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修道女、子羊を見守る。

 勇者が魔王の幹部を倒したという噂はまたたく間に広がった。

 長い期間音沙汰のなかった勇者パーティーの吉報に、世界中が湧き、その知らせはミリアとヴィルがいる村にまで聞こえてきた。



「うんうん、やっぱりあいつらを讃える声はこれだけ派手じゃなきゃな」



「まあそうかもですが、今までだって幹部は倒していたんですよね?」



 ミリアはこの村におっさんが大分馴染んできたな。と、無理矢理出会ってからすでにひと月近い月日が経っていることに驚くと同時に、極々自然に集合場所となっているめし処で彼の正面に腰を下ろす。



「おうミリア、相変わらず不機嫌そうな面してんな」



「あなたはその不遜な顔、少しは隠したらどうです?」



 吊り目で常に不機嫌だと思われていることは自覚しているが、デリカシーの欠片もないヴィルの言いようにミリアはむっと顔を浮かべる。



「せっかく見た目が良いんだからもっと磨いたらどうだ? お前昨日また菓子を大量に食っただろう」



「余計なお世話です。それに修道女が着飾ってどうしますか。一応、あたしたちは神に仕えているんですから」



「随分とジョッキが似合う神の使徒だことで。お前さん、山の神の神使だったか?」



「喧嘩売ってますね? 買いますよ。あたしが仕えているのは、仕えているのは……。あれです、なんかそこらへんでふわふわしてるだろうやつです」



 ゲラゲラと下品に笑い、ジョッキを呷るヴィルにミリアは頬を膨らませる。



「てめぇが仕える神くらいは明確にしておけ。お前さんは、あああれだ。月だ、月を大事にしてりゃあいいことあるぞ」



「心の隅っこで覚えておきますよ。それよりも御子様たちですよ。どうして今さらこんな噂が?」



「なんでっておめぇ……」



 ヴィルが考え込むような仕草をし、トバコに火をつけたのだが、頬杖をついて黙り込んでしまった。



 何かマズイことを聞いたのだろうかとミリアはヴィルの顔色を覗うのだが、彼が突然手を叩き、懐っこい笑顔を皮切りに話し始めた。



「いやな、あの子らはなんていうかこう、奥ゆかしいと言うかなあれだよあれ。わかるだろう?」



「いえまったく。この間初めて見ましたけれど、御子様以外はそんな感じではなかった気がします」



「いやいや、まあマシロは特にそうだが、アルとフィムだってそういうところあるんだぞ? あれは初めて大型魔物――名前は、そうサイコロポス」



「一つ目巨人のサイクロプスですか。は? 倒した? 御子様たちが? レベル50の冒険者が10人いてやっと倒せる魔物ですよ」



「そうだぞ。でもあいつらはそんな華々しい功績をひけらかさなかったんだ。ふふ、なんて言ってたかな。アルは、一つ目巨人を背後に夕食ってか。なんて剛毅なことを言っていたし、フィムは、お玉買い変えろよな! そんなんで料理作ったら頭撫でさせないからな! とか言ってたな」



「……」



 ミリアは何故勇者パーティーが今までの功績を口にしなかったかを察し、呆れて彼から視線を外しジョッキを呷る。



「あなたはなんていうか、幸せそうですね」



「まあな。アルとマシロとフィムがいれば俺はどんな環境でも幸せだな」



「……そういえばここ何日か、ずっと御子様たちのサポートをしていましたね」



「そりゃあそうだ。まだまだ心配だからな」



「このままそれが続けられるといいですね」



「ん〜? やけに含めた言い方をするじゃねぇか」



 ミリアは息を吐き、頬杖をついて窓から外を眺める。



「やっぱ美人だなお前」



「あたしを口説いてどうするんですか。まあ、親とかそういうのに思うところがあるあたしとしては、近い内きっとこれまでの行ないを後悔することのなりますよ」



「珍しくシスターしてるじゃないか。眠気と焼き肉を導くだけじゃないってか?」



「わりと真面目な忠告なんですけれどね。もう少しあたしにするような平等感をあの子たちにも向けてあげればいいのに」



 心底わからないように首を傾げるヴィルに、ミリアはやれやれと首を振り立ち上がる。



「なんだ帰るのか?」



「今は浮かれているみたいなんで、どうせ聞き入れてもらえないのはわかっていますから。あとで泣きつくと思うので、極上のエールでも用意しておきますよ」



「あんだよ、酒ならここにも――」



「じゃ、せいぜい蜜の中で夢でもみていてください」



 呆けた顔をした独りよがりの母性を振りまく憐れな子羊に、ミリアは何も告げない。

 きっと彼の愛は本物だろう。しかしそれは最早エゴで、彼らを真っ直ぐ見ていない。彼のことを深くは知らないが、それはきっと傷から出来た愛情。

 もらえなかったからこそ、誰かに与える。それは幻想で、お伽噺。



 ミリアはこの茶番にも似た勇者パーティーの英雄譚に、想いを馳せずにはいられなかった。

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