おっさん、世界の真実をバラす。
「勇者パーティーがそんなことになっていたなんて……というかレベル5って、あたしより低いじゃないですか」
「お前さん、小さな村の修道女にしちゃあレベルが高いな。31レベル、中堅の冒険者だったのか?」
左目を金色に輝かせたヴィルが感心して言う。
「さっきからあたしのステータス覗かないでくれません? というか抵抗する間もなくステータスを覗けるって、大分ヤバい力ですよね」
「『万物を覗く世界樹の欠片』は俺のギフトだ。抵抗も何も、俺が視ているのは世界に属している記号とその記号の意味だけだ。見られているわけじゃねぇんだから抵抗なんてする必要がねぇだろ」
「ちょっと何言っているのかわかりません。でもそれだけの力を持った人が仲間にいたらそりゃあ怠けちゃいますよ」
ヴィルとミリアは場所を教会から村の宿屋と兼業しているめし処に移し、酒の入ったジョッキを片手に会話をしていた。
「というか勇者パーティーって、御子様がいるじゃないですか」
「マシロか? マシロもいい子だぞ。気立ても良いし、気が利く。パーティーの潤滑油みたいな子で、そりゃあもう可愛くて――」
「あなたパーティー全員を可愛いって思ってますよね」
マシロ=アリスロンド、勇者パーティーのヒーラーではあったが、彼女の持つギフトは前線で戦うこともでき、パーティーに入る前からも御子として人々を守っていた。
「御子様もレベル5ですか。まあ彼女は冒険者登録する前から前線に立っていましたから、並の冒険者では太刀打ち出来ないと思いますけれど、それでも低すぎですよ。どんな旅をしてきたんですか」
「どんなって、普通に旅してたぞ。今あいつらが目指してんのは〜……なんつったかな、木っ端魔王の名前が――駄目だ、雑魚すぎて覚えてねぇ。まあ名無しの魔王を目指してたんだが、そいつの縄張りで困っている人がいりゃあ手を貸して、たまに幹部が出てきたらワンパンで沈めて」
「魔王と名が付いている限り雑魚ではないと思うのですが」
どんな魔王でも国1つが全勢力を当てても殺せないまでも倒せるか五分でしょうに。と、ミリアが呆れながらジョッキを呷った。
「ワンパンって、勇者はそんなに強いんですか? 幹部でも相当な実力を持っていますよね」
「いや俺が」
「えっと。経験値って戦いに参加した人にしか入らないって知ってますよね?」
「それなぁ、厄介なシステムだよな。俺現役の頃、基本的にソロだったからその辺り気にしたことがなくてな、ついやっちまうんだよ。そもそも全体的に冒険者システムはややこしいんだよ」
「そうですか? 国が認可した冒険者であるならレベルを上げることができ、スキルを習得することが出来る。それは神の意向によって定められたことであり、覆すことは出来ない。これだけ覚えていれば大抵はどうにでもなりますよ」
「そんなことは一応わかってんだよ。問題はそっちじゃねぇんだよ」
「どれとどれの話ですか。まあ確かに国という括りに信仰を用いようとするのは聖職者という立場上不満はありますが、それでも神の名を用いている以上、それは絶対です」
ミリアが割れたロザリオを名残惜しそうに突いていたのだが、何かを思い出したのかパッと表情を明るくさせ、笑いをこらえ始めた。
「そういえば知っていますか? 大きな国には本当に神がいるなんて噂があるんですよ。笑っちゃいますよね。神は天から我々を――」
「ああそれな、あいつら道具だけ置いて信仰だけかっさらうような悪徳商法もびっくりなことしてやがるもんだから、余計こんがらがるんだよな」
「……なんて?」
「あ? だから国、正確には国営ギルドだが、そこにある所謂神器のことだろう? レベルが上がるのもスキルを覚えるのもあいつらの神器のおかげだぞ」
「いや、え? 神器? え、神って実在して――ああいえいえ、やはり見守ってくださっていたのですね!」
「一応な。定期的に神器のメンテもしてるし」
「ギルド張っていれば実物に会えるんですか!」
興奮気味に身を乗り出したミリアをヴィルはなだめ、トバコに火をつける。
「い、いやいや、こんなおっさんの話を何真に受けているんですかあたし。神はいない、神は空想――よし!」
「まあ信じる信じないは別にしても、ギルドにはそういう道具があるぞ。で、俺の言う問題っていうのはそれのことでな。経験値もスキルも、実は神の信仰が反映されているっていうのは知っているか?」
