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4.秋。ヘブンズグラスにおける蟹という名の海老


 ビーチ・オーネコはこの地域一を誇る乗合馬車起点駅でござる。

 近場の海外入出大型交通施設への運行や、国内の主要都市へ向け長距離乗合馬車が基地としておる。

 

 時は戌の刻すぎ『9時過ぎですね』。

 某とネコのミウラは、ここビーチ・オーネコのベアー町ゆき夜行馬車停留所におる。

 ベアー町からさらに二時あまり『4時間ですね』、長距離乗合馬車に揺られた先の、ヘブンズグラスの村が最終目的地でござる。

 

 亥の刻『22時ですね』にここを発つと、翌辰の刻『8時ですね』にベアー町へ着くという算段。その間、寝ていることが出来て時間の節約になる。そこより朝発のヘブンズグラス行き乗合馬車に乗れば、昼過ぎに着く。お値段もお安く、片道800セスタ。故の夜行大型乗合馬車でござる。

 

 昼間の高速便はお高いし、朝一番に出てもお昼にしかベアー駅に着かない。そこから目的の工場へ移動するのだから、ヘブンズグラスに到着は夕方近くとなる。もはやヘロヘロ状態。サウナで体調を整えでもしなければ、仕事開始は翌日となる。

 これは大変不便でござる。

 

『なんでこんな所に工場作っちゃったんだろう?』

「人件費が異様に安かったのと、人手が多かったのと、地図で見たらさほどベアー町から離れていないと勘違いしたのとでござるかな?」

『地図の縮尺が間違ってましたからね。それ以前に地図の完成度が低かった。旧日本海軍の過ちを繰り返すとは!』

「イセカイの地図は『大体、こんな感じ』で作られておるのでござる」

『なら仕方有りませんね』

「そういうことだ」

 何度も出張しておるのに、いまだヘブンズグラスは謎の町にござる。

 

「では、夜のオヤツでも買い込もうか!」

『そうですねーって、夜の10時ですから店全部しまってます』

 むむー! これは迂闊!

 しかたないので、ミウラをブラッシングしながら大型長距離乗合馬車を待つこととする。

 して、大型長距離乗合馬車サンライズ号がやってきた。予約券を見せ、馬車の中の人となる。

 座席はさほど大きくないが、後ろに倒せば「ほぼ」水平となる。個々の席をカーテンで仕切れるようになっておる。おまけにスリッパとおしぼりがサービスで付いておる。

 これなら、ぐっすり寝られそうだ。

「出発しまーす!」 

 なめらかにサンライズ号は出発した。

 道路の繋ぎ目を車輪が拾いすぎて、「多少」上下の揺れが「酷かった」が、なんとか眠れた。

 

 して、

「おうっふー!」

『むー、おはようございま……すやー』

 翌、日の出頃。用足しと洗面の為、水場に隣接した施設に馬車が止まった。朝の身支度する客用のサービスでござる。

 冷たい水で顔を洗うとしゃきっとした。

 

 この早朝から、乗合馬車相手に飲み物などを売っておる奇特な商人が店を出していた。

 本格的な朝ご飯はベアー町に着いてからと思うておったので、飲み物だけを買い求めた。

「ほらミウラ、新鮮な蜜柑汁でござる」

『おおうふ! 目がシャキッとします。ベアーの町まであと1時間ってとこですな!』

 東の空から、朝日が昇る。ゆっくりと昇っていく田舎町。白っぽい空が、徐々に青く染まっていく。なかなか見られる光景ではない。眼福眼福。寿命が四十五日延びるというもの。

 

 してー、

 ベアーの町に到着。この地方で一番大きな町でござる。そうやって見ると、タネラは小さい町ござるのなー。

 

『すぐそこ、歩いて行ける距離にベアーの城塞があります。別名銀杏城。アデッドウイスタリア公が築いたとかなんとか』

 でかい城でござる! イオラン城に匹敵する規模でござる!

