5.冬。寺院講堂歌謡説話会
黒髪のポニテがよくにあうネコ耳美少女イオタ。
頭頂部には三角の耳がピンと立っている。お尻からは黒くて長い尻尾。
浅葱色の筒袖に袴姿。女子大生の卒業の時の和装に似た着物を纏う。
そして腰には一本の日本刀。
江戸時代よりTS転生した元お侍さんだ。
イオタの相棒ミウラは、現代よりTS転生した雄のチャトラ猫である。
『わたくし事ミウラは、最近おかしな宗教に入信いたしました』
「イザナミ様に面接を受けたうえ、イセカイに転生した身でありながら無神論を貫いているミウラが何故いまさら?」
いきなりミウラが変なことを言いだした。
『でもって、次の休みの夜にですね、寺の大講堂で盆踊り的なお祭りがあるんですよ。そこに参加します。もちろんイオタの旦那も』
何言ってるのか理解が追いつかない。情報はもっと少なく的確に出すべきだと思う。
して――、
入信の強制は無いとのことなので、某もミウラに付き合うことにした。
盆踊りは某も大好きでござる。収穫祭にも好んで参加してきた。そこには麦の刈り取り作業という重労働が待っておるがな。今回の代償は何か!?
『いえ、今回の盆踊りっぽいのは、お金でチケットを買うタイプです。人気が高くて、会員、もとい……信者になっても抽選が待ってるんですよ! わたしなんて3回目でやっとですよ!』
「どれどれ? 参加費が千セスタ? 高いな! おまけに参加者の本名登録? 入り口で本人確認有り? 厳重でござるな!」
『ダフ屋対策です。チケットを買って高値で転売するザコクソ野郎対策でもあります。不法にチケットを買った不届き者にも鉄槌を! 連中が居るから当選しないんだ!』
「お、おう!」
ミウラ、檄おこでござる。イカ耳で尻尾をパンパンに膨らませておる。
して――、
連結乗り合い馬車に乗り込み、目的地たる馬車駅へ向かう道中。開演時刻は戌の初刻『19時ですね』であるが、刻限前に到着の上、準備を整えておきたいとのこと。故に、相当早く家を出た。
この連結乗り合い馬車でござるが、某、経営する会社の株券を幾ばくか所持しておる。株主特権として、半年に一度、タダの乗車券を数枚配達されてくる。今回、それを利用しているのでござる。実質移動費が零セスタにござる。
さて、目的の駅に近づいてくると、なにやら同じ図柄が描かれた鞄を持つ、年若き年齢の女子が目立つ様になってきた。途中の駅に停車するたび、乗り込んでくるのでござる。
あの鞄、某も所持しておる。ミウラの持ち物でござるが、今は某が手にしておるのでござる。
「ちなみに……今回の盆踊りでござるが、だれぞ有名人が音頭取りに出てくるのでござるか? つーか、そもそもどの宗派にござるかな?」
『山風教と申しまして、狂信者が比較的少ない宗派でございます』
「いるんだ、狂信者……」
『して、音頭取りは若くて才能に溢れる5人衆でございます』
「五人組みの音頭取りでござるか? 音頭取りにしては数が多すぎぬか?」
『リーダーである青の君は無気力キャラですが、歌も踊りも宗派のトップクラス。わたくし一押しでございます! 紫の君は顔が濃く、なにやらしても格好いいです! 演出はこの方によるもので評判が大変良いのですよ! 緑の君は天然キャラで、グループの弟的存在ですが、一番の頑張り屋さんです! 黄色の君は猫背です。最近結婚したそうです。知らんけど。赤の君はインテリタイプでなで肩。ダンスがカクカクしてます。仕切らせたらグループいちで、真のリーダーとされています! みんな仲が良いんですよ!』
「お、おう!」
一気に喋られた。黄色の君に当たりが強いミウラめ、山風教とやらに相当ハマっておるな。某だけでも気を付けねば!
