おっさん、レッツストーキング!
「やだっ、うちの子たち尊い」
「いつからあんたの子になりましたか。というか――」
ミリア=レンズクローバーが引きつった顔で辺りを見渡していた。
「カメラ片手にノールックで魔物を消滅させるのを止めてください。普通に怖いです」
「あ〜?」
ミリアのいる村から飛んでやってきたのは勇者パーティーが野営していた傍の茂み。ヴィルランド=ナイトレイヴンが手にしている対象を写し、その瞬間を静止画として残すことができるカメラと呼ばれる道具で、勇者パーティーを連写していたヴィルは周辺にいる魔物がその領域に踏み込んだ瞬間に消滅するという術を用いていた。
「こいつはディメンションフィールドっつってな、対象の位置を移動させるってギフトだ。移動先は俺の手の中、近づいてくる魔物は握りつぶしているよ。蚊は殺せないがな」
「またわけのわからないギフトを。というかあなたいくつのギフトを持っているんですか。ギフトは一人につき1つが原則では?」
「厳密には俺はギフトを1つしか使ってねぇよ。っと、早く追っかけねぇと。行くぞミリア」
「……なんであたしまで」
ため息を交え、先ほど飛んできたナイフに視線を落としたミリアが渋々というふうにヴィルの後を追うと、そこには勇者パーティーがいた。
「おい見ろよミリア、アルが剣を持って辺りを警戒してるぞ。凛々しいなぁもう」
「いや、あれ周囲の索敵出来ていないってことですよね? 魔物一体もいませんよこの辺り。ド素人か」
「ばっかおめぇ、なんにもいないのにああやって必死になって行動するから可愛いんだろうが。それにお前、意味のないことなんてねぇんだぞ。見てみろ」
ヴィルはそう言ってステータスボードのログを表示する。
勇者は警戒をした。経験値100000入手した。エクストラスキル·探知レーダーを習得した。
「イージーモードにもほどがある。冒険舐めてるんですか?」
「俺もそう思う。拒否っと。さてとアルだけじゃなくてマシロの写真も。フィムは撫でなければ」
「なんの使命感で動いているんですかあなた――ん、これは」
ミリアがふいに空を見上げた。
「っとこいつは移動させられそうにねぇな。俺がいる時で良かったよ」
ヴィルは勝気に口角を上げると、勇者一行の目の前に何者かが降ってきた。
「あれ、幹部ですか? どうします、助太刀しますか?」
「あ〜、あの強敵と相見えた時のうちの子たち可愛すぎる。アルは切羽詰まったようになんとかマシロとフィムを逃がそうと最初に考えちゃうし、マシロは全員を生かそうとすでにギフトの準備を終えてる。フィムは……足が竦んでるな。かわゆい」
「あなた実はママの皮をかぶった鬼ですか? あれ、あのままだと全滅しますよ」
「なぁミリア、アルって男前だろ? 今年16歳になったんだけどさ、最近また顔つきが凛々しくなってさ。でもまだ少年っぽさが抜けていないというか、あの顔で涙目で見上げてくるんだぞあの子。マシロは流石だよな、15歳だけれど、パーティー内で一番戦闘に慣れてる。ああやって戦闘するけれど、普段はあの長い白髪をなびかせてさ、もう周囲の注目の的よ。悪い男に捕まることはねぇだろうけど、あんなに綺麗だと心配になるよなぁ」
「駄目だ聞いちゃいない」
恍惚とした表情で勇者パーティーを見つめるヴィルにミリアが頭を抱え、ギフトを発動させようとしていた。
しかしヴィルはそれを手で制する。
「フィムは小型犬っぽさがあってなぁ――っと、ここからじゃ顔が撮れねぇな。うしっ、エンペラーワールド」
ヴィルが術を行使した瞬間、それは突然起こった。
世界という空間にヒビが入り、まるでその辺り一帯時という概念が世界からの外れる感覚に陥る。
「は?」
ミリアの驚いた声も無視し、ヴィルは今しがたアルフォース=ルビーと魔王の幹部が互いの武器で鍔迫り合いになりかけている瞬間に割って入り、アルの正面から写真で連写し始める。
そしてヴィルは満足げにミリアのもとに戻るのだが、その際フィムの頭を一撫で。
「正面写真がまた増えちまった」
「いや、なんですかあれ? あなた時でも司っているんですか?」
「うんなわけねぇだろ。こいつは世界からの時の概念を追い出すギフトだ。止まっているように見えるが、正確には止まっていない。時なんてそもそも存在してねぇだけだから何も起きてねぇし、なんの変化もねぇ。まあ触れられたりしたら多少違和感は残るだろうがな」
ヴィルが指を鳴らすと勇者と幹部が鍔迫り合いを始めた。
「さってそろそろ助けるか」
アルが自身のギフトを剣に纏わせ、幹部に突っ込んでいくとマシロが光弾をいくつも放ち、呆けていたフィムがハッとなってナイフを投げた。
しかし幹部はその攻撃を鼻で笑い、全て受けきろうと動き出したのがわかる。
「あんな攻撃、効きませんよ!」
「落ち着けって――センスオブマリオネット」
ヴィルが再度指を鳴らした刹那、幹部の動きがぎこちないものとなった。
そして幹部が驚いたような表情を浮かべながら、突っ込んできた勇者の剣を受け止めることも出来ず、貫かれた。
幹部は光弾もナイフも受け止められず、ただ無防備に攻撃を受け続け、ついにはその身を光に変え、消滅していった。
「よしよし、流石だな。あんな雑魚に遅れをとるような勇者じゃねぇんだよ」
「いや9割あなたの活躍では?」
相手を倒したことに喜ぶ勇者パーティーを目を細めて見ていたヴィルは、ステータスボードを表示した。
「ったく経験値500000って、あんな雑魚にそんな価値あるわけねぇだろ。50くらいか?」
そう言ってヴィルはステータスボードをいじり、勇者パーティーに入る経験値を調節した。
·勇者に50の経験値が入った。
·御子に50の経験値が入った。
·盗賊に50の経験値が入った。
「よし、こんなもんだろう」
「もっと入れてあげてくださいよ。幹部がそんな経験値なわけないでしょ」
「幹部があんな弱いわけねぇだろうが。よしよし、うちの子たち、着々と成長してる」
「もう何も言いませんよ」
「さって、たくさん写真も撮れたし、今日は帰るか。あ、その前にあいつらの進行方向に弁当とかおいて置かねぇとな」
ヴィルはカメラを抱きしめ、やりきったとでも言うように背中から翼を生やし、ミリアを抱き上げた。
「一体あたしは何をしているのか」
「そんじゃあ帰るぞミリア。今日は俺の奢りで宴会だ。あいつらの可愛い写真をたっぷり見せてやるからな」
うなだれるミリアをよそに、ヴィルは上機嫌で飛び立つのだった。