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苦悩の霊能力者

作者: 華嵐三十浪

 月光の蒼さ、星明かりの鋭さ、が更に寒さを呼び寄せているような夜だった。

天上から地上に闇夜のグラデーションがかかり、遠くの街灯りに山の稜線がうっすらと光る中、暗闇だけが全てのような暗く塗りつぶされた場所でちらちらとかすかに揺れる灯りがあった。

よくよく見ると全てが黒い訳ではなく黒い中にも濃淡で見分けられる塊があり、かすかな灯りと共にその黒の濃淡共はごそごそと動いていた。

その黒い濃淡の塊の中でも、高さが一つ飛び出た黒い塊が口を開いた。  

「このオッサン、ホントーにレーノーリョクシャなんですか?」

このやたらと背の高い帰国子女の若造がしゃべる言葉は何故か片仮名に変換される。

ちゃんと日本語を喋っているのにおかしな感じだ。

それに、そういう内容は小声で聞きなさい。と、思うような事を普通の音量で、さも当然のように片仮名で上司に問いかけている。

「見かけじゃない」

問われた上司は、無駄な問答はしたくないような様子でぽつりと囁くように応える。

上司は若造の疑問に答えたものの、今、彼らの目の前に立っている男はどう見ても稀代の霊能力者には見えなかった。

上司は、無表情で男を見つめながら若造の不躾さはともかく、疑問は仕方がないように思えた。

(何度見ても、さもあらんだ。。。ただの出入り業者にしか見えんな。。。。。)

微妙に緩やかにS字を書くようなシルエットで立っている姿は、生活臭の悲哀が漂うただのうらぶれた中年男で『神秘』の欠片も見出す事が出来ない。


 今日の夕方、都心のとある駅の喫煙コーナーで男は背中を丸めて煙草を吸っていた。一目見ただけで日々の生活に支配されているのが分かるような風貌仕草だ。

上司は迷う事無く男に声をかけた。

「お久しぶりです。」

上司と男はお互い目も合わさず会釈もしなかった、ただ、前だけを見つめていた。

「今日は避けたいんですけどね。すき焼きだから。。。」

男は、使命感のカケラもなくめんどくさそうに口を開いた。上司にも他の誰にも目をくれない。

「すき焼きですか。。。残念です。南側ロータリーに車を停めています。」

上司は上司で表情もなく淡々と用件のみ男に伝えた。

二人が交わした言葉はそれだけで、上司は男に目もくれずその場を後にする。

男の方は名残惜しそうにゆっくりと煙草を吸い、フーッと煙を宙に吹き出した。


車に戻った上司は無言であったので、若造だけが同じ場所にいながら蚊帳の外であった。上司のしばらく後から男がのっそりと遠慮がちに後部座席に乗り込んでくる。

「どこですか?」

「長野と富山と岐阜の間くらいでしょうか」

「・・・・・・今からですよね?」

「はい」

「他の方じゃ駄目なんですか?」

「駄目でした。」

相変わらず、上司と男は目を合わさなかった。

男は全てをあきらめたように小さくため息をついたが、あまりにも小さいので若造も上司も気がつかなかった。


 男が半ば拉致同然に、冒頭の山奥の現場へ連れて来られたのは闇の方がやや濃くなってきたかな、といった頃だった。まだ、人の顔の見分けがついていた。

「こちらです。」

上司は黙って、妙にきれいにされている塚らしきものを指差した。

「げっ」

男は促されるままに塚を見た瞬間にうめいた。

続けて、やっかいだなぁ、めんどくさいなぁと言いながら落ち着かない様子で塚を見つめていた。 


 この塚は1年程前に高速道路建設工事の途中で発見された。

発見された当時はあまりにも自然に馴染みすぎて、誰も人工的なモニュメントだとは思わなかった。しかし、簡単に終わるはずの土塊の撤去作業が3回も失敗すると、もしかして何か超自然的な事が関わっているかもしれないと思い出した。

土木関係者は、その工事技術の進歩とは裏腹に意外な程迷信深く験を担ぐ。どれだけ技術が進歩しても統制し切れない部分が多いのを、何となく知っていたり伝えられたりしているせいだろう。

