ってるわけじゃないってちゃんと明言したら?」
「噂を書き換えられるほど、友達も繋がりも少ないからな、俺」
そう。目立たずひっそりと生きるということは、それだけ誰とも接点を持たないということ。
ぶっちゃけ、この高校で奏多とミヤ以外の友達は皆無と言っていい。……言ってて悲しくなってきた。
「うーん。僕もなんとかしてあげたいけど、僕も友達は多い方じゃないからね。ごめんね、キョウ」
「いや、気にすんな。気持ちだけでもありがたいよ」
人の噂も七十五日。今は黙って耐えてたら、いつかみんな飽きるだろ。
七十五日。ざっと二ヶ月半。……長いなぁ。
「ありがたがってる人の顔じゃない……もう、こういう時は笑顔が一番だよ」
「え、笑顔?」
「そう。笑顔」
自分の両頬に人差し指を当て、にぱーと笑顔を作るミヤ。
やべぇ。こいつが男だって知らなかったら、思わず恋に落ちてたところだ。いちいち仕草が可愛いな、こいつ。
「……そういうのは、彼女にでもやってやれ」
「あ、いないのをわかって言ってるな。僕だって欲しいのに」
「ああ、悪かった。お姫」
「もうっ、それ禁止っ」
今度はミヤがムスっとした。怒り方も可愛いんだよな。だから中学の同級生から、お姫なんて呼ばれるんだぞ。
「悪い悪い。……ありがとうな。ちょっとは気が晴れた」
「そう? えへへ、やった。それじゃ、僕急ぐね。今日の日直、僕なんだ」
「おう。またな」
「うん、また」
元気に走っていくミヤを見送る。さすがバドミントン部。俺なんかより速い。
と……こっちを振り返っていた奏多と目があった。
何か言いたげな顔をして、でも言えなくて……結局、前を向いて行ってしまった。
あいつがあんな顔するなんて、珍しいな……後で聞いてやるか。
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