おっさん、罪を告白す。
色とりどりのステンドグラスが、まるで木漏れ日のように祈りを捧げている男に降り注ぐ。
場所は大きな街から離れた閑静な村にある教会。そこで男は跪き、両手を組んでいた。
35歳のそのおっさんは、名をヴィルランド=ナイトレイヴンといい、身内からはおっさん、ヴィルのおっさんなどと呼ばれている。彼は内に秘めた哀しみをただ晴らそうと、こうして信仰心の深い信者に負けずとも劣らずの雰囲気で、祈りを天へと発信していた。
そんなヴィルを教会の入口付近から見つめる眼が2つ。
この教会の修道女、ミリア=レンズクローバーがジッとヴィルを見つめていた。
「あの人、かれこれ3時間はああしているけれど、そろそろモップ持って突撃しても良いのかしら?」
教会の掃除をしたいミリアは、鬱陶しげな瞳をヴィルに向けた。
そうしてミリアがついに脚を動かそうとすると、跪いていたヴィルの体がピクリと動く。
「シスターっ!」
「ひゃい!」
振り返ったヴィルは大声を張り上げてミリアに一瞬で近づくと、彼女の肩を掴み、どこか濁った座った目を向ける。
「俺はぁ、俺は……間違って、いたのでしょうか?」
「へ、あいえその、えっと」
困惑しているのか、ミリアがしどろもどろに言葉を返すと、ため息をついて教会の奥の部屋を指差した。
「えっと、告解部屋にでも入っていきますか?」
ミリアの提案にヴィルは頷き、とぼとぼとした足取りで告解室へと脚を進める。
大人1人でいっぱいになる部屋には椅子があり、ヴィルはそこに腰を落とすと、向かいのガラスで仕切られた同じような部屋に誰かが来るのを待つ。
少し待っていると隣の部屋のドアレバーが下げられ、扉が開く音がする。
仕切りに使われているガラスは特殊な材料が使われており、互いに顔が見えないようになっているが、声は聞こえ、匂いもわかる。
ヴィルは在りし日の思い出であるエプロンを強く握った。
「聞いて、いただけますか――ん?」
しかしふと、ヴィルは鼻を鳴らす。
隣の部屋から焼き菓子の香りとりんごの香りがした。
「あ、ちょっと待ってください。あたしお菓子とジュースがないと――じゃなくて。ええ、私にも準備があるのです。焦るんじゃない、焦るんじゃあない、子羊」
ヴィルはフッと鼻を鳴らすと、向かいの人物の準備が終わるのをジッと待つ。
その際ポリポロと焼き菓子が口で割れる音が聞こえていようとも、ヴィルはただ、救われたいがために祈りを込めた。
「けぷ――はい、良いですよ。あなたの罪をここでぶちまけ――いえ、告解しましょう。神はいつでもあなたを許してくれます。今月食べすぎてプニってきたお腹も許されます」
「ありがとうございます。では聞いてください」
ヴィルは一呼吸置くと胸の中に秘めたそれを言葉にしていく。
「実は俺、つい最近まで素晴らしいパーティーに所属していたのです」
「ふむふむ、あっもしかして出てけって言われました?」
「ええ、俺はパーティーにつくしていたのに、突然俺のことはもういらないと」
「ああ〜、実力差が出ちゃった感じですか? でもあなたすっごく強そうですよね? 具体的に言うと、あたしのギフト『月の銀光に垂れる頭』が効かないくらいには」
「月の信仰からなる強制力のギフト。その手のギフトは俺に届かないようになってますので」
「いやサラッとあたしのギフト暴かないでくれません? で、そんな強いだろうあなたをその人たちは追放したと? 見る目ないですねぇ」
しかし彼女の言葉に、ヴィルは激しく首を横に振る。
「いい子たちなんですよ!」
「え、あはい」
「あいつらはな、そりゃあもう目に入れても痛くないくらいには可愛らしくて、それにこうなんつうか、根っこにあるもんが気高いんだよ。育てば強くなる。そんな確信が俺にはあったよ」
「でも追放されたんですよね? それにそれじゃああなたは一体何を告白しにきたんですか?」
「ああそうでした」
ヴィルは息を吐き、吐き出さなければならない衝動を、自身の起源ともいえるギフトに乗せ、大きく息を吸った。
「くっそ神ども! よくも変なスキルをうちの子たちにやりやがったな! 居場所が判明次第また泣かしてやるから覚悟しやがれ! 1体1体丁寧に、丁寧に泣かしてやるからな!」
まるで獣の咆哮のように放たれたヴィルの怒声だったが、彼が呼吸を整えていると、告解室の外からガラスが割れる音、そして向かいにいる女性の短い悲鳴が響いた。
「ひゃあっロザリオ割れた! ってさっきの音はなんですか? というか――」
ヴィルが吐き出してすっきりと満足していると、向かいにいる女性が呆れたような声色で「1ついいですか?」と、確認をとった。
「教会で何を宣言してますか。さっさと帰れ」
「ああんひどうぃ。まあもうちっと付き合ってくれやシスター。それとさっきの音は外のステンドグラスだ、こんな小さい教会にしては随分と立派な信仰が集まってんじゃねぇか」
「一体何を言っていますか。というかステンドグラスって……あたしが叱られるじゃないですか! あなたも掃除を手伝ってくださいね!」
「随分と俗物な修道女だな。それなら俺の話にも付き合いな、それなら手伝ってやるよ」
ヴィルは喉を鳴らすと、香草を紙に巻いた円柱状の物を取り出し、それに火をともした。
それはトバコと呼ばれるもので、自身に害もなければ、周囲に爽やかな香りを撒くだけのものである。
格好いいという理由だけで愛用している者が多い逸品である。
「ここをどこだと思っているんですか。まったくもう」
ぶつぶつと文句を垂れる彼女、ミリアにヴィルは声を上げて笑い、これまでの経緯を話すのだった。