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第一章 十一月の使者

頭頂部は跳ねないが眉の上までの前髪のいかにも体育会系らしいショートヘア。目つきが悪くも見える一重のつり目でしかも三白眼。2021年11月のある朝、いつもと同じように校門を抜け昇降口に向かうと、一度も同じクラスになったことがなく全く接点のないAという奴にいきなり日清戦争の年号を問われた。

「日清戦争は何年でしょう」

 

(んなもん知るわけなかろう。ってか誰だこいつ)

 知らんと答え足早にその場を去ろうとした私に、1894年という声が被さった。意図は不明だが、面白そうだし覚えておいて損はないだろうととりあえず覚えてみることにした。その日は、再びAと話すことはなかった。

 翌日。

「日中戦争は何年でしょう」

 あろうことか昨日頭を占領していた日清戦争だと聞き間違え、私は1894年と即答してしまった。1937年だと訂正され、これもまたなんとなく覚えてみることにした。

(歴史、意外と面白いのかもしれねえなあ)

――よくわからんのに覚えてみようとは相当お人好しだね。いや、私はお人好しなんだろうけどね?


 今思えば、無意識のうちにその時からもう歴史とAに引き込まれていたのかもしれない。私が中国語を学んでいたのはもう六年生全体で周知の事実だったので、日露、第一次世界大戦をすっ飛ばして日清戦争のすぐ後は中国と関係のある日中戦争の問題を出されたのだろう。私は中国語を学んでいるだけなのに、勝手に中国人にされてしまったりもしたが、なぜか嫌ではなかった。私が日本人だということは当たり前に知っているだろうから、言いたきゃ言わせとけという感じで放置しておいたのである。その後、中国人の「人」が取れ私は「中国」としてAやAの周りの人物に広まることになった。

「いや、中国語と中国人の顔は好きだけど中国自体にはそんな興味ないからね笑」

 私は、目が細くて吊り目の男性がタイプなのだが、日中韓の中で韓国人の男性はせっかくの細い吊り目をわざわざ破壊して整形してしまわれる人が多いので非常に残念なのだ。世間的には吊り目の人はあまりモテないらしいが、私は一重、吊り目で目つき悪いと言われる人一辺倒なのである。

「俺は中国人の顔は嫌い」

そういや、Aって一重だし吊り目だし三白眼だし結構好みかもなー。中国人は結構世間的に吊り目なイメージ持たれているので、もしかしたらAは自分の顔がコンプレックスなのかもしれない。一重で吊り目というのは私の好みではあるが、確かに世間的に大人気という顔ではないだろう。だが、世の中の目が細く一重で吊り目の男性方。自信を持ってください。吊り目一辺倒がここにいます。

――だからといって色恋沙汰に直結するなって。そして、たぬき好き爆発しろ。


 私は、自分が完全におちょくられていると分かっていても、全く不快になど思わず、楽しんでいるように思えた。Aは頭がよく陽キャで学年でも目立つ奴だったからか、私はその日からAと繋がりのある知らない奴らになぜだか声をかけられることが増えた。(中国好きの人と認識されていたのだから笑える)同時期にBL好き女子たちと判明した集団の仲間に入りプロットの段階のBL小説のアドバイスをもらったりすることもあった。人脈が徐々に広まりを見せていたのである。

 「お前、Aのこと好きなのか」

 その日、給食の前に廊下で手を洗いに並んでいる際、こちらから話しかけたか話しかけられたか定かではないがAと話していると同じクラスの女子に謎の疑惑をかけられた。私には、全く色気のない歴史の話を異性である男子とするだけで好き疑惑をかけられるということを全く想定もしていなかったのである。

「は、なんでそうなるの。。」

 おそらく、否定したのではないかと思う。真実どう思っているかは別として、当のAがいる前で肯定などできるわけもない。しかも、私はそんなことを聞かれるとは想像もしていなかったので半分無意識に否定しまったのである。完全に想定外だったため、Aがどう思うかと考える余裕などあるわけがないし知る由もなく。だけど、その時の私には否定しか道はなかったのだということははっきりと言える。もしうっかり言葉でも濁そうものなら、またたく間に尾ひれのついた噂が出回り、Aとは前のように話せなくなってしまうだろうから。――外野は無視以外に方法などあるわけがないね。歴史話と人脈づくりを邪魔すんじゃねえオラァ


 数日後、私は疑惑のことなど忘れて自分からAを階段の踊り場で待ち伏せし、次はなにかないのかとうとうとこちらから問題を出すことを要求した。その時、日露戦争と第一次世界大戦の年号を問われ、日清戦争から10年おきに起こっていることを教わったのである。私は、もともと歴史に全く興味がなかったはずなのに、10年おきに起こっているということを教えられて気づいた時自分でもよくわからない高揚感に似たようなものを味わった。全く興味がなかった歴史にだんだんと頭を占領されてきて、さらに話しているうちに別の史実とも繋がったりしたため人との会話の中に歴史とAが意識せずとも頻繁に出てくるようになったのである。――いや、それって意識してるってことでしょ。

 

「次なんかないの」

 第一次世界大戦まで覚えた私は、またしても歴史問題を要求した。すると、あり得ない言葉が放たれたのだ。

「1945年に起こったこと何月何日まで覚えてきて」

「絶対大量にあるよね!?」

「えー、十数個だからそんな大変じゃないよ」

(おい! さらっとヤバいこと言うな!)

 もう一度確認したが、それは変わらないらしい。これは、私が本当に歴史に興味を持って本当に覚えることができるのか試されているのではないか。勝手にこじつけて、私はその日の夜勉に強引に歴史を入れ込み、ノート3ページほどを使ってひたすらその1945年特集を書かれているものは何月何日まで、歴史漫画の中で少しかじってある程度のものも――硫黄島の戦いなど――何月かまで覚えた。絶対無理でしょふざけんなと思っていたものの、本当に一日で計15個の1945年に起こったことをできる限り詳しく覚えた。


〜私が一日で覚えた1945年特集〜

2月 ヤルタ会談・米軍硫黄島上陸

3月 米軍マニラ占領

3月10日 東京大空襲

4月 米軍沖縄本島上陸・ソ連軍ベルリン突入・ヒトラー自殺 サンフランシスコ連合国会談

5月 ドイツ無条件降伏

7月 ポツダム会談、ポツダム宣言

8月6日 広島原爆投下

8月8日 ソ連日本に宣戦布告

8月9日 ソ連軍満州国侵攻・長崎原爆投下

8月13日 ポツダム宣言受諾 

8月15日 終戦


 その翌日階段で待ち伏せして1945年特集を猛スピードで羅列した私にAはなんて言ったと思う?途中で遮って

「冗談だよ。そんなに覚えなくていいって。その中の数個で大丈夫」

(ざけんなてめえ笑 俺がどんだけノート使ったと思ってんだ笑)

――それでも怒りを感じないなんて私は神様だな。……私はどうもきつね顔な人に甘くなてしまうようだが、それ以前に覚えている範囲が広がったんだから怒る理由がねえ。


 この日から歴史に関する興味、関心がかなり高まったのは事実だから、本当の神様は日清戦争でAは使者の役割を果たしているのだろう。全くと言っていいほど興味がなかった歴史にこれほどのめり込み好きな教科第一位にダントツで社会が来たのだから。私はもちろん、()()()()()母はことあるごとにAへの感謝を連発している。





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