勇者、決意新たに。
「しんどい……」
「おい勇者、さっそく折れんな」
勇者に選ばれた青年、アルフォース=ルビーはお腹をさすりながらげんなりとして言い放つ。
勇者一行はこの間、パーティーメンバーを一人パーティーから追い出したのだが、彼に日常のあれこれを頼っていたために、朝食の準備すらままならない状況に陥っており、そんな現状にアルは項垂れた。
「今朝はごめんなさい、料理って難しいのですね」
勇者パーティーのヒーラー、御子のマシロ=アリスロンドがバツがわるそうに言った。
「マシロは悪くねぇから気にすんな。そもそもそういうことをやってこなかった全員の責任だろう」
「いや、一切そのことに触らせなかったおっさんが諸悪の根源だぞ」
「フィム、なんでもかんでもヴィル様のせいにしては」
「い〜やっ、これに関してはおっさんが悪い」
盗賊の少女、フィリアム=グリムノーズがそこだけは引けないというふうに言い放ち、積もりに積もった文句をたれていく。
「やらなかったのとやろうとしたは大分違う。ウチたちは後者、何度も何度もやり方を聞こうとしたし、手伝いも申し出た。でもおっさんはドヤ顔して一瞬で終わらせるか。ウチの頭をすっごい撫でて終わらせるかのどっちかだったし」
「まあヴィルのおっさんは、包丁握るだけで危ないからって血相変えてすっ飛んでくるからな。俺たちが普段何を持って戦うかを小一時間問い詰めてはやりたかったな」
アルとマシロ、そしてフィムは互いに顔を見合わせて笑い、野営に使っていた道具を片付け始めた。
すると途中、笑顔でいたマシロの表情に影が差し、アルは首を傾げて彼女に尋ねる。
「いえ、やはりパーティーを追い出すのはやり過ぎだったかなと思いまして。ヴィル様、とても悲しそうにしていましたわ」
「……そうかもしれねぇけどな」
「そんなことないでしょ。おっさんがいたらウチたち成長しないし、そもそも戦うことも出来ない。あれは正しかった」
「もうフィムったら、一番ヴィル様に甘えていたのに。頭を撫でてもらえなくなったからって八つ当たりしないの」
「そんな話してないもんっ。と、とにかくっあの判断は間違ってなかったとウチは思うよ。それに今ごろウチたちを遠くから見守ろうと画策してんじゃない? むしろ――」
フィムが近場の茂みにナイフを放った。
「もう近くにいたりしてね」
「流石にそんなことは」
「流石にな。ただこれからはおっさんの動向にも気を配らねぇとな。探知出来ねぇけど」
野営の片付けを終え、大きく伸びをするアルがいつかそんなことも覆してやる。と決意の瞳で言い放ち。出発する皆に旨を伝える。
「さて、こっからだ。こっからは俺たちが頑張っていかねぇとな」
「そうですわね、せめて身近な人に見限られない程度には立派に努めなければいけませんものね」
「遅れた分は取り返さないとだしね。そんで、打倒魔王だなっ」
「ああ、そろそろ魔王の1人くらいは倒さねぇとな」
「このあたりを自身の領土だと勘違いしていらっしゃるのは――」
「魔王ブルートスっ!」
「奴は強いらしいな。ブルートスが動けば大地は裂け、木々は燃え、人々も一瞬で喰われる。フィム、倒せる自信はあんのかよ?」
アルは勝ち気にそうフィムに尋ねるのだが、その答えはもうわかりきっている。驕っているわけではない。しかしやらねばならぬ。それが勇者と、勇者パーティーの使命だと一同は理解している。
「あったり前でしょっ! それにどんだけ魔王が強かろうが――」
大きく息を吸うフィムに合わせるように、アルもマシロも口を開く。
そう、何よりも。
「おっさんより弱いっ!」
全員が声を合わせて言い、そして木漏れ日の漏れる鬱蒼とした森で一歩を歩み出すのだった。
「う〜ん?」
「マシロ、行くぞ」
「え、ええ」
マシロが首を傾げて辺りを見渡した。
「しかしこの辺り、魔物がまったくでないですね」
そう呟きながらアルとフィムの背中を追いかけるのだった。