とりあえず、作業者が恐る恐る原因と思しき辺りの土塊やら石塊草木等を取払い、掘り下げてみると人工的な石組みが出てきた。

出てきた途端、そりゃ言わんこっちゃないと、誰も言ってない神秘やアニミズムへの畏敬の念を語り出した。なんか怪しいと思ってたんだ!と。。。。。

とにもかくにも、失敗の原因が技術や人為の及ばないところにあるとわかった以上、作業を続けることはできない。と、作業員は黒かった顔を真っ白にしながらすぐさま親方に報告した。


報告を受けた親方や関係者も顔を白くしながらも、たまにあるのよね。

そうそう、よくたまに、などと反語を並べ立てながら然るべき手配をする。が、何故かお祓いや法要が効を発せず、塚は撤去どころか動かす事もできなかった。

結果として、無駄に工期が伸びた。当たり前のことだが、どれだけ、デスクが作業をしろと言っても現場が動かなければ石ころひとつ左右できなかった。

そして、工期の遅れが取り戻せないと分かってから、上層部へ知らされる事になり自然と対策が後手に回ることになる。

対策と言っても、上層部としては、今更なんやねん!どうしょーもなくなってからゆーてくんなや!なのだが、現代社会にありえない内容でも上がってきた報告書には目を通し対策を試みねばならない。

上層部。とはいえども中間管理職でしかないのだから。。。。


アチコチのヒエラルキーの階層で右往左往したところで、一向にらちは開かず時間ばかりがすぎて行く。件の塚は、いつからそこに坐していたのか、由来もどんな御霊がそこに祭られているのかすらも分からない。江戸時代くらいまで遡れば近隣に住んでいる人もあったかもしれないが、いまでは現地にたどり着くのすら一苦労である。土地の売主に聞いても、権利を持っていた親戚の爺さんが死んだのでコレ幸いと売り払った。としか聞くことがきなかった。

万事お手上げである。しかし、職務怠慢を指摘されるまで手をこまねいてもいられない。

折りをみては礼を尽くして塚の中の御霊に呼びかけたが、頑として塚の中の御霊は応えてくれず、撤去しようとすれば事故ばかり起きた。

その頃には、恐ろしさから逃げ出したり契約切れで現場から離れていく作業者も出始め、工期の遅れは倍になっていた。

現場が及び腰になり上層部が投げやりになりかけた頃には、これ以上の工期の遅れは政治問題になる時期になっていた。そこまできて、ようやく、ついに、最後の切り札、として用意されたのがこの風采の上がらないオッサン(男)だった。


「オッサン、サッキから電話かけてるけどナニしてるんでショー?」

「電波通じんの!?」

現場では闇が濃くなり、男は不承不承といった感で塚に向かい合っていた。

塚に向かい合う前に男は、若造と上司に3m位離れて見ているように指示を出していた。

男がスマホをかけ始めたのは見えていて声は聞こえているのだが、音として捉える事は出来ても言葉として理解は出来なかった。何か非常事態でも起こっていれば問題なので、指示を無視して上司と若造は男に近づく。

「だから、ちがうってほんとだって」

「・・・・・・・・・・・」

男に近づくと電話の向こう側が怒っているのが分かる。声は聞こえないが音の雰囲気で何となくそう思った。

「・・・・・・・・・・・・・!」

「ほんとに長野と岐阜と富山の間くらいなんだって、ちがうって、飲んでないよ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」

「だって、急にヘリで・・」

『すき焼き食べたいって言うから!給料日まで待って用意したのに!予定が変わるなら連絡しなさいよ!!用意する方の身にもなってちょうだい!!』

電話の向こうの声は怒号に変わり、闇の中に静かに響いていった。

男に声をかけようとしていた上司と若造は、怒号に含まれる現実の生々しさにからまれ動く事が出来ない。

「ごめん。本当にごめん。でも、急に。。。。あのさ、母さん、すき焼き残しといてくれない?」

「ふざけないでよね!!!」

「あ、まって!牛肉なんて贅沢言わないから!ネギ、ネギで!あ、豆腐でもいいです!あ、すき焼きでなくてもいいから!晩ご飯!母さん!!ばんごはん!!!」

あからさまに電話が切れた音がガッチャンブツリと聞こえる。スマホなのに。。。。。

「ごはん!ご飯残しといて!!!」

男はしばらくスマホを両手で抱えたままため息をついていた。

男の背後で上司と若造は凍りついたようになった。

上司は同性としての同情を禁じ得ない。しかし、この手の同情は表現してよいものではないので、どうしていいやら判断がつかない。結局、更に凍りついたように身じろぎもできなかった。

