盗賊、頬を膨らませる。
「う〜んぅ?」
その日、盗賊として勇者パーティーに所属しているフィリアム=グリムノーツは神妙な顔をして、自身の頭部から元気よく天に伸びているアホ毛を巻き込みながら自分の頭を撫でていた。
それ以外は何も変わっていない平和な一幕。
勇者パーティーは魔王の幹部を倒したことで、大きな街で祝福を受け、久々に街に繰り出し羽を伸ばしていた。
「なにしてんだフィム、撫でてもらいたいならいつもみたいにマシロにくっついてこいよ」
「ち〜が〜う〜。ここ最近、頭に違和感が」
「あら、やっぱりわたくしが撫でるだけではもの足りませんか?」
「そうじゃなくてね」
フィムはマシロのそばに近寄ると懐っこい顔で撫でてとおねだりをする。
フィリアムという少女はこのパーティーの中で最も魔王からの被害を受けており、恨みつらみで動いているわけではないが、勇者や御子に負けずとも劣らずの決意で、この旅路を進んでいる。
2人のように強い力があるわけでもなく、いざ戦いになると足が竦んでしまうこともあるが、それでも諦めずにここまでついてきている。
フィムは自分がどれだけのことしか出来ないかは理解しているが、それでもこの旅路の先には、きっと自分が見たい景色があるのを確信していた。
そんなフィムが神から承った贈り物は風の匂いすら嗅ぎ分け、風の感触すら区別し、風の音も聞き分け、風の色も見分け、風の味でどこから来たのかを理解出来るほどの感覚強化。
「頭以外何も変化がないんだよねぇ」
「気のせいじゃないか? 葉っぱが落ちただけとか、虫が止まったとか」
「何かがウチに干渉したらわかるもんっ。でも感触しかなくて……まるでそれ以外を切り取ったみたいな」
「それってどんな感覚ですか?」
「う〜んと」
それを言葉にするのは難しく、フィムはどうマシロに説明しようかと思い悩むとアルから伸びてきた手を素直に頭で受け止める。
「まあ気にしなくてもいいんじゃないか、特に害があるわけじゃないんだろう」
「そうなんだけどさ」
しかしフィムは気になっており、頻りに頭に触れる。
「頭に微か違和感があるんだけれど、他の感覚が一切ないの。匂いも気配も何もかも。例えるなら――そうっ、全部をいっぺんにした感じ? 一秒にも満たない間に近づいて頭を撫でられたみたいな」
「……時を操るギフトは存在だけで脅威です。操れるギフトなんて聞いたこともないですし、もしいたとしたら国が囲ってしまうか。魔王が連れ去るかのどちらかだと思います」
フィムも、そんな力を持っている者がいるのなら、ぜひ仲間になってもらいたいが実際にそんな強力なギフトを持っている者は存在しないだろう。学のないフィムもそれくらいはわかり、自分がいかに荒唐無稽を口にしているのかを恥じらう。
「ああうん、そうだよね。ちょっと突飛しぎたかも。ってどうしたのアル」
しかしふと隣を見るとアルが思案顔を浮かべており、気になって声をかける。
「いや、いるぞ1人。そんな荒唐無稽がまかり通る無茶苦茶なおっさんが」
「あっ」
アルが誰のことを話しているのかフィムはすぐに理解できた。そしてそれと同時に、目の前の勇者と同じ感情を抱き、心の奥底から沸々と出てきたこの心を握り締めるように、拳を強く握る。
「い、いえさすがに時を操ることは出来ないと思いますよ」
マシロがフィムとアルの表情で察したのか、場を落ち着かせるための言葉を放つのだが、フィムはすでに確信しており、どうにもこの感情をぶつけてやりたいと考えた。
「戻るぞ。多分すぐ近くに来るだろう」
「あ、あの――」
心配げなマシロの瞳が見える。しかしこれをなあなあにしていたらいつまで経っても先には進めない。
フィムは地に脚をつけ、舐めた真似をするあのおせっかいに、強い強い感情を抱いたのだった。