して――、
目的の駅に着いた。
連結乗合馬車からぞろぞろと人が出ていく。見た限り、全部女子でござる。
小さな流れが幾つも合流し、大きな流れとなって大講堂へと流れていく。
街道の両脇には「チケット譲ってください。経費払います」と書かれた紙を手にした女子が並んでおる。
『チケット難民の行でございます。目を合わせてはいけません! 頭から食われます!』
「お、おう!」
なかなかに荒行でござるな。
ぞろぞろと流れに従って歩いて行くと、巨大な建物が目の前に姿を見せた。
あれが、目的地である屋根付き大講堂でござるな。
「ふむ、大講堂の開門時間はまだまだ先でござるよ。ちと早く着き過ぎたでござるな」
『いいえ! 遅いぐらいでございます。さあさ、あちらへ進んでください!』
「あちらは入り口ではないぞ」
『グッズ売り場でございます。山風教5人衆のグッズを買わなければいなりません!』
「買わなければならぬのでござるな?」
『そうです。これはお布施でございます。わたしが5人衆を支えるんだ!』
「お、おう!」
ミウラの目つきが変わった。人を五人ばかり殺してきた者の目でござる。狂信者は怖い。
して――、
「疲れたでござる! グッズとやらの販売場は戦場でござった!」
人でごった返しておった。
『山風教の信者は、なかでも一番整然として温和しいって話なんですが。狂信者を含め』
でござるか!?
「あまり世間を騒がすと、お上の方から根切りにされるぞ」
『うーん……一向宗とか、比叡山レベルじゃ相手になりませんが……』
逆らってはいけない教えにござるな!
して――
ミウラは鞄と下敷きとなんやかんやの小物を買い込んでおった。
なかでも、大きな魔性石を天辺に乗せた「魔法の杖」とやらが嵩張る。これは何をする物ぞ?
『歌に合わせ手に持ったワンドを振って応援するのです。これがないと講堂の中で肩身の狭い思いを致します。さ、こちらは旦那の分。一緒に振り回すのですよ!』
「これを、某もか?」
恥ずかしいでござる。振るフリをして手にだけは持っておこう。
『そしてこれも』
渡されたのは大きめの団扇。ピンク色の文字で、「指さして」と横書きされておる。裏には――、
山
風
――と、縦書きされておる。
『これで応援します。腹据えてください!』
「お断り致す! これを振り回すくらいなら、腹を切るでござる!」
絶対無理!
して――、
開門でござる。ヘラス国民が全集結したのでは? と見まごうばかりの人混みでござる! ほとんどが若い女子でござる! ふんすふんす!
チケットとやらを近場の受付に――。可愛い子を選んで。
『そこじゃありません! わたし達のチケットナンバーですと、F入り口です。アッチをずっと歩いて行った先でございます』
「どこから入っても一緒でござろう?」
『大講堂は4万5千人収容ですよ! 入り口から整理しないと、中で大混乱が発生します!』
うむ! しかも宗教の集まりでござるからな。宗徒が暴徒と化せば悪名高い一向一揆になる可能性がある!
しかも武器は怪しい魔法の杖。
勝てる気がまったくしない。
ここは温和しくミウラに従おう。
して――、
F入り口。
チケットを係の人に見せる。冒険者ギルドのカウンターに添え付けられていたギルドカード認識の魔法具に似た装置が反応。ギルドの技術はこのようなところで応用されているのでござるな。
『前の方だといいのですが』
指定席の番号が書かれた札が出る。
『あっ! アリーナ席だ! 凄い! やった!』
「あ、ありーな席?」
『砂被りの席でございます。芝居や相撲で言うところの枡席相当でございます! やったー!』
「でかしたぞミウラ! よい子にはよい事がおきるのでござる!」
どうせ見るなら舞台間近が良い。
ミウラを小脇に抱え、いそいそと門をくぐる。中にはもう一つ壁がある。二重構造でござる。講堂を囲むよう、外側にぐるりと廊下がはられておる。その廊下を進む。
『えーっと、もう少し先です。扉を3つばかり過ごしたあたり』
ミウラに導かれ、長い廊下を歩んでいく。
『ここです! ここ! この扉をくぐってください! 早く早く!』
ミウラに急かされ、扉をくぐった。
中に一歩踏み込むと――
別世界でござる!
すり鉢状に椅子がズラリと並んでおる。放物線の中心に舞台が組み上げられておる!
薄暗い講堂から独特の緊張感が漂い出ておる。たとえるなら、剣の達人が放つ気でござろうか?
高い天井に靄のような霧のような雲がかかり、イセカイの中のイセカイに踏み込むが如しでござる!
「おおおおお!」
『おおおおお!』
ゴゴゴゴゴ……
かような効果音が聞こえてくる!
