7.秋・クズキャッスル・ロードステーションでピザ
「手違いと行き違いにより、今日一日の仕事が消えてしまったでござる」
『手持ちぶたさですね』
ミウラがヘソを天井に向けた姿勢でゴロゴロしだした。
「昼寝をするには勿体ない。さりとて、名所へ出かけるには時間と準備が足りない。さてはて、如何致したものか?」
腕を組み、首を傾げて思案する。
ミウラも思案顔だ。顔を天井に向けたまま、尻尾も天井に向け起立させ、後ろ足の肉球を枕にしているという、生物としてややこしい姿勢だが、頭の中は高速で回転しておるのだろう。
『えーっと、じゃあね、馬で片道1時間……半時の場所に新しい道駅が建設されたので、見に行きませんか? 地元野菜の即売会が開かれているそうです』
道駅とは、ヘラスの道路行政部が施した、旅人の休憩所である。乗合馬車の乗降地を駅とよぶ。駅と駅の間の道端に作った駅みたいな物。道端の駅みたいな――つまり道駅でござる
「地元野菜に興味はないが、暇をもてあますより良かろう」
ということで、ヴァイスリッター『馬です』の上のネコとなった。
して――
駆けること半時。件の道駅に着いた。クズキャッスル道駅という。
「道中、いきなりにわか雨に降られたりと、なんやかんや有ったが、無事辿り着いた」
『イオタの旦那と一緒にいると、こういったアクシデントは些細な出来事に思えますが?』
「天気は某のせいではない!」
『アクシデントと言えばここも、アレです。土地取得で散々揉めたという噂のあるところ。小さな土地を持つ所有者が沢山いて……なぜか直前に小さな土地に分割されまして、それを直前に取得された方々が沢山おりまして、どうやら上の方のちゃんとした方々からリークがあった模様で、お陰で土地取得作業が難航し、代替地からは産業廃棄物が出てきたり、最後はプロのお方々がお出ましとなり強行されて、それも上の方のちゃんとした方々が手配されたらしく、自分たちでややこしくして、自分たちでややこしい人達を使って、ややこしい結末に至ったという噂です。噂です。大事なことなので2度言いました。本当だとしたら、マッチポンプと言うにはマッチポンプが裸足で殴ってきそうな短絡的無思慮無計画さ……』
「それ以上言うでないミウラ!」
慌ててミウラの口を押さえた。この話、とある勢力に聞かれるとマズイ。
してして――
道駅は東西の街道、並びに生活道が交わる辻に面して建てられていた。
「なかなか立派にござるな!」
真新しい建屋にござる。白色が青空に映える!
『中身は真っ黒ですが、壁は真っ白!』
山の一部を削ったらしく、敷地に起伏が見られるも緩い斜面が作られていて、足下不如意な方々にも心を配った造りとなっておった。
『色んな人が色んなところで心を配った結果です』
馬止めが広い。建屋の10倍はあるぞ! しかも敷地内に道が張り巡らされておる!
『馬や馬車、大小合わせて102台駐車可能な馬止めでございます』
あいている場所にヴァイスリッターを繋いだ。いつも通り係の者に握らせて、馬の世話を頼んでおく。
『では、地元の野菜売り場を見学と参りましょう。巨大黒ニンニクは売ってませんかねぇ? おや?』
建屋に入ってすぐ、良い匂いが鼻腔をくすぐる。
「うむ! 食べ物屋が入っておるのな!」
真ん中の通路左右に、食べ物屋の屋台が出ておる。
『パン屋さんとか、ホットドッグとか、お総菜屋さん、丼屋さん、甘味まで! 麺類もありますよ! 饂飩とスパゲティを同じ店で扱ってるってどうなんだろう?』
「見てると小腹が減ってきた」
『でございますねぇ。さりとてガッツリ食べる程でもない』
「普段ならローストビーフ丼を頼むところでござるが、そこまで腹は減っておらぬ」
『わたしも、あそこの地元産の野菜をつかった野菜料理の中からお好きな6品を選べる「健康おばんざい定食」を求めていたでしょうが、食べきれませんね』
はてさて如何したものか?
『おや? 喫茶店にピザがありますね。本格的な窯で焼いてますよ、あれ。一枚頼んで2人で分けませんか?』
「ぴざ? アレでござるかな? ふわふわの薄い生地の上にチーズとかハムとか乗ってる、食べると旨いやつ」
『大体の食べ物は旨いですが……そう、それです。見かけによらずボリューミーなので、半分ずつと致しましょう』
それがよい! ってことで、早速注文致す。注文を受けてから生地を作り、窯で焼くとのこと。旨そうでござる!