「は? そんなのは初耳ですが」
「正確に言うと個の格……所謂知名度や権威を神が信仰に変換して、経験値とスキルに変えてんだよ。だから冒険者っていうのは存在しているだけで神に信仰を与えちまう。個の冒険者の名声が全て信仰に変わっちまってるからな」
ヴィルはミリアを指差すと、信者というのはそれだけで有利になると笑いながら言う。
「お前さん、周りよりレベル上がるの早かっただろう」
「いえ全然」
「お前さては側だけの修道女だな? で、勇者っていうのは存在だけで名声が高いだろう? だからレベルなんてすぐ上がるんだよ。だけど勇者の場合、なまじ信仰が初期から多いせいで、本来なら魔物と戦わなくてもレベルは上がるんだよ」
「いえでも、レベル5って」
「そう、そこが厄介なんだよ。俺さ、知らなかったんだよ」
神妙な顔つきになったヴィルにミリアが息を呑んだ。
「神以上の信仰と知名度がある人物がパーティーに含まれている場合、その冒険者の権威の全てがそっちに流れちまうんだよ」
「……は? いやいや、神以上って。御子様ですか?」
「マシロは神ありきの信仰だ、あり得ないだろう。まあつまり、俺だ」
「あなた今、自分は神以上の信仰があるって言いませんでした?」
「言ったよ。現に俺がパーティーを抜けてから、アル――勇者の経験値がやべぇんだわ。ちょっと見てみろ」
ヴィルはそう言ってステータスボードのログ、宙に現れた様々な数字や文字をミリアに見せる。
そこには以下のようなことが書かれていた。
.勇者は眠りから覚めた。経験値8000入手した。
.勇者は立ち上がった。経験値10000入手した。
.勇者は歯を磨いた。経験値20000入手した。
.勇者は朝食を食べた。経験値50000入手した。スキル·毒無効を習得した。
.勇者はお手洗いに行った。経験値30000入手した。スキル·激痛耐性、エクストラスキル·安らぎの一時を習得した。
などのエトセトラ。
「赤ちゃんか何かですか! というか後半劇薬でも飲まされたんですか」
「何食ったかは知らねぇけど、こんなふうになんだよ。俺がいた時は一切なかったのにな。ほい、全部拒否っと」
ヴィルは勇者に入った経験値とスキルの取得を拒否した。
「毒耐性と激痛耐性は残してあげてもよかったのでは?」
「こんなんでぽんぽんスキル習得してもしょうがねぇだろうが」
「これはひどいですね」
「ちなみにマシロも似たようなもんでな、これじゃあもう一人のメンバーのフィムが遅れちまうんだよ」
ヴィルは煙を吐き出し、足並み揃えられないシステムなんて作るなと悪態をつく。
「で、スキルなんだが、累積された信仰をポイントにして、スキルにつき必要なポイントを信仰が超えていて、かつ条件を満たすことで覚えられるんだが」
「ママの加護ってどんな条件ですか?」
「セフィロトで確認したんだが、これもちょっと面倒なスキルでな。本来なら覚えられる奴は神に準ずる赤子が低確率で覚えられるくらいの……多分神がお遊びで作ったスキルだな。厄介なことをしてくれたよ。まあこれのおかげであいつらの動向がわかるからいいんだけれどな」
「御子様たちからしたらたまったものじゃないとおもいますよ」
「ああ〜、パーティーに戻りてぇなぁ。というかあいつら、ちゃんと飯は食ってんのか。さっきも毒を食らってたみたいだし、蚊に刺されてないだろうな。ああ、考えだしたらさらに心配になってきた」
「もう放っておいてあげたらどうです?」
「やだっ」
「ああそうですか」
ミリアが心底呆れたように息を吐くと、飲み干したジョッキをテーブルに置き、それではそろそろ。と、別れを告げようとする。
「よしっ、やっぱ様子を見に行くか。行くぞ!」
「え――」
ヴィルはテーブルに食事の代金を叩きつけると、ミリアの手を引き、店から飛び出した。
「ちょっ! なんであたしも」
「行くぜミリア――『真に紛れる偽りの世界樹の欠片』そんで、レイズフェザー」
ヴィルの背中から光り輝く翼が生えるとそれを使い空を飛ぶ。
「アル、マシロ、フィム、おっさんが今会いに行くぞっ」
「一人で行ってくだ――きゃぁぁっ」
飛び立ったヴィルをミリアは止めることが出来ず、光翼は日の光を浴びて煌めき、音速を超えるかのような速度で、2人の姿は消えていったのだった。