6.春。桜エビ丼
「春でござるな」
『春ですね。へっくしょい! チキショーメ!』
風の暖かさ、日差し、色々重なってミウラの鼻を刺激する、むず痒い春。
ネコ耳ネコ尻尾の某と、チャトラ猫のミウラ、二人旅でござる。
某とミウラは、珍しく私用で馬車を飛ばしていた。むっちゃ遠い町、サイレントヒルからの帰りでござる。
イーストネーム高速馬車道を使ってぶっ飛ばしても、二時『4時間ですね』かかる。下道も走るか? 休憩を入れるからもっとかかる。大変でござる。
とある関係のとある人物が、サイレントヒルの町で結婚式を挙げることとなった。某、ややこしい人間関係の都合上、式に出なければならぬ立場でござった。
簡単に言うと、花嫁のお父上が過年、病にてお亡くなりになった。母君は看病疲れで体をやられて寝たきりとなった。
天涯孤独となった娘を娶りたいと申し出てきた奇特な若者がおった。某は、花嫁の親代わりとして出席したのでござる。
なぜか、花嫁の介添えとして、ばあじんろうど、とやらを歩かされた。『本来、父親の役なのですが、旦那の中身は男ですから良しとしましょう。変則的ですが』だ、そうだ。
無事、式を見届け、ご両人から感謝の文を読み上げられるという吃驚『サプライズですね』に涙を流し、一泊した後、今に至るのでござる。
朝一番に花嫁の母を見舞い、続いてスリーキープの松浜より、名峰ウエルス・シシを臨み、お土産にアベリバーモチを買い込んで帰途についた。
さて、行きと違い、一仕事終えた開放感はある。ミウラと二人連れでのんびりと風景を楽しむこととした。なにせ、行きは初めての道故、迷わぬようにと目を皿にして、ミウラにも監視してもらって、緊張に緊張を重ねて手綱を握っていたのでござる。
帰りは一度通った道。責務も終えた。心が軽い。
この開放感は格別でござる!
なのにッ!
『大雨でございますね』
朝から雲行きが怪しかったのが、ここにきて桶をひっくり返したような雨でござる!
どっばどば降っておる。
加えて、見える景色は山ばかりッ! むしろ山が見えれば良い方でござる。
「こんな山の中の道でござったかな?」
『行きは魔道案内地図と道路標識だけが頼りでしたので、周囲を見る余裕がございませんでした。まさかここまで緑に囲まれていたとは!』
「道理で目が疲れなかったはずでござる」
『緑ばかり見てましたから、視力がアップしました』
「単純な体でござるな」
地図を見ると、道は海沿いに走っておる。だが、見える景色は山ばかりでござる。何とも無粋でござる。
『えー、その昔、ビッグスロープの町で国際的な大見本市が開かれた事がありました。ここは、当時の政府が見本市開催に合わせ、突貫で作った道でございます。土地の買収にかかる労力を短縮する為、海沿いの山を切り開いたのでございます。よって山を縫うような道となったのでございます』
「大見本市でござるか?」
『はい。なんでもシンボルであるサン・タワーに過激派(自称)が立ち籠もってハンストしたり、ライス国が展示した石コロを見る為に4時間待ちの行列ができたり、スタンプコレクションや記念硬貨に全国民が熱狂したり、跡地に世界最大のドラゴン、ダイダラザウルスが出没したり、すぐスチールドラゴンに世界最大記録を塗り替えられたり、360度全天周スクリーン映像技術が後に機動兵器の全天周囲モニター・リニアシート及びムーバルフレームへと繋がったとされています』
「ほほー、凄いのな!」
『他には、人間を丸ごと洗う洗濯機だとか、歩道が動いたりしたりしましたっけね?』
「ハッハッハッ! それは言いすぎでござるよ!」
またミウラの悪い癖が出た。話を膨らませすぎでござるよ。
『あとね、声で操るクレーンゲームだとか、コードレスの通話機だとか、エアドームだとかも出展されたのですよ』
「うむ? それは全て異世界において現実化されておるではないか? 声で命令するゴーレムに、風魔法を利用した遠距離通話に、結界を張った格闘技場だとか、全部魔法で」
『……それもそうですね』
ミウラが、前足にあごを乗せて考え込んでおった。
『まあ、とにかく、そんな未来都市をコンセプトにした見本市に観客を大量に運んで金を落としてもらう為、無理して作った道なんですよ』
なんと規模の大きい商売でござるか。
「なんにせよ、無粋である事には変わらぬ!」
『今ならねー。そう言えますがね。当時も別の意味で無粋でございましたからねー。無粋には違い有りません』
ウンウンと頷くミウラ。ネコであるが、物知りでござる。まるで見てきたようでござる。
して、――
この雨の中、前に進むのは危険でござる。
景色が見えぬ。前が見えぬ、雨しか見えぬ。雨って灰色なんだ。
『イオタの旦那! そこにスイフトホースリバー運転者休憩施設が!』
運転者休憩所とはヘラス王国が作った、旅人の為の施設である。
近くにスイフトホースリバーの町があるから、ここをスイフトホースリバー運転者休憩施設と通称されておる。らしい。
「ひとまず、そこへ入って雨をやり過ごそう」
して、――
馬を預け、施設内の飯屋に腰を落ち着けた。
雨はいよいよ激しさを増し、外は真っ暗でござる。遠くで雷まで鳴り出した。
窓からは、灰色の雨しか見えぬ。雨は窓を激しく叩く。
昼前でござる。ほとんど人がおらず寂しい限りである。
『逆に考えましょう。空いていると。で、お昼ご飯、何にします?』
「さてはて……」
飯屋に入った。飯を食う。当然でござる。
当然の流れ故、壁に掛けられたお品書きを見る。
この近場に深い水深を誇る湾がある。そこより様々な海産物が水揚げされておる。新鮮な魚介類が期待されよう。
「某は……桜海老丼を頼もう」
桜海老。桜色の珍しい海老。そしてご当地物。と来れば、食さずになんとしよう!