メニューを覗くと……
『ミックスとかマルガリータとか、基本は抑えておりますが、わたしはここのコレ! 生ハムと葉っぱ……生野菜のピザ! 珍しいですね! 美味しそうですね!』
「よし、それにするか。これを一枚所望致す!」
窓際に卓と椅子が並べられておる。その一つを某らが占領した。
待つことしばし。
「おまちどおさまー!」
やってきた!
小さなまな板に直接のっかってやってきた。
八等分に切れ目が入っておる!
トマトソースの赤に、生の野菜のみずみずしい緑が映える! 生ハムの桃色が何とも色っぽい!
「おおー! 見た目が本場っぽいでござる!」
『イセカイ風イタリアンでござますな!』
「どれ!」
手を伸ばすと……
「薄い?」
某の知ってるピザと違う。
『生地が薄い? ははぁー、本場イタリアーノにございますなー』
生地がおせんべいみたいに薄い。あと、パリパリしてる。
元々、ピザの生地は薄い。しかし、薄いなりに厚みがある。白パンのようにもちもちしており、チーズと共に胃にずしっと来るのでござる。端っこなぞ、プックリ膨れあがっており、たまにお焦げがあったりして、その柔らかな風合いが旨いのである。
「どういう事でござるかな? ずいぶん貧乏くさいピザでござるが?」
屋台に文句の一つでも言ってやろうか?
と、立ち上がりかけたら、ミウラより制止が入った。
『もともと、ピザ発祥地のピザはこんな感じだったのです。薄くて端っこがカリッとした生地なんです。当初はチーズも乗ってなく、ソースすらあやふやで、そこら辺にある物を乗せて食べていたのです。言わば、ご飯の立ち位置だったのです。ならば、これこそピザの本道! むしろチーズとソースが乗っかってるのですから贅沢というもの!』
ピザの本道とな!
そこまで聞いて食さぬは武士の恥! 割腹ものにござる!
丹田に気を込め、息を吐く。腹式呼吸にござる『タオの発動ですか?』。
腕をゆっくり伸ばす。間合いに入った瞬間! 素早く腕を伸ばしピザの八分の一を摘みあげる! 巻き起こした風に葉っぱ……生野菜が揺れ、生ハムが怪しく誘う。
今にも崩れ落ちそうな頼りない手応え。だが、一本、芯が通った手応えでもある!
『パリっとして硬い生地ですからね』
口を大きく開け、尖った部位を迎え入れる。
もぐ! パリュッ! じわーー……。
「う、ウマウマにござる!」
力を込めて咀嚼! 口に広がる「具材」の旨味!
「そうか! 生地が弱い分、具材の旨味を直接感じ取れるのでござるな! 加えて、添え物となった生地が後追い旨味となる。こ、これはまさに日本人向けの繊細な料理!」
『日本人と現世イタリア人は、どことは言いませんが似てますからねぇ』
生ハムの弾力が口に楽しく、塩気が食を進ませる。葉っぱ……生野菜の青っぽい苦みが気づかずにいたハムの生臭さを消し去る。
硬いと思っていた生地は、適度にしなやか。ワレ存在ス! その主張、しかと受け止めたぞ!
「うまうま」
『うまうま』
いつまでも有ると思うな金と親。あっという間に食べ終わった。
何か残ってないか?
『ペロペロ』
皿代わりのまな板に付いたソースはミウラに舐めとられていた。
くっ! 悔しさに手を握りしめ……おや?
指にソースが付いておるではないか!
これぞまさに地獄で見つけた蜘蛛の糸!
「ぺろぺろ」
旨い! うまい!
幸せにござる! もう動きたくない。早く帰りたい。
「食った食った! 食い応えがあったでござる」
『見た目よりボリュームがありましたね。では、本日のメインベント、ご当地野菜の販売会へまいりましょう』
「え?」
そこそこ広い、地元野菜即売会会場。
ミウラはあっち行ったりこっち来たり、またあっち行ったり、篭に野菜を入れたり、入れた野菜を戻したり、『どっちが良いと思いますか? 真面目に答えてください。その理由は?』。またあっち行ったり、パンコーナーへ行ったりと……。
付き合うだけで疲労困憊にござる!