「見学は後回しでござる。ささっと朝餉を済ませて、乗合馬車に乗り込もう」

『ですね。どこにしましょう?』

 城近くが停留所でござる故、飯屋も沢山開いておる。

「速くて手軽で腹持ちが良いのを……、あそこはどうでござるかな?」

『日本で言うところのハンバーガー屋さんですね。それもお高い方の。いいんじゃないですか? できたて熱々が出てくるでしょうし、出てくるまでの時間も少ないでしょうし』

 

 してて――、

「美味かった。海老を寄せ揚げしたしたのがパンに挟まってて、千切りの野菜も多かった。お腹もくちた」

『わたしは照り焼き風が美味しかったですね」

 

 しててて――、

 ヘブンズグラス行きの乗合馬車は、海岸線に沿って走る。風光明媚にござる。

 

 してててて――、

 昼前に工場へ入り、用意して頂いていた味気ないお弁当を頬張った後、昼休みも惜しんで幹部連中と打ち合わせ。主問題は閑散期対策でござる。

 打ち合わせは日が沈む頃に終わった。ヤレヤレと重い足を引きづり、地元の旅籠へ入る。

 増築に増築を重ねヘンテコな見かけになった宿でござった。

『扶桑の艦橋みたいで危なっかしいですな』

「痛い! 蹴躓いたでござる!」

『繋ぎ目に段差が出来てますな。ほら、あそこにも。気をつけましょうね! あ痛ッ!』

 

 しててててて――、

 夜は旅籠で歓待を受けた。役得でござる。だがまあ、さほどお高いのは忌避しておる。地元の素材だとか名物料理を出してもらうのを好むとしておる故。

 海が近いので、刺身が出た。うまうまでござる!

 そして……気になっていたのが……。

 

「ヘブンズグラスの蟹は美味しいですよ!」

 接待係の職長が自慢げに紹介した蟹。

『っていうか、蟹ですか、これ?』

 ミウラが訝しむ通り、これは蟹ですか?

 

 食卓に上がった蟹と称する甲殻類。どうみても肩幅の広い海老でござる。

『それも、現世で言うところのウチワエビに極似した甲殻類。異様に横幅が広い平べったい? ……なんつーか、シャコを無理矢理巨大化したというか、なんというか……あ、美味しい!』

 何となく、……こう、何となく、原初の甲殻類を彷彿させる海老でござる。生命力というか、一万年単位の力強さを感じる海老でござるな。

『この地では蟹と海老が古種過ぎて、分化できてないのでしょうか?』

 見た目、伊勢エビぽい質量感でござる。塩ゆでされておる。某、塩ゆでされた海老蟹が好みでござる故、忌避感はござらぬ。

 

 箸でつつき、一口頬張る。

「あ、美味い!」

 味は海老でござる。

 身離れがやや悪いが、食べ応えがござる。

 しっとりとしていて、塩気が身の甘みを際立てる。

 職長達は三杯酢で食っておるが、某、海老蟹は三杯酢が合わぬという派閥の長でござる。うまい物は塩だけで充分にござる。いや、塩すら余計でござる。

『美味い美味い! この海老じゃなくて蟹。美味い!』

 ミウラに至っては殻まで舐めている次第。

 

「満腹でござる! 堪能いたした!」

「それはようございました!」

 職長殿も満足げにござる。酒が進んでおるよう。


 翌朝。

 廊下で寝ている職長を目撃したが、そっとしておいた。旅籠の人にタオルを掛けられて寝ておる。ご苦労様でござる。

 

 仕切り直して翌朝ッ!

 旅籠で作ってもらったお弁当を手に、工場へ向かう。

 青い顔をした職長も参加する打ち合わせ。昼まで続け、みなでいっしょにお弁当を食べてお別れした。

『白身魚の照り焼きが美味しかったですね。隠し味が解りません。味醂じゃないです。ましてや砂糖じゃないですし……まさか蜂蜜?』

「卵焼きが絶品でござった。使われた出汁は何でござろうか? 白出汁でござろうが、ただの白出汁ではござらぬ」

 謎が深まるばかりでござるが、乗合馬車の時間が迫る。謎を残したまま、ヘブンズグラスを後にしたのでござる。謎多き町にござる。

 

 さて、ベアーの町に到着。

「うー、腰が痛い」

 日が沈んだばかり。ちょうど夕食時でござる。腹が減った。

『帰りの夜行乗合馬車の出発までまだまだ時間があります。なにか名物を頂きたいところで』

「同感でござる。さて、何が良いかな?」

『旦那! あそこの横町! うまそうな食い物屋がズラリと並んでます!』

「よし、あそこへ行こう!」

 

 神君家康公江戸開闢の頃より、旅先の夜は長いものと相場が決まっておる。

 

  

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