『実在したんだ、ゴゴゴ音』
席の番号を確認して前に進む。
『もっと前、えーっと、右ですか? 何せアリーナ席ですからね。目の前で山風5人衆の生を拝めるのです。ありがたやありがたや!』
一心に念仏を唱えるミウラ。まあ、喜んでいるなら良いか。
『さすがアリーナ席。前に前に、もっと前ですね。さすがアリーナ席。大事なことなので2度言いました。あれ? もっと前? 右手方向? もっと前? 前過ぎない? え? ここ?』
最右側でござる。真正面の特等席とは思ってなかったので、これはこれで文句など無いのでござるが……。
最前列から2番目の列。
されど、舞台は遙か高み。十五、六尺『5mですな』はござる。
「この席からだと、角度的に舞台上が見えぬ?」
舞台の右端しか見えぬ。アリーナ席とは、かような席のことでござったか。
『で、でも、ほら! フロート、もとい「だんじり」の出入り口側です』
舞台下右側に入り口がある。そこからだんじりが出てくるのだそうな。
『ステージは見にくいですが、正面スクリーンはよく見えます。この席は、ストームのメンバーを一番近い所で見れるんです!』
ものは言いようでござるな。
『後方最上席は、全景を見渡せますし、とにかく、席に貴賤はないのですよ!』
贔屓の引き倒し、あばたもえくぼでござるかな?
「む!?」
明かりが落ちた。女性の歓声が上がる。歓喜の渦でござる。
『ほら、始まります! 青の君ーっ!』
音楽が流れてくる。舞台に若い男、五人が現れた。モニターでしか確認できぬが!
「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ。見えてますか? 聞こえてますか?」
「ねぇねぇ、盛り上がってんの? どうなの? 盛り上がってないんじゃないの? もっとちょうだい!」
「はーぁい、はーぁい、はーぁい! 今日は行けるかい? 行けんのかい? いつもの勢いかい? 行くぜ!」
「ヘイ、調子はどうだ? 調子はどうなんだ? ヘイ、上の方でもなく、下の方でもなく、画面の向こう側。見えてるぞ。野郎ども、調子はどうだ? 女の子の調子はどうだ? 俺たちはもう準備ができるよね?!」
「いまから俺ら5人で5万5千人、幸せにしてやるぜ!」
山風五人衆とやらの構成員が自己紹介を始めた。
挨拶する度、声援が一層大きくなった。トライデアル平原の戦いの時より覇気を感じるでござる! こやつら相手に勝てる気がしないでござる!
狂信者は怖いでござる! 命の危険を感じるでござる!
歌が始まった。
『旦那! ほら、ワンドを振って!』
ミウラはネコの手で、器用に巨大な宝玉の付いたワンドを振り回す。
「こ、こうでござるか?」
某の知ってるワンドとちょっと違うワンドを上下左右に振る。周りの女子も曲に合わせて振り回している。何の魔法が発動するのでござるかな?
暗黒よりいでし見ただけで発狂する魔神を召喚する魔法ではござらぬであろうな!
「おお!」
魔法の杖が自動で発光した。白や赤や黄色、何色にも変化していく!
それも、講堂全体で調和がとられておる。光が波のように点減したり、場所ごとに色が変わったり、曲に合わせ点減したり、その組み合わせであったりと。
恐るべし魔法でござる!
して、若い女子の中にネコ耳一人。違和感、および異分子感バリバリでござる。
早く終わりますように。
して、――
盆踊りっぽい歌謡説話会も終わりが近づいてきた。
せっかく金を払ったのだ。楽しまなくては損でござる。
盆踊りと思えば良いのでござる。某も歌に合わせ、立ち上がったり、腕を振り上げたり、魔法の杖を大きく振ったりと、それなりに楽しんでおった。
周囲の女子やミウラとは一線を画しておったが。
賑やかな雰囲気は大好きなので、それなりに楽しんでおったが、醒めた目で舞台を見ておったのでござるよ。
なにせ、対象は男でござる。美少年にござる。
某、外見はネコ耳美少女でござるが、中身は男でござる。もと、北町奉行所定廻り同心でござる!
美少年相手にキャーキャー言う気にはなれぬ。
これはイセカイの盆踊りと割り切り、雰囲気だけを楽しんでおるだけでござる。
とは言うものの、場所的に舞台上が見えない。端っこに来る時しか見えぬ。或いは、花道を駆ける姿しか見えぬのが残念にござる!
