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おっさん、崩れる。

「いや悪いなミリア、買い物に付き合わせちまって」



「いいえ、あたしも良い物を奢ってもらえましたし別に構いませんよ」



「良い物ってお前、修道女がわざわざ大きな街に来てまで買うのが酒かよ」



「今のあたし、修道女に見えますか?」



 ヴィルは呆れた顔で改めてミリアを見る。

 普段の白黒の修道服と頭に被っている布を取っ払ったミリアは、腰まであった真っ黒な髪を頭部の側面で纏めており、それが馬の尻尾のように見えるため、ヴィルが心の中でそれをサイドポニーと呼んでいる髪型。



 服装は、ヴィルが言葉の音が似ているという理由で勝手に呼んでいるデニム生地のパンツ、そのパンツの丈は太ももの半分くらいまでしかなく脚が露出している。

 そして腰にドット柄の上着を巻き、無地Tシャツに首にはロザリオのネックレスというラフな格好だった。



「お前なぁ、魔物とかも出んのにそんな格好してたらあぶねぇだろうが」



「……あなたにだけは言われたくありません」



 しかしミリアが奇っ怪なものを見る目を向けており、その視線の真意をヴィルは首を傾げることで尋ねた。



「鎧が邪魔だからと脱ぎ捨て、半ズボンにカラフルな柄のシャツ、靴に至ってはサンダルじゃないですか。そんな姿で魔物に出会ったらどうするんですか」



 どのような魔物が出たところで、どうにでも出来る自信のあるヴィルだったが、確かに人のことは言えないな。と、少し考え込みその間に思いついたことをすぐに実行するために、ミリアに近づく。



「大体あなたは体も大きくて威圧感があるんですからもっと気を遣って――ってなんですか?」



「ちょっと大人しくしてろ」



 ヴィルはミリアが胸に収まるくらいに近づき、そっと首の後ろに手を回す。



「――『その信仰を打つ鍛冶屋グローリーオブブラックスミス』」



「何ですか?」



 彼女は多少顔を赤らめているが、普段通りの不機嫌な顔を崩すことが出来ず、ヴィルは残念がる。

 そしてミリアから離れるとセフィロトで彼女を覗き、しっかりと効果が現れていることを確認する。



「お前、そのロザリオ大事なもんなんだろ? それなのにその応急処置がスライムの粘液でくっつけるって雑にも程があんだろ」



「ほっといてください、あたしには直せないんですから。ってあれ? 直ってますね」



「さっきのは鉄の代わりに信仰、ギフトを打って武具を作るものでな、お前の信仰がそのまま防壁になる効果をそのロザリオに付与して、ついでに直しておいた。もう壊すなよ」



「あたしの記憶では壊したのは。いえ、ええありがとうございます」



 ロザリオを優しげな瞳で抱きしめるミリアに、ヴィルは満足した。



「こういう気遣いをどうして御子様たちに出来ないんでしょうかね」



「なんのことだ?」



「いいえ別に。ところであなたの買い物は……って、聞くまでもないですよね。御子様たちにですか――って、あら?」



 ヴィルはミリアが自分の背後に視線を向けていることには気が付いていたが、勇者パーティーの話が出たとなるのなら優先順位は著しく変動してしまう。



「よくぞ聞いてくれた。まずはあいつらが好きな料理なんだが、これをだな、俺があいつらが泊まる宿屋の店主に化けて手渡す。そんでこっちの道具類はそれとなく進行方向に宝箱に入れておく。ってミリアどうした?」



「相当浮かれているのか。それともただの注意力散漫ですか? まあどっちにしろ今自分で逃げ道を塞ぎましたけれど」



「だからなんの話……だ?」



「……」



 ヴィルは振り返るのだが、そこには涙目を浮かべたアルフォース=ルビーと小動物のようにぷっくりと頬を膨らませたフィリアム=グリムノーツ、困り顔で見守るマシロ=アリスロンドが立っていた。



「あ、いやこれは違くて。飯くらいはしっかり食べてほしいなぁって」



 ヴィルはアルとフィムが本気で怒っていると察し、しどろもどろにその場しのぎの言い訳を言う。



「なんで怒っているのかわかっていないですよね?」



「へっ、ああいやあれだろ? パーティーから追放したのに追いかけてるのが気分悪いんだろ――」



 それが理由だろうとヴィルは思っており、よくよく考えなくてもこれはストーカーだなと少し反省する。

 しかしそれを聞いていたアルが歯を噛み締めた後、大きく息を吸った。



「俺たちがそんなことに怒るわけねぇだろうが! そもそも追い出したのは俺たちの勝手で、おっさんのことをそんな風に思うわけねぇ。そういうところが――」



 アルの矢継ぎ早な言葉にヴィルは困惑し、理解できないというふうに首を傾げる。



 未練たらしく追いかけたのが気持ち悪いという理由ではないのか。ではそれ以外に一体どんな理由がある? ヴィルは心底わからず、ただただうろたえる。



 だが、そんな困惑した空気も、アルの表情で彼方へと飛んでいく。



 アルが瞳いっぱいに涙をため、何故わからないのかと強く強く批難すると、諦めたように顔を伏せた。



「お、おいアル――」



「……もういい。結局、俺たちのことなんにもわかってくれてないんだな」



「は? いや」



「もういい! もう、もう……えっと、そう! 絶縁だ!」



「えっ!」



 踵を返しそのまま立ち去るアルフォースの背中をヴィルは呆然と眺めていると、フィリアムが近づいてきた。



「ふぃ、フィム――」



「だいっっきらいっ!」



「――ッ!」



 その瞬間、ヴィルは口を半開きにしながら白目をむき、崩れ落ちるように膝を大地につき、燃え尽きたように天を仰ぎ、動くことも呼吸することも忘れたように動きを止める。



「ちょ、ちょっと2人とも――もし、そこのあなた様、ヴィル様と親しいように見えましたので、不躾ながらお願いいたします。どうかヴィル様のこと、支えてあげてくださいませ。アル、フィムっ」



 マシロがミリアへヴィルのことを頼むとそのまま2人を追いかけていった。



「……お願いされましても」



 ミリアがチラリと視線を向けてきたが、ヴィルは反応せず、虚空を眺めている。



「ったく、これなら大岩を背負っていたほうがマシですよっと」



 ミリアの肩に乗せられたヴィルは、何度も頭の中で先ほどの言葉を反響させる。



 35歳のおっさんは、魔王よりも凶悪なその言葉の剣に貫かれ、これからの人生を虚無で生きることを決意した。



 何もなかった。なかったから得ようと思った。しかしそれは砂粒のように手からこぼれ落ちていく。



 どうすればいいのかわからなかった。

 すがる相手が欲しかった。そんなぐちゃぐちゃな感情を抱いたまま、失意に飲まれた35歳は帰路につくのだった。

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