『じゃ……、わたしは生シラスと釜揚げシラスの食べ比べ丼をいただきましょう。生と茹でたシラスの違いを丼一杯で堪能できる優れものでございますよ!』
ミウラはお得感を優先する性癖の持ち主でござる。
「えーっと、食券を買うのでござるな? えーっと、こうか?」
無事注文を終え、自分で取りに行く方式のお茶を持ってきて、テーブルに着いた。
さてさて、外は雨。窓から見える尋常ではない雨飛沫を見ながら料理を待つのも風流でござる。
「おまちどうさまー!」
「来た来た!」
『早い!』
どんぶり一杯に溢れんばかりに盛られた桜色の小さな海老はシラスと大差ない小ささ。
ただし、この量、ハンパねぇ!
丼が見事な桜色で埋め尽くされてござる。
茹でて桜色になった海老でござる! 艶々と輝いてござる!
一方、ミウラの丼は一面まっ白。半分が半透明。もう半分が純白。
生のシラスと茹でたシラスでござるな?
この丼二杯に、いったい何匹の桜海老とシラスが盛られておるのでござろうか?
両名の水揚げ量はいかほどでござろうか? 取り尽くさねば良いが。
……今この時だけは、資源枯渇の命題は棚上げでござる。頂いた命を己の力にする。肉にし、血にする。それが食う者の使命でござる!
「では頂きます!」
『頂きます!』
箸でご飯と桜海老をモリッとすくい上げる。口に運ぶ道中で海老がこぼれ落ちるも気にせずパクリ!
僅かなシャリシャリ感と共に口中に広がる海老の芳ばしい香り。そして海老の甘み。
さっぱりしているのに海老が香りを主張しておる!
ご飯に絡んだ醤油タレが合う!
『生のシラスって甘いんだ! 茹でたシラスって旨いんだ!』
ミウラもガシガシと食っておる!
負けじと桜海老丼に食らいつく。
胃の腑に放り込むと口が空く。空いた口に桜海老を掻き込む。また胃の腑に落とし込む。
口に放り込むことにより、咀嚼が始まり、胃に流す。胃に流すことにより咀嚼が始まる。まるでミウラが作った魔道機関でござる!
歯ごたえ、香ばしさ、甘さ、米。これらが見事な調和を奏でておる。
行儀作法を放り出し、ガシガシと掻き込み食いをしてしもうた。
桜海老丼と生シラスと釜揚げシラスの食べ比べ丼。双方とも近場では食えぬ名物でござる!
最後の米一粒を口に放り込む。だが、胃にはもう少しだけ余裕があった。ぶっちゃけ、もの足りぬ。
どれ、ミウラはネコでござる。某に比べ、あきらかに胃が小さいはず。成人人間の量を食うには体が小さすぎる。
要するに一口もらおうと……
『ごちそうさまでした』
空になった丼をペロペロ舐めておった。
しまった! 遅かったか!
残念でござる。
茶を口にする。清々しい香りの茶でござる。
『雨が小降りになってきたようですよ』
窓から外を見ると、雨の向こうに景色が見ている。ようやく傘をさして歩ける程には降りが温和しくなった。空も幾分明るくなってきたでござるな。
「ではまいろうか?」
『ええ、出かけましょう。その前にワサビふりかけをお土産にゲットっと』
馬車に乗り込み、イーストネーム高速馬車道の本道に合流する。
ただ、この雨のせいで、乗り口から間違えて「新イーストネーム高速馬車道」に乗っていた事による勘違いと動揺による一波乱が待っていたことを知る由もなかった。