さて、中締めが終わり、一旦五人衆の面々が後ろに引っ込む。
早く終わらないかなー。
『わたし、催してきました。今の間に憚りへ行ってきます!』
「だからあれほど始まる前に行ってこい言ったのに!」
『混んでるのが嫌だったんですよ! あ、もうだめ! 行ってきます!』
椅子からピョンと飛び降り、一目散に駆けていく。
後半が始まるまで、少し間があるらしいかな。……間に合えばよいが。お便所、混んでるだろうな。
果たして、ミウラは間に合うのでござろうか?
して、――
間に合わなかったでござる!
後半が始まったでござる!
某の席の目の前。巨大舞台の裾に取り付けられた門が開き、なんかでかいのが出てきた。
だんじりでござるかな?
だんじりの上に、五人衆が二人乗っている。どうやら、反対側の舞台裾からもだんじりが出て、残りの構成員が分かれて乗っているらしい。
手が届……かないが、小柄を投げれば額に突き刺さる近場に、山風がいる。紫の君と緑の君が乗っておる!
観客席に向け、愛想を振りまいておる。指さしたり、手を振ったりと。
観客に対するお愛想でござるな。そんなもの――
緑の君と目が合ったでござる!
緑の君が某を指さしたでござる!
何やら驚いているようでござる!
隣の紫に君に耳打ちしたでござる!
紫の君も某を見たでござる!
ビックリ笑いをしてるでござる!
今、心と心が繋がった!
「おおおお! 緑の君ー!」
ミウラから預かった「指さして」と書かれた団扇とワンドを振り回しておった!
目立とうとした婀娜っぽい服ばかりの若い女の子の中に、地味なネコ耳が一匹。逆目立ちしたのでござろうな!
『遅れてしまいました! 憚りが尋常なく混んでました。フロートが巡航するので通行止め食らってました。……どうしました旦那?』
「いまそこを緑の君と紫の君が乗っただんじりが通った! 某を指さしてくれたでござる!」
『え? またまた! 旦那を指したんじゃなくて、この辺一帯を指さしてくれたんですよ!』
そこに隣の席の若い女子が口を挟んできた。
「緑の君はネコ耳さんを指さしてましたよね! 歌謡説話会にネコ耳族は珍しいので目だったんですよ! いいなー!」
との事でござる!
『しまったー! このミウラ、一生の不覚ッ!』
いやね、もうね、緑の君は某を見たのでござるよ!
ちゃんと記憶に残ってるでござろうなー!
ネコ耳族でよかった!
なかなか良いではござらぬか、山嵐教とやら。
緑の君はよき男でござる! 気に入った!
そして、五人衆の説話会は終わった。
最後近くに爆発音がして、金色のヒモが飛んだ。
一部が目の前に飛んできた。ネコ耳族の反射神経をもって空中にて手に取った。
『旦那! ナイスです! 価値の高い記念品です。手に入れられる人は少ないのでレアアイテム扱いですよ!』
「うむうむ! 家宝にいたす! ふんすふんす!」
貴重品でござる! 五人衆の記念品でござる! 額に入れて応接間に飾るでござる!
ふと視線を感じ、隣の席を見ると、先ほど話しかけてきた女の子が物欲しそうな目で見ていた。
「半分こしよう」
爪で紐を切り裂き……
『あっ!』
ミウラが嫌そうな声を上げた。
女の子には小さい方をあげた。
「ありがとうございます! グスグス!」
え? 泣く程のこと?
『ま、まあいいか。そもそもが長かったので、半分の長さで丁度いいですね』
終わらぬ祭りはない。
五人衆の歌謡説話会は終わった。
すごいぞ五人衆! さすがだ山風五人衆!
来期も会員を続けるでござるよ!
さらば五人衆。また会う日まで。
講堂の外は闇に包まれていた。
お祭りの後を背にして、ミウラと二人で歩いていた。
周りは、満足げな顔をした女の子達。三々五々、散っていく。
『よかったでしょ、山風説話会』
「うむ、緑の君が気に入った」
未だ余韻を引きずっていた。
始まる前は、「チケット譲ってください」の看板を持った女の子たちで溢れていたが、「五人衆の金テープ譲ってください」の看板に変わっていた。
残念ながら、この紐は中に入れた者だけの物。中には入れた者の中でも、さらに一部の者だけが得られた特権。
そう易々と他人に譲れぬ。
「狭い了見でござろうか?」
『いえ、こんな事もあっての5人衆の権威でございます。気にすることがあっても気に病むことはございません』
で、あるか。
「今日は良き日でござったな」
『また行きましょう』
「だな」
次は、ぐっづとやらを某も購入し彼らを支えるでござる!






