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四十一 大切な時間 大切な人


 修学旅行が終わり、華さんの悲しい出来事がみんなの中に刻まれ、僕たちは少し大人になった。

母親を亡った友達を目の前にして、命の尊さ、思いやることの大切さを学んだんだ。


 丈さんは、何か用事を作っては、僕の家に通ってくる。以前はそんな回りくどい事をしないでも来ていたのに。


  ー僕があの犯人に何を言ったのか、

   心配で聞きたいんだろなー


 丈さんは、華さんの事件で取り調べやその後の裁判に向けて、何回も犯人の女に接見している。

女は、会う度に老婆になっていった。まるで人生の早回しでもみているかのように、不自然な老い。

事件が発覚してから一月も経たないうちに女は自分で歩くことさえ困難になり、目も見えなくなっているようだった。


丈さんはご遺体が華さんであるかもしれない悲しみに沈み、僕があの時女に放った言葉を聞いていない。


女の変化は、事件が発覚し逮捕されたことによる精神的なものなのか、

僕が陽奈乃さんの犯人にしたように得体の知れない力を使ったのか、

丈さんは確かめたいが、入ってはいけない聖域の前に立っているかのように踏み込めないでいた。


 母さんも丈さんの様子がおかしいことは気づいているだろうけど、聞けずにいる。いつもの三人の楽しい会話はどこか不自然。

でも、そこは蘭子様。いつまでも続く不自然さに耐えきれずに


「ねえ、丈。なに?一体どうしたの?すごく気持ち悪いんだけど。ハッキリして。」


丈さんもいつかは母さんに突っ込まれるだろうと覚悟していたようだが、母さんの前で僕の言った言葉を聞けないとも思っていたんだ。


「お蘭は、華さんを覚えているか?」

「ええ、もちろんよ。聡明で、描かれる絵もとても素敵な方たよね。」

「そうだったよな。」

「でも、なぜ?今、華さん?」


母さんは、懐かしい人の話をいきなり丈さんが切り出したことに驚いている。


「颯、やっぱり話してないのか?」

「うん。丈ちゃんが話すと思ってたから。」


母さんは、眉間にしわを寄せて、


「何なに?心陽先生の次は、華さんなの?でも、華さん、確かご結婚されたはずじゃない?画家、、、の方じゃなかったかしら?」


  ーなんでも、よく知ってるねー


「ああ。」

「思い出した、丈の憧れの女性ひとよね。」

「そうだよ。幼い頃からずっと。」


母さんは、憧れの女性の話をするにはとての暗い顔の丈さんを見て心配そうに


「華さん、、、どうかされたの?」


丈さんは、ため息をひとつ吐いて


「うん、、、亡くなったんだ。」

「えっ、、、」


丈さんは、僕の修学旅行での出来事をゆっくり話し出した。

もちろん、僕が丈さんを呼び出した事や、犯人に向かって言った事を除いてね。

母さんは、静かに聞いていた。そして、丈さんの肩に手を回すと


「丈、、、。辛いね」


そう言って、丈さんの肩を優しくさすり、僕を膝に呼んで抱きしめてくれた。

丈さんも母さんもそれ以上は、華さんの事件について何も話さなかった。喉の奥に小骨が引っかかっているような感覚だったけど、それ以上話すと、大切な時間が壊れてしまいそうだったから。


僕はそんな二人に


「そう言えば、さっき、かあさま心陽先生って言ってたけど?なに?何かあったの?」

「さあ〜、丈に聞いてみたら?」


さっきまでの優しい母さんは、どこかに行ってしまったように、少しぶっきらぼうな話し方。


  ーかあさま、機嫌悪くなってる?ー


僕は、丈さんの膝の上に乗り移って


「丈ちゃん、心陽先生がどうしたの?」

「どうもしないよ。東雲先生が立てこもり事件のご苦労様会をしようって誘ってくださっただけだよ。」


丈さんは、なんだかモゴモゴと話してる。


「いつも事件を解決すると、ご苦労様会を被害者の人とするの?警察の中でしてるのは、テレビの中で見たことあるけど。」

「本当よね。被害者宅でするなんて、おかしな話よ。ね、丈。」


  ーかあさま、ますます機嫌が悪そうだ〜ー


「警察の皆んなじゃないよ、俺だけ。」

「へ〜、俺だけ。」

「だから、その、ほら、知り合いだったから。東雲先生が気を使って誘ってくださったんだよ。」

「東雲先生ね〜。心陽先生じゃないの。」

「違うよ、違います。」

「あら、心陽先生もいらっしゃったんでしょ。」

「まあ、そうだよ。そりゃいるよ、自分の家なんだから。な、当たり前だよ。な、颯もそう思うよな。」


困った時の丈さんならぬ、困った時の僕?

僕に振らないでほしいんだけど、まぁ正論だから加勢してあげた。少しだけね。


「そう思うけど、、、ね。」

「ほら、颯だって当たり前って思ってるじゃん。」

「なんで颯を巻き込むのよ。」


  ー確かに巻き込まないでほしけど、

   何、この会話。ー


「ねえ、かあさまと、丈ちゃんて付き合ってるの?」


母さんに問い詰められて喉が渇いたのか、コップの水を口にしている丈さんに、僕は素朴な疑問を投げ方たんだ。


「ゴホッ、ゴホッ、ゲホ、ゲホ」


  ー慌てる時に飲んでるものって、

   気管支に入っちゃうよねー


「大丈夫?そんなに慌てなくても。僕は賛成だよ。」

「いや、待て待て。颯、急に何を言い出すんだよ。」

「急じゃないでしょ。丈ちゃんがお父様になってくれたら、僕、幸せだよ。」


僕は、大好きな人と一緒にいる時間がどれだけ大切なものかって、華さんの事件で良く分かった。

丈さんと母さんと僕の時間が、たまに訪れるものではなく、当たり前の毎日にしたいんだ。


それにしても、丈さんって本当にわかりやすい人だよね。耳までまかっかになってる。


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