上司が、このあとどう行動するべきなのか思案する内に、辺りが白く霞んで見えるようになった。

地面からうっすらと湯気が立っている。その湯気は暖かくもなく冷たくもない、広がりがとても早くあっという間に一面が靄がかかったようになった。

「モヤですか?これ??」

若造が手を大きく振り回し靄を振り払おうとする。

上司は慌てて男の方に走りよろうとしたが、靄が拒むように纏わリつき思うように進めなかった。身動きが取れないながらも、なんとか男の無事を確かめようと男がいる方向を見つめるとわずかながら声が聞こえてきた。

「。。。。。。。。。。その気になれば、もっと珍しい料理やらご馳走やら、イタリアンだフレンチだ究極の幻の数量限定期間限定って食べれられる時代なのに。。。。もう今の時代、すき焼きなんてご馳走の代名詞ってわけでもないのに、でも、好きなんだもん。。。すき焼楽しみきだっていっても、ネギと白菜と豆腐の甘辛煮を卵で味わうようなものなのに、でも、楽しみにしていたのに。。。。。こんな所で・・肝心の本体出てこないし・・・戻っても夜中で。。。。。息子に汁まで。。。。。。」

男は靄を物ともせず、滲み出るようにボソボソとしゃべりながら落胆していた。

上司は重ね重ねこの男にはどうやって声をかけたらいいものか迷った。

国家事業と一般家庭の献立とを同じ土俵で比べる方が間違っているのだが、つい同情的に考えるのはこの男の風貌のせいだろうか。

上司が思い切って声をかけようとした時、周囲の空気が靄ごと揺れた。

空気と靄がこんなに重たいものだったのか、を考えさせられる位どっしりとした重さが周囲を巻き込み波紋が広がるような柔らかい速さで、ぐにゅりぶわりと身体を通り抜けて周辺に押し広がってゆく。

波紋の圧力は、直に内臓をなでるような感じがして、とても不快だった。

男も上司も若造も一瞬顔を歪める。

波紋が静まった後にその中心部に目をやると、仄かに蒼白く光る人形の何かが立っていた。

「あ、出てきた。」

男は驚いたように抑揚の無い声でポソリとつぶやく。

上司と若造は望んでいた結果が得られそうなのに、なんだか狐につままれたような感じがしてならなかった。これでいいのか。。。俺たちや現場の費やした時間は。。。。。


 蒼白い人形はツーイッと滑るように男の目の前に立った。しばらく男をぼんやりと見つめているような形で立っていた。

男もしばらく見つめかえしていたが、会社で営業先の人と商談前の世間話をするように話し始めた。

「えーと、お休みの所すいません。お騒がせしてしまって、その、ニョーボの手を煩わすのもなんですから前もって連絡しとかないと。はははは」

・・・・・・・・・・・・

「ええ、まぁ、女子供の養いがたさはメソポタミアの昔からですから変わらないのかもしれませんね。」

・・・・・・・・・・・・・・

「ええ、息子が二人。一人はニートで、も一人は高校生です。ええ」

・・・・・・・・・・・・・・・

「ああ、お嬢さんですかぁ。華やかでよろしいですねー。私も娘の方が良かったかなぁ、って思いますけど。ああ、年頃になるとやかましい。。。可愛いのは小さいうちだけって、それはどこでも変わりませんねー。はははははは。」

・・・・・・・・・・・・・・・・

「やかましいばかりで嫁に出すのが一苦労?ははは、嫁に出せるならいいですよ。ニートの息子はどこにも出せないですからねぇ。ははははは」


はっきり言って男の一人でしゃべる姿は気持ち悪いを通り越して不気味ですらある。ここが怪奇現象の現場でなく仕事でなければ、出来るだけ避けて通りたいシュチュエーションだ。しかも、内容が内容なので上司と若造は手を出す事も口を出す事も出来ず、男の一人口上を聞き続けた。

その後、一通り男と人形は語り終えたらしく少し間沈黙が続いた。人形がぬるりとした動きで男の方に手を置いた。

「そうですね。それがいいと思います。はい、ありがとうございます。」

男が礼を言い終わるか終わらないかの内に、天にか細い光の柱が立った。布をすりあわせたような軽やかな音の後には、また、暗闇と静寂が残された。

「終わりましたよ。」

男は少し前屈みのまま、ゆっくりと振り返り本件の怪異現象の終わりをあっさりと手短に告げた。

「そうですか。お疲れさまでした。」

上司は上司で、これだけ長く多くの人を煩わせた案件と思えないような手短な挨拶を返す。上司は男にお送りします。と言ったきり事の原因も人形の正体も聞こうとはしなかった。


男をヘリに乗せる時に若造が堪り兼ねたように口を開く。

「ホーコクショどうします?ナニがなんだか?」

男は若造の発する言葉の意味が分からないようで、慌てて上司と若造を交互に見やった。上司は若造に目もくれず帰り支度をしながら面倒そうに答えた。

「報告書には今後支障はない事を書いておけばいい。」

若造は信じられないといった顔をしたが、それ以上何も聞くことはなかった。

すぐに迎えのヘリがどこからともなく現れたのでそのまま3人とも乗り込んだ。


「どうして、イママデではダメだったんでショね?」

一旦落ち着いたのか、さっきの疑問を別の形で確認しているのかは分からないが、若造は今度は男に直接たずねた。

一瞬の後、男は若造の言葉が日本語であると理解できたのか愛想よく答える。

「御霊が古すぎて仏教とかは理解できなかったみたいだね。やかましいだけだったみたいだよ。神道も、なんか都合悪いみたいで、そのなんだ、都合で悪者にされたの怒ってたみたいでね。」

「??ヨクわからないですが、イマまでケントーチガイのコトしてたってコト?」

「ん〜、そういう事になるかなぁ。何をしに来たのか分からないって怒ってたしね。」

「でも、エート、アナタが呼び掛けてもないのに出てきましたよね。」

「初めはやかましくて怒ってたらしいんだけど、ニョーボとのやり取りをエラく同情してくれてね。。。。。」

若造はいきなり続ける言葉を失った。片仮名を駆使して喋っていても頭と性格は良いらしい。

「いろいろ話をしてたら、しばらく居座ってやろうかと思ってたけど、やっぱり奥さんや娘さんの事が気になるから一旦常世に戻るって言って自分で帰って行ってくれてね。助かったよ。」

男は心底ほっとした顔をしてみせた。若造は疲れたような呆れた顔をしてたずねる。

「よくうまくいきましたね?」

「うまくいったさ」

男が答える前に上司が口を挟んだ。

「たいていの御霊は以前人間だったんだから、人間らしく暮していく苦悩には大なり小なり反応する。」

なぜか男が上司の言い様に感心している。

「まぁ、人間。腹が減れば怒り、眠くなればあくびが出るのは昔から変わりませんからね。」

あまりにも本能的すぎると若造は思ったが、何故が真相のツボをつかれたような気がした。

「苦悩の霊能力。というところかな。人が人らしく暮すためにのたうち回った結果得られた能力。という所だな。国家を右往左往させるほどの怨霊は大抵真面目な人だっただろうから、生活に根付いた苦悩には敏感なんだろうな。」

上司は一通り喋ると、また黙って前を向いた。

「苦悩が増すと能力も増す仕組みらしいんですが、ありがたくないですねぇ。」

男は自嘲ぎみに小さくため息をついた。

どうも、これ以上の詮索はしてはいけないらしいと悟った若造も黙って前を向いた。

男は眠たくなったらしく、着いたら起こしてほしいと言って目を閉じた。

「。。。ボク、バーチャンのスキヤキの。。。トーフのラストワンがイチバンですヨ」

若造が目を閉じた男に呟くと、男は薄目を開けてニヤリと笑った。




 翌日の夕方、とある駅の喫煙コーナーで少し背を丸めた男が周囲を気にしながら、1本の煙草を大事そうにゆっくりとふかしていた。


お楽しみいただけたら